怒る私
次の日。部室の扉を開けると、やはり彼がいた。
晴人は、窓際の椅子にふんぞり返ってのんびりしていた。薄曇りの光がその輪郭をやさしく縁取り、どこか気だるげに見える。
「今日も部活がないのに、珍しいね。」
彼は私の姿を見るなり、いつもの軽口を投げてきた。私は、わざとらしく鼻で笑ってやる。
「お前は頭脳明晰な鳥のようだな。」
そう返すと、彼は「それって褒めてるの?」とでも言いたげな顔をした。
「こちらは、ちゃんと顧問の承諾を得てきた。まあ、事前の根回しもあって楽勝だな。それでお前の方はどうだ?」
私は、机の角に腰を掛けながら彼を見下ろすように言った。
「デザインは後輩が美術部の知り合いに頼んでる。文言はまだ考え中だけど、その辺のチラシと似たような感じでいけるでしょ。まず大事なのはデザインだからね。」
飄々とした返事に、私は思わず目を瞬かせる。……めっちゃ意外。絶対、何も進めていないと思ってたのに。
けれど私はすぐに平静を取り戻し、ゆっくり頷く。
「流石だな。行動が早い。文言は明日の部活で皆の意見を聞くのがいいだろう。現時点ではその程度がちょうどいいな。お前はなかなかできる男だ。」
――ちょっとぎこちない褒め方だけど大丈夫かな? でも、まずは感謝を伝えないと。
「よし、目処はついた。いつもありがとうな。」
「お、おう。」
彼は照れくさそうに頭をかきながら答えた。
よし、ここからが本番だ。
私は小さく深呼吸し、緊張を紛らわせようとする。けれど手のひらはじんわり汗ばんで、唇がわずかに震えていた。
――でも、彼のためにも聞かないと。
「そ、それでだな。お前に、ちょっと質問がある。」
私は少し視線をそらして言った。彼はあくびをかみ殺しながら、「何か用?」と気の抜けた声で返す。
やっぱり、この性格ムカつく。
それでも私は言葉を続けた。
「お、お前はどういう人間だ? どんなことに興味がある。」
……これが、プレゼントのヒントを得るための、精いっぱいの質問だった。わたしの気持ちに気づいただろうか。不安と期待が交錯する。
でも彼は――そんな気持ちには気づかず。
「急に聞かれても困るなぁ。僕は椿さんみたいに優秀じゃなくて普通の人間だね。興味はこれってのはなくて色々。椿さんはホントにスゴいよねぇ。頭も良いし、天文部の活動だっていつも情熱的で、学年一の才女って噂もあるし。」
……えっ?
なに? なんなのそのテキトーな答え! 一年間も待たせておいて、なんでそんな返し方するの!?
この観望会の企画も、この質問も、わたしがどれだけの想いでやっていると思ってるの!?
胸がぐっと熱くなる。
「お、お前の興味はそんなものか!……ほんと、つまらない男だな。お前には情熱ってものがないんだ。」
気づいた時には、声が怒りに震えていた。言いたくなかった。でも、止まらなかった。
――なんで気づかないの!?
「そんなことないよ。僕も情熱を持って生きてるって。……どうしたの、急に?」
私は机の端をぎゅっと握った。指先が白くなる。
「本当にそうか? そうだといいな。だが、私はお前の情熱が伝わってこない。」
まさに“返す言葉になんとやら”とはこのことだな……。そう思い始めた矢先――
「えっ、そうかな? どうすれば伝わると思う?」
……は?
「どうすればいいかだって?!」
目の奥が、カーッと熱を帯びる。
それはあんたが考えることでしょ! なんで他人事みたいに言うの!?
「そんなこと自分で考えるべきだ。お前が情熱を持っているとわかったら、私に教えるんだな。それで……これから話を続けられるかどうか決める。」
言い切ったあと、空気が静かになる。
彼の表情がわずかに強張ったのが見えた。
「……は、はい。わかりましたよ。情熱を持っていることがわかったら、ちゃんと伝えますよ。」
その言葉に、わたしはいたたまれなさを感じた。でも、それ以上に彼を傷つけた罪悪感の方が強くて、目にじんわりと熱いものがこみ上げてくる。
「ふん。それじゃあ、今日はこれで切り上げる。また今度、時間があるときにでも話をしよう。」
私はそう簡単には揺れない前髪を揺らしながら、勢いよく部室を飛び出した。
階段を降りる途中、窓の外に目をやる。木々が冷たい風に吹かれ、小刻みに揺れていた。
その夜。
わたしは布団の中で、ものすっごく落ち込んでいた。
なんで、あんなこと言っちゃったんだろう。彼を傷つけたかもしれない。嫌われたかもしれない。
涙がじんわり浮かんで、枕に染み込んでいく。
こんなにずっと、好きだったのに――。
私は彼との思い出を振り返っていた。彼と親しくなったのは、いつからだっただろう。たぶん、去年の今ごろだったと思う。