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キレる私

「おい、お前。」

私は、勢いよくドアを開けて、偉そうに声をかけた。彼は椅子の背にもたれたまま、ちらりとこちらを振り返る。その視線が一瞬、私の胸元をかすめたのを、私は見逃さなかった。

彼の名前は晴人。私たちが所属する天文部の副部長で、私の気持ちに気づいているのかいないのか、ずっと告白してこない男子。彼の切れ長の目に、私はいつもドキドキしていた。

「今日は天文部が休みなのに珍しいね。」

彼は教科書をパタンと閉じた。まるで、私が来るのを予想していたかのように自然な動作だった。でも、その声にはどこか探るような響きがある。

私は腕を組み、堂々と返す。

「珍しくもないだろう。まぁなんだ、お前と話をしたかった。」

私も素直な気持ちを隠し、“偉そうな私”をいつも通り演じていた。

窓の外には、冬の薄曇りの空。白く淡い光が教室に差し込み、いつもより少しだけ静けさを纏って見えた。

クリスマスは、もうすぐそこ。私は心の中でめっちゃくちゃイラついていた。

──1年間も待ってるのに、なんで誘っても来ないの!?

……でも、そんなことを言って嫌われたくない。だからこそ、こうして声をかけたのだ。

「僕は椿さんの暇つぶしの相手じゃないんだけどな。」

にやりと笑って、彼が軽くからかうように言う。……この態度。本当にムカつく!

でも、めげるわけにはいかない。あの糞顧問に媚びを売ってまで準備したのだ。

私は机の縁に腰をかけ、長い髪をふわりとかき上げながら、彼を少し見下ろすように言った。

「大丈夫だ。今日は暇つぶしじゃない。話したいことがある。」

「うーん、僕には話すことがないんだけどなぁ。」

彼は頬杖をつきながら、わざと気のないふり。

(うー、なんなのこの茶番……!)

内心で机をバン!と叩く。でも、顔には出さない。

「また、そんなこと言って。今回は重要な話だ。」

そう、彼と一緒にクリスマスを過ごすための大事な話なのだ。

「また何か企んでる?」

彼の目がわずかに細まる。冗談めかしているけれど、その視線は見透かしてくるような鋭さがあった。

「企んでるわけじゃない。お前、この部活の活気のなさ、嫌じゃないのか?」

「嫌じゃないってか、この活気のなさがいいんだよ。」

入学当初、彼は部活に入る気はなかったらしい。でも、全員が部活に入るという校風のせいで、あまり活動的でない天文部を選んだのだとか。学校の売りである天体観測室も、イメージは良かったらしい。

……その割には、いつも部室にいるな。

「ふふふ、素直じゃないな。観望会にはいつも参加してるじゃないか。」

「まあ、せっかくだからね。」

この素直じゃない性格、ちょっと可愛げがあって、それがまたムカつく。……まぁ、話に乗ってきたから良しとするか。

私は机の縁から立ち上がり、教室の前にある教壇へと向かった。そこに立ち、大きく息を吸い込む。

「そこでだ。部活活性化と部員勧誘のため、クリスマスに観望会をやる。」

腕を広げ、まるで演説でも始めるかのように言い放つ。

「はぁ? クリスマスにそんな地味なイベントやっても誰も来ないでしょ。」

予想通りの反応。私はすぐに反撃する。

「そんなことないぞ。クリスマスに星を眺めるイベントだぞ? ロマンチックじゃないか。」

「でかい望遠鏡で星をのぞくだけでしょ?」

学校の屋上には、売り文句の天体観測ドームがある。でも、夜間活動に消極的な学校の方針のせいで、ほとんど使われていなかった。彼が冷めた顔をするのも無理はない。だが、私は負けない。

「そのでかい望遠鏡で星をじっくり観察して、二人で感想を言い合うんだ。しかも年に一度のチャンスだぞ? こんな体験、他にない。私はすごく興奮するぞ。」

私はそう言って教壇をトン、と降りると、スカートの裾を揺らしながら部室を歩いた。暗幕のそばを通ると、一緒に星座の話をしている自分たちの姿が想像できた。

「顧問が許さないんじゃない?」

彼はまた、面倒くさそうに言う。

──それは織り込みよ。甘いわね。

私はにやりと笑い、胸元から一枚の書類を取り出した。観測ドームの使用許可証だ。

「それは、大丈夫だ。既に打診して仮の許可は得てある。お前、知ってるか? あの顧問、娘が中学生で絶賛反抗期中だ。そこで中学生に見えるわたしが目を潤ませて頼んだらいちころだった。まぁ、単純に家に居場所がないのかも知れないが。」

「ホント、どんなやり方してるんですか。」

「ふふふ、これも、わたしの魅力がなせる技だ。まぁ、別に脅しているわけでもないし、顧問も嬉しかったんじゃないか?」

そう、あのロリコン糞野郎は嬉しそうにしていた。このイベント、顧問の点数稼ぎにもなるから、媚びなくてもよかったとも思える。でも、奴の性格を考えると、ここまでやらなければ観望会の開催は二割くらいだったに違いない。

──なんでここまでしなくちゃいけないんだ。私はさらに腹が立ってきた。

「それよりも、学校の近くにある港で恋愛にまつわる星座の話をして、その後に近くの山手の神社で星を見る方がロマンチックだと思うけどな。」

地元の港は、明治時代に栄えたレトロな観光地。クリスマスにはイルミネーションで彩られ、美しい雰囲気が広がる。

その近くの神社には、海峡を挟んで想いを寄せ合う恋人たちの伝説があるという。

釣れた!!

