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隣のクラスの王子様、実は案外お姫様

作者: 雨夜いくら

前半はプロローグ的な感じで、三人称になっています。

 こつん、と不意に頭頂部を小突かれた様な衝撃を感じて、目を覚ました。


 ぼやけた目を瞬かせ、まだ眠気を感じる目蓋を擦る。

 若干耳の周りや、首が痛い。少し腕も痺れている。


 辺りを見回すと、薄暗い教室の中だった。

 赤みがかった空は夕刻を告げる様で、物音一つ聞こえない校内には、ほとんど人が居ない。


「……やばっ」


 慌てて起きた男子生徒は思わずそう呟き、少し記憶を整理しようとするが、まだ寝ぼけているのか曖昧だ。

 時間を確認しようとポケットに手を入れても、そこにスマートフォンは入ってない。


 黒板の上にある時計に目を凝らすが、薄暗いせいでよく分からない。そこで少年は、自分にとっての生活必需品である眼鏡をかけていない事に気付いた。


 不意に、コトッと小さな足音が聞こえて今度はそちらに目を向ける。

 女子生徒が机に軽く寄り掛かって、眼鏡のレンズを拭いている。

 白を基調としたブレザーを着て、チェックのスカートを風に揺らしていた。


 それだけを見たら普通の女子生徒だ。

 赤茶けたショートボブと中性的な美貌を惜しげもなく春風に晒すその姿は、どこか儚げな少年の様にも見える。


 その光景をぼんやりと眺めていたら、彼女は眼鏡をかけて大きな黄金色の瞳を細め、席に座る男子生徒のことを見つめて来た。


「おはよ」


 少しハスキーな声色は心地良く耳に入ってくる。


「……竜宮……?」


 男子生徒はほぼ無意識に呟いてから、少し覚醒した頭を必死に回して状況を確認する。


「あれ、知ってるんだ」


 男子生徒はあまり働いてない頭で、その女子生徒の事を思い出そうとする。


 彼女は少年の隣のクラスに居る竜宮たつみや水琴みことという女子生徒だが、その中性的な容姿やクールな立ち振舞いで同性からとてつもない人気をほしいままにしていた。


 普段は遠くから見てるだけの存在で、こうして見ると確かにイケメンだと騒がれるのも分かるが……。

 男子生徒にとって、彼女はクールな美人という印象の方が強い。


「……毎日の様に隣のクラスで騒がれたら、嫌でも覚えるよ」


 俺がそう呟くと、竜宮もポツリと肯定した。


「それもそっか。あのさ、名前どう読むのこれ? 峰村、飛、鳥、馬って」


 水琴は机の上に置かれていたプリントを見ながら、少年に名前の確認をしてきた。


飛鳥馬あすま


「飛鳥馬、か。君、頭良いんだね」


 ぴらっとめくって見せてきたのは、恐らくさっきの授業中に返却されたであろう、小テストの答案用紙だ。


「別に」


 数学の抜き打ちテスト。五十点満点の横には赤ペンで小さく「テスト中に居眠りをしないように」と殴り書きされた様な注意が追加されている。


 水琴が手渡そうとして来たそれを飛鳥馬は素通りして、ロッカーから自分の荷物を取り出す。

 飛鳥馬がそのまま教室を出ると、水琴も後ろから付いてきた。


「飛鳥馬は帰りどっち?」


「呼び捨て、って」


「別に良いでしょ、同級生なんだし」


 ふと、飛鳥馬は自分も「竜宮」と呼び捨てにしていたな、と思ったが、名前で呼ぶ事と苗字で呼ぶ事では大きな差があるように感じた。

 ただ、水琴がそう思ってない事もすぐに分かった。


「……駅の方」


 仕方なく答えると、水琴はそっと頷いた。


「なら、一緒に行こうか」


 自然体のまま距離を詰めてくる水琴。

 昇降口を出て正門へ向かう頃には肩を並べて来る。

 飛鳥馬が思わず一歩距離を取ると、水琴は小さく首を傾げた。


「俺達、今日初めて話すよな」


 あまりの距離の近さがどうしても気になって、飛鳥馬は念の為そう問いかける。


「それが?」


 簡素に答えながら頭に疑問符を浮かべる水琴に対して、飛鳥馬は「別に」と呟くしか出来無かった。

 こんな綺麗な顔をしてる奴が、誰が相手でもこの距離感で話してくるのならそれは女子が勘違いして騒ぐのも仕方がないな、とぼんやり考えながら。


 夕焼けの空を見て黄昏る姿がよく似合う水琴の横顔を眺めていると、彼女は飛鳥馬からの視線に気が付いた。


「あ、返すよ」


 そう言って小さく笑う水琴は、自身がかけていた眼鏡を外して、飛鳥馬の顔にかけた。

 手渡しをすれば良いものを、何故か無邪気にそんな事をして来た。

 注意しようとする前に、飛鳥馬は彼女の美貌に見惚れ、照れを隠すように目を逸らした。


(もっとクール……というか、遠くから観てる分には冷たい印象のある女の子だと思ってたんだけどな)


