まさか
「なら、とっとと名前書いて一ページ目に今日の日記でも書け」
朱音はムッとしたように眉を寄せてから日記帳に名前を書くと、内容を書きつづっていく。
彼女はしばらくの間、一生懸命に日記を付けていた。
俺はその最中、本当にこれでいいのかと自問自答していた。
この日記の力の代償は、あまりにも大きい。
そしてようやく書き終わったらしく、朱音から日記を受け取ると、思わず微笑んだ。
―――1ページが全て文字で埋め尽くされていたのだ。
「よく1ページ埋まったな。…上出来だ。いいか? 今、お前は魂だけの状態で、肉体は現世にある。もうすぐお前はこの日記帳の効果で蘇り、お前が死んだ日の翌日に目覚める。……ここからお前が書いた分だけ、―――1ページ24行だから1行で1時間、1ページで1日生きられる。で、日記の文字は時間が経つと少しずつ、黒から薄い灰色に変わっていく。全部色が変われば、お前は今度こそ完全に死ぬことになるぞ。だから色が変わり終わるまでに次の日記を書け」
「が、頑張る…………」
朱音は一瞬怖じ気づいたようだ。
それというのも彼女は作文が苦手だからだろう。
今、ちらりと日記を読んだところ、文章は所々支離滅裂で読みにくい。が、取り敢えず本人の行動や記憶さえ記録されていればなんとか作動するので問題はない。
「……ありがとう」
唐突に彼女が呟いた。
俺はきょとんとするがその意味を理解すると可笑しくなって笑わずにはいられなかった。
「悪魔に礼なんか言うんじゃねーよ。俺、結構酷いことしてるんだぞ? …………絶対に後悔することになる」
「でも、今の私は嬉しいから………」
重ねて言われ、俺は呆れるしかなかった。
―――駄目だ。呑気すぎる……………。
じっと見詰めていると、彼女は困惑の表情を浮かべた。
そして俺はふと思い出す。
「………この日記帳だけど、お前が持って生き返るのは無理だから、取りあえず俺が預かっとくぞ。お前が生き返ってから何らかの方法でお前のところに行くようにするから」
「何らかの方法って?」
「……………それはお楽しみだ」
まだ考えてはいない。後で必死に考えなければならないだろう。
「っ……そろそろ日記の効果が出てくる。いいか? この日記のことや俺のことは絶対に誰にも言うな。分かったな?」
苦し紛れに言うと、彼女は微笑した。
「うん。約束する」
俺はその笑顔につられるようにして笑う。
そして彼女の姿は霧散し、消えていった。日記の効果がようやく出たのだ。
「…………まさか、礼を言われるとは思ってなかった」
朱音のいなくなった現世と黄泉の狭間で、俺は先程のやりとりを思い出し、苦笑した。
「…………朱音。本当のことを言ったら、どんな顔をするかな?」
言ってしまえば、そのまま日記を使うなんてことは、あの優しい性格をした彼女には無理だろう。
むしろ、使ったことを後悔するに違いない。
「でも、俺にはこうするしかなかったんだ―――」
誰もその呟きを耳にする者は無く、俺は痛む心を忘れようとした――――――。