私は初めから平凡な案を出して彼を釣りあげるつもりだった。内心でガッツポーズ。口元がゆるむ。

「だめだな。港は人が多すぎるし、山手の神社は海峡の橋が明るすぎる。顧問の手前、高校のアピールも必要だ。まぁ、星座にまつわる恋愛の話は悪くないな。」

彼は腕を組みながら少し考え込み、やがてゆっくりとうなずいた。目線は窓の向こうを泳ぎ、口元には納得したような笑みが浮かんでいた。

──よし、今だ。

私は一歩前へ出て、勢いよく言葉を投げる。

「よし、準備をしよう。まず広報としてチラシを作る。担当はお前だ。」

「えっ? 僕もやるの?」

彼は目を見開いて、思わず声を上ずらせた。私は得意げにうなずいた。

「そうだ。お前は副部長だろう? それに“観望会の改善案まで考えてくれた”んだから、参加させないわけにはいかない。」

にっこりと笑い言い切ると、彼は肩を落とし、額を押さえた。しまった、という顔。あからさま過ぎて、笑える。

でも、私は真剣だった。この観望会は、彼のために企画したのだ。

私は心の奥で、去年のあの日の記憶に触れる。

「そ、それにな。どうせお前はクリスマス暇だろ?

寂しく過ごすくらいなら、みんなで何かやったほうが楽しいと思わないか?」

わざと軽く言ってみたけど、彼の表情がほんの少し曇ったのを私は見逃さなかった。きっと、彼もあの日のことを思い出したのだろう。

「いやまぁ、暇だけどさ。」

ぽつりと漏らす彼の声が、冬の教室に滲んでいく。

「よ、よし決まりだな。私はもう一度顧問と話をしてくる。また、明日部室で会おう。」

彼が何か言いかけるより先に、私はくるりと背を向けて、足早に教室を出た。

よし、今回も上手くいった。今日は本当に緊張した。ガクガクと震える脚を見下ろしながら、私は胸をなでおろした。

窓の外では、冬の風が木々の枝をざわつかせていた。


顧問から正式な許可を得た私は、そのまま山手通りを歩いて帰路についた。街灯がぽつぽつと並ぶ坂道。吐く息は白く、制服のポケットに手を突っ込んだまま、私はひとり天文部のことを思い返していた。

晴人と私が天文部に入ったのは、ちょうど同じ春。切れ長の目と、妙に整った坊っちゃん刈りの髪型が印象的だった。最初は地味なタイプかと思っていたけれど……気づいてしまった。

──何気に、めっちゃ顔整ってね?

これはチャンスかもしれない。隠れイケメンなら競争率も低い。幼く見える私でもいけるんじゃないか。まぁ、あとで「中学から付き合ってる彼女がいる」と知って落胆するのだけど。

私自身はというと、学力的にはもう少し上の学校も狙えたが、天文部があるこの高校をあえて選んだ。本格的な観測施設があるのも魅力だった。

なのに、入ってみればこの有様だ。部員はやる気がないし、活動も形ばかり。私は、絶望した。人生なかなか上手くいかない。

でも、私は動いた。不定期だった活動を週一に変え、観望会を開き、講習会を主催して、必死で盛り上げようとした。

そんな私の熱意に反発したのか、同級生たちは一人、また一人と部室に来なくなっていった。

私は、まただ、と思った。

いつも私の情熱は空回りする。一生懸命になればなるほど、人が離れていく。

小学生の時の図書委員も、中学の英会話クラブもそうだった。真面目にやればやるほど、自分も周囲も傷つけて、最後には孤独だけが残る。

結局、今までに得たものといえば、自分も他人も傷つけないための、この偉そうな態度だけだった。

家に着く頃には、街の光がより際立っていた。夕暮れの山手通りは夜の表情に変わり、どこか心細かった。

制服を脱いで部屋に戻り、ベッドにごろりと横になる。天井を見つめながら、今日のやり取りを思い出す……ニヤニヤが止まらない。

さて、次はクリスマスプレゼントだ。

でも、何をあげればいいのか、さっぱり思いつかない。

私は流行りに疎いし、彼の趣味もよく分からない。うっかり聞けば、好意がバレて振られるかもしれない。

どうしよう。悩んでも堂々巡りだ。やっぱり彼に聞くしかない。

毛布を頭までかぶって、布団の中にこもる。

──上手く聞けるかな?

高鳴る鼓動に、わたしはなかなか寝付くことができなかった。

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