 駅に着くまで飛鳥馬と水琴の間には、これと言った会話はなく、ただ静寂の中をまばらな足音だけが響いていた。


 同じ電車に乗り、同じ駅で降りて、また同じ道を歩く。


「あ、私ここだから。またね」


 不意に水琴が立ち止まったので、飛鳥馬も足を止めた。


 外から見ている分には大きいと感じる二階建ての家に入って行った水琴を見送り、その背が見えなくなってから飛鳥馬は踵を返した。


 その後、飛鳥馬は来た道を戻って十数分ほど歩き、駅前にある小さなアパートへと帰る。


 そんなごく普通の日常の中にあったのが、飛鳥馬と水琴の出会いだった。

 彼はその時、二度と彼女と関わることは無いだろうと思った。

 そもそも今日話すことになったのだって、彼女が偶然、飛鳥馬が寝ていた所を起こしてくれたのがキッカケだったから。


 そして実際、飛鳥馬が一年生(・・・)の時に水琴と話をしたのは、その日が最初で最後だった。



 ◇◇◇◆◆◆



「百合と、薔薇。ははっ、これほど生産性のない物もそうないよな」


 不意に仲のいいクラスメイトの一人である朽木阿久斗が、窓の外を眺めながらそんな事を呟いた。


 俺は自動販売機からピーチティーを取って、阿久斗と同じ方向に視線を移した。


 今は6月。

 時期を考えると、確かにどちらも開花を迎える頃合いではあるだろう。

 中庭に行けば園芸部が手入れしている花壇でどちらも咲いている姿を見れるかも知れない。


 ただ──


「……外、めっちゃ雨降ってるけど、見に行くの?」


 窓の外は梅雨らしい夕立が降っており、下校する学生達は皆揃って傘を差している。


「行かねぇよ! 近くで見てたら余計虚しくなるわ!」


「虚しくなる? 綺麗だと思うけど」


「綺麗だけどな!? そりゃ俺もそうは思うけどな!? でもそうじゃないだろ!!」


「?」


 何となく話が噛み合ってない様な気がして、俺は阿久斗の言葉にもう一度耳を傾けた。


「オレは別に、百合の間に入りたい訳じゃないんだ。ただ──」


 百合の間に入る、と言う、文面だけ見たら全く意味の分からない言葉を聞いてから、俺はそっとため息を零した。


「校内の美少女たちがこぞって竜宮に吸われていくのが気に入らないんだ!!」


「くだらな、聞いて損した」


「そんな事言うなよ!?」


「意味深な感じで言うから何かと思ったら……」


 雨が降っているのに蒸し暑い中で飲む冷えたピーチティーは、いつもと変わらない味がする。


「もっと素直に、簡潔に言ってもらえる?」


「可愛い彼女が欲しい!」


「六堂は?」


 阿久斗には美人な幼馴染みが居る。阿久斗と仲良くしている関係で俺も時々関わる相手だが、彼の言う可愛い彼女、とやらには十二分にあてはまる筈だ。

 そう思って名前を出したのに、阿久斗はハッと鼻で笑った。


「無いな。ほぼ弟だあんなん」


「……あ、そう」


 自分に向けられている恋心に気付かないで居る間は、可愛い彼女を作るなんて夢のまた夢だろうに。


 ベンチに置いていた鞄を手に取り、俺は昇降口に向った。

 そこで阿久斗は部活のために体育館へ行くことだろうと思い出し、振り向いて軽く手を挙げた。


「また明日」


 阿久斗は二本指を立ててバチッと下手くそなウインクを決めてから踵を返した。


 動かないで黙ってれば格好いいのに。

 なんて、軽い人格否定を言いそうになったが、そっと言葉を飲み込んでから昇降口へ足を進めた。


 靴を履き替えて校舎の外に出ると、不意に一人の女子生徒が目に入って来た。

 儚げな横顔で雨の降る空を見上げる彼女は、ついさっき阿久斗がさり気なく名前を出した相手だ。


(こいつは何やってても画になるな)


 去年一度だけ話したことがある様な覚えがあった竜宮水琴と言う女子生徒だ。

 中性的な容姿、雨に濡れたショートヘアはいつもならもう少しハネている印象がある。

 妙に短いスカートや胸元を開けて着崩した制服は、蒸し暑いからそうしているのか、ファッションなのか判断がつかない。


 俺が竜宮の横顔を呆然と眺めていると、不意に彼女がこちらに気付いた。

 竜宮は大きな瞳を悩ましく細めながら、自信無さげに俺に人差し指を向けて来た。


「……飛鳥馬、だよね」


「それであってるよ」


「よかった、そうだよね」


 一回した話したことが無い相手の名前まで覚えているとは思っていなかったので、俺は少し驚いた。

 竜宮と違って、他人の話題に上がる事はまず無いから、忘れられても仕方のない事だ。


「飛鳥馬も、傘忘れ……た、わけじゃないか」


 竜宮から見て陰に隠れていた傘を見せると、肩を竦めて顔を向き直す──寸前でまたこちらに視線を向けてきた。


「あっ、確か帰り道一緒だよね、途中まで入れてくれない?」


「……適当な女子に頼めば良かったのに」


「そうも行かないからここで呆けてたんだけど」


「はぁ」


 俺は手に持っていた傘を竜宮に手渡して、自分は鞄から折り畳み傘を取り出した。


「用意がいいね」


 普通は持っている物だろう、と思ったが口には出さないで、俺はさっさと校門を抜けた。


 すると、後ろから雨音に紛れてぱしゃぱしゃと駆け足の足音が近寄って来る。


「何で先に行くの? 一緒に帰ろうよ」


「……俺と竜宮って関わり無いよな」


「あったよ、去年」


 名前を覚えていたから、もしかしたら覚えているかも知れないとは思っていた。なんなら帰り道が一緒であることも覚えていたから、竜宮にとってあの日のことはちょっとした思い出の一つなのかも知れない。


 以前と同じ様にほとんど会話はなく駅まで到着したのだが、隣を歩く竜宮から妙な視線を感じ続けていた。


「……なに? さっきから」


「あ、やっとこっち見た」


 下校時間よりも少し遅いからかあまり人の居ない電車の中。竜宮は何故か肩が触れ合うギリギリの距離で隣りに座ってきた。


 すると、竜宮は目が合った事にどこか嬉しそうだった。


「せっかく女の子と二人っきりで下校してるのに、そのメンドくさそうな顔はどうかと思うよ」


「なんでこんな顔してるか、分からない?」


「『竜宮と一緒に帰ってるのがバレたら悪目立ちする』とか考えてるから」


 一言一句たりとも間違ってない。

 完全にその通りだ。

 メンドくさそうな顔とやらを正面に向き直すと、竜宮はわざわざ顔を覗き込むように距離を詰めて来た。


「飛鳥馬ってモテるの?」


「……急に何の話?」


「この前、後輩の女の子に告白されてたから」


「あー……」


 この前と言うか、つい最近の出来事だった。なんで覗きしてるんだこいつ、という思考は一旦置いておき俺は話に上がった後輩の顔を思い出した。


「モテるわけじゃない。あの子は中学の時一回断ってるのに、高校まで追っかけてきてまた告白して来ただけ」


「一途で可愛いじゃない、付き合えば良いのに」


「……竜宮はどうなんだよ。俺と違ってちゃんとモテるだろ」


 主に女子生徒から、だが。

 ほとんど関わりのない男子にまでこの距離感なのだから、男子からもモテない訳では無いだろう、と思っているのだが違うのだろうか。


 なんて、そこまで考えてからついさっき阿久斗がしていた話を思い出した。


「女の子にモテてもね。友達って感じじゃないからあんまり。それに……」


 竜宮は若干疲れた様子を横顔に滲ませた。


「こうやって普通の態度で話してくれる男子って、実は飛鳥馬だけだったりするから」


 竜宮から目を逸らして、思わず呟いた。


「可愛いのにな」


「え? 今何か言ったよね」


「……なんでもない」


 完全に口を滑らせた。

 幸い、小さく呟いただけだったからしっかり聞き取られた訳ではなかった。


 ビジュアルの良さとクールな立ち振る舞いが理由で同性からの高い人気を誇る竜宮だが、阿久斗がボヤいていた様に、男子生徒から嫉妬を買う原因になっている。


 竜宮が原因で恋人を失った男子は数知れず、噂によると男子禁制の非公式ファンクラブが有るとか無いとか。

 お陰で嫉妬を通り越して軽い恨みを持たれる事も少なくない様だ。


 遠くから見ようが近くから見ようが何をしていようが、落ち着きのある性格をした美少女、くらいの評価にしか行き着かない俺がおかしいのだろうか。


 大多数が「格好いい」とか「イケメン」とか「抱かれたい」とか言ってるから、多分俺の美醜感覚が若干ズレてるだけなんだろうけど。


「ねえ」


「ん?」


「……そんなじっくり観察されると、流石に恥ずかしいんだけど」 


 そう言いながら顔を背ける竜宮は、頬を少しだけ赤く染めていた。


「何を今更」


「今更とかじゃないから」


(いや、今更過ぎるだろ)


 一度否定されてるから、これ以上口に出して言う事はしない。

 ただ、ビジュアルの良さで人が寄ってくるのだから見られて恥ずかしい、なんてどの口が言ってるんだと思ってしまう。


 見られて恥ずかしいと言う割に、何故物理的な距離を縮めてくるのか、俺にはそこが分からない。

 まず懐かれる様な事をした記憶がない。


 ふと、竜宮が何か思い出した様に顔を上げた。


「飛鳥馬、ちょっとお願いあるんだけど」


「何?」


「明日からしばらく、お昼一緒していい?」


「……なんで?」


「ちょっと、色々あって。教室居づらいんだよね」


 そこで電車が止まったので一度話を区切り、俺達は駅を出た。

 半歩遅れてついて来た竜宮は、やはり俺の隣に肩を並べて来る。

 傘が無かったらもう一歩分、近寄って来てもおかしくなさそうだ。


「また誰かの彼女盗ったのか」


「そんな事をした覚えは無いんだけど、揉めてるカップルの間に挟み込まれてて」


 隣のクラスで騒いでる時は大抵そんな話ばかりだ。

 聞いてるだけで気が滅入る。

 巻き込まれている竜宮には申し訳ないが、くだらない、以外の感想が思い付かない。


 竜宮もいい加減に、対策すれば良い物を。


「……いっそ彼氏作れば?」


「そう言われても相手居ないし」


 ビジュアルの良さが売りなのだから、その気になればすぐに作れそうな物だが。


「あ、なら飛鳥馬が彼氏になってよ」


「別にいいよ」


「ほらやっぱり断────えっ?」


 不意に竜宮が足を止めた。

 このまま無視して歩いたら余計に何か言われそうなので、俺も立ち止まって、振り返った。


 竜宮は困惑と笑みと赤面が複雑に混じった、感情がよく分からない表情で俺を見つめている。


「わ、私と居ると悪目立ちするよ……?」


「そうだな」


 クラスメイトですらない同級生と一緒にいて悪目立ちするのは、面倒な事この上ない。

 だが、それが彼氏と彼女という関係値なのだとしたら、感じ方も変わるだろう。


「嫌、じゃない? 私みたいなのが彼女とか」


「嫌だと思ったらその時言うよ。少なくとも、これまで見てきた竜宮を鑑みて、嫌だとは思わなかったから断らなかった」


「私、飛鳥馬のことあんまり知らないけど……」


(……こいつ、この程度で日和るならこれまでの距離感は何考えてたんだ。下の名前で呼び捨てしてる時点で色々すっ飛ばしてるだろ)


「これから知れば良いんじゃないの?」


 これ以上ここで話をしていると、竜宮のさっきまでの態度との温度差と、ついでに雨に濡れて風邪を引きそうだ。


 再度歩き始めると、やはり竜宮は隣に────


 ではなく、少し後ろを着いてきた。


 無言のまましばらく歩き、確かここだよな、と考えながら竜宮の家に到着。

 竜宮は俺が振り返ってから、自宅に着いた事に気付いた。


「あっ……その……」


 柄にもなくモジモジと言葉に詰まった竜宮。じっと待っていると、顔を上げた彼女は何か決心した様な表情で口を開いた。


「あ、明日! 私、駅前で待ってるから……その、一緒に登校、してもいい?」


「……分かった。じゃ、また明日」


 それだけ言って踵を返し、俺は足早に竜宮の家を後にした。

 折り畳み傘も明日で良いか、なんて考えながら。




 翌朝、宣言通り竜宮は駅前のベンチで俺を待っていた。

 柄にもなく緊張した面持ちで、頻繁に手鏡を取り出しては前髪を確認している。


 俺は遠目から見て手鏡などを仕舞った事を確認してから、竜宮に声をかけた。


「おはよ」


「うぇっ!? おっ、あ……お、おはよう!」


「……なんで驚いてんの?」


 わざわざ余裕がありそうなタイミングで声をかけた筈なのに、竜宮は何故か狼狽えていた。


「えと、い、行こっか……?」


「あぁ待って。忘れる前に連絡先交換して」


 昨日連絡をしようとしてから、互いの連絡先を知らない事に気付いた。


「……おけ、ちゃんと来た」


「飛鳥馬ってアイコン猫なんだ」


「実家で飼ってるラグドール」


(そういや、実家帰ってないな……)


「あの、さ……飛鳥馬、昨日の話、ホントに良いの?」


 ふと、電車を待っている時に、竜宮がそんな事を聞いてきた。


「あぁ、昼休みは必ず図書室の横にある自習室居るよ。基本的に人来ないから、静かで良いよ」


「そうなんだ……って、確かにその話もしたけど、そっちじゃなくて」


 俺に彼氏になれと言ったのも、一緒に登校するって言い出したのも、竜宮の方だ。


 俺は彼氏を作ったらどうだ?と提案をしたに過ぎない。

 ただ、一応言い出しっぺではあるから了承したし、竜宮と恋人同士になるのは悪くなさそうだとも思っている。


「どうなっても知らないよ?」


「別に言いふらす訳じゃないんだから大丈夫だろ」


 そんな話をしながら、俺たちは満員電車に乗り込んだ。




 電車を降り、駅を出てからしばらくすると、周囲にちらほらと同じ制服の生徒が確認できるようになった。

 そしてその殆どが、こちらを見ている。

 やはり、悪目立ちしている。


 不意に竜宮もそれに気付いたのか、少し肩を寄せて来た。


「これ、アレじゃない? 見せつけるのに丁度いいかも」 


「見せつけるの?」


「嫌?」


「急に変わったら疑問に思うだろ」


「あー……そっか。なら周りが知らないだけで友達でした、くらいから始めるのがベスト?」


 それにしたって今の距離感はかなり近い。

 ただ竜宮の場合、初めて話した時から近かったのであまり気にする事でも無さそうだ、と思っていた。


(……想像以上に見られるな)


「想像以上に効果あるね、これ。いつもならこの時点で女の子に囲まれてるよ」


 今のところ、肩が触れ合うくらいの距離感で隣を歩いているだけだが、遠目に見てくる視線は学校に近づくに連れて増えていく。


「……ねえ、急に付き合ってるって言うの、やっぱり変だよね。一緒に登校してるの、どう言い訳しよう?」


「昨日、傘貸したよな。それ返すついで、とでも言えば良いだろ。それで話してたら気が合って仲良くなった感じで」


「あ、そっか、それ良い。てかごめん飛鳥馬、傘持って来るの忘れた」


 そんな話をしながら校舎に入り、俺と竜宮は三階まで一緒に移動した。

 竜宮を二組教室に送ってから、俺は一組の教室に入る。


 すると、教室内から挨拶してくれる声がまばらに聞こえてくる。

 それに適当にひらひらと手を挙げて対応し、窓際の真ん中辺りにある自分の席に鞄を置いた。


「おはよう、さっきのはどういうつもりだ?」


 挨拶と共に第一声で圧をかけてきたのは、クラスメイトの中では仲のいい相手の一人である阿久斗だった。


「竜宮と一緒に来た事?」


「他に何があるんだよ!」


「昨日帰りに傘貸したんだよ。ついでに一緒に下校したら仲良くなってさ。朝も、傘返してもらうついでに話してた」


 少し大きめの声で阿久斗にそう言いながら、こっそりクラスメイトたちの反応を確認する。

 納得したような、ホッとした様な表情をした女子はすぐにこちらから視線を外したが、男子の若干名はまだ俺を注視している。


「本当かぁ……?」


「嘘を言う理由が無いんだけど」


「そうだけどなぁ……。なんか凄え距離近かっただろ」


「それは俺も思ったくらいだよ。竜宮って、なんか物理的に距離近いんだよな」


 これは心の底からの感想だ。

 電車に乗ってた時のアレは事情があっての事だからともかく、竜宮は初めて話した時からずっと距離が近い。


 ふと、こちらを注視していた男子生徒の一人が、俺の隣の席に腰を下ろした。


「なあ峰村」


「なに?」


「……正直に答えて欲しい」


「えっ、マジで何?」


 男子生徒はとても真剣な表情で見つめてくるので、俺は思わずツバを飲み込んだ。


「竜宮の事を落とせるか?」


「……はぁ?」


「思うんだ。竜宮に彼氏が出来れば、美夜子が戻って来てくれるんじゃないかって」


(誰だ美夜子って……)


 真剣な顔の男子生徒の背後で、クラスの男子と何故か廊下からこの教室を覗いている数人が同意するように頷いていた。


 どうも、この男子生徒を筆頭とした竜宮に彼女を盗られた男子たちと竜宮本人の利害は一致している様子だ。


「あれだけ竜宮と距離近いなら、付き合うの事も満更じゃないんだろ?」


「え、まあ」


「じゃあ是非とも頑張ってくれ。僕たち「竜宮水琴被害者の会」は君を心から応援しているからな!」


(何その会、初めて聞いたんだけど)


 どうやら、本当に竜宮はこの高校の男子生徒から敵視されている様だ。

 彼女がちゃんと見れば美少女である事実よりも、女子に彼女を奪われた事実の方が重要であるらしい。


「……竜宮って、可愛いと思うんだけど」


「「「「「どこがだよ!?」」」」」


「えぇ……?」


「オレも顔は良いと思うけどなぁ……。ちょっとあの性格はなぁ」


「……性格?」


 阿久斗の物言いが少し気になり、俺は席を立って隣のクラスを覗きに行った。

 いつも騒がしい二組の教室が、今日は五割増でうるさい。

 すると、数人の男子生徒が一緒になって着いてくる。


(なんだこいつら)


 それは一旦置いておき、隣のクラスを少し覗き込んだ。

 窓際の列、一番前の席に座る竜宮は、頬杖をついて群がってくる女子生徒たちに迷惑そうな表情のまま対応していた。


「ね、ねえ水琴君(・・・)、さっき一緒に登校してきた男子って」


「もうさ、放っといてくれない?」


(竜宮って女子に君付けされてんの!? 後輩に水琴様って呼ばれてるのは見たことあったけど……)


 どうやら何度も説明をした後の様で、寄ってくる女子生徒を一様にぞんざいに扱っていた。


「あいつ誰だっけ」


「峰村、一組の。ちょっと顔が良いからってスカしてる奴」


 彼女たちの話が聞こえていたのか、竜宮は俺の名前を出して話をしていた女子生徒の方に顔を向けた。


 すると、何故か俺と目が合った。


「飛鳥馬っ!? なんでこっちに……って」


 驚いて声を上げたせいで、一気に注目を浴びる羽目になる。

 それに気づいた竜宮は、慌てた様子で俺の所に駆けて来た。


「な、なにしてんの……!?」


「いや、いつもよりうるさいから大丈夫かなって」


「こっち来ちゃったらわざわざ友達っぽく振る舞った意味無いじゃん……!」


「いや、それこそ言ったらおしまいだろ」


 竜宮は自分の言った事がある種、事態の裏付けになってしまう事に気づいて、かあっと頬を赤らめてしまった


「えっ……。あっ、いや今のはっ」


「水琴君! それどう言う意味!?」


「おい峰村! どういう事だ!!?」


 こうなったら、言い訳のしようも無い。


「ったく……」


 俺は勝手に話が広がる事だろうと予想して、少しあからさまにため息を吐いた。


「さあ、どう言うことだろうな? ()()、また後で話そうな」


「あっ……う、うん。分かった、昼休みね、飛鳥馬」


 竜宮は咄嗟に俺の意図を読み、苦笑い浮かべて手を振った。

 俺は周囲の声を無視して自分の教室に戻り、席に座り直す。


「無視すんなって峰村!」


「おい飛鳥馬、さっきのって、つまりそう言う事だよな?」


「んー……もう一回聞くんだけどさ」


「「はあ?」」


「ああ見えて、案外可愛いだろ?」


 俺がそう問いかけると、男子生徒たちは顔を見合わせた。

 さっきの慌てふためく竜宮を見て、


「……まあ」


「思ってた感じとは違ったかも」


「そうだろ? まあ悪いけど、俺が貰ったから」


 俺がそう言った数秒後、隣のクラスからキャー!!!と途轍もなくうるさい黄色い声が、校内中に響き渡った。


 一体、何があったんだろう?

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