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転校先は子午線だった  作者: kaithi
9/13

文化祭前(祥之助)

「え? 捻挫」

「はい…昨日、ちょっと。一応整形外科にも行ったんですが、軽い捻挫だって、シップを張ってくれました」

 楠本部長の怪訝な問いに、睦月はうつむきながら答えた。

 俺はそれを聞いて、運の悪いやつだなぁと同情した。一週間という長い仮入部期間を終えて、やっとまともに練習ができるようになり、今度ある練習試合に出場できるようになったので張り切っていた矢先だった。

「捻挫か…それじゃあしばらくは部活は無理やな。とりあえず今日は文化祭の試作会があるから、祥之助の代わりにでてくれ」

「わかりました」

 楠本部長は週末の日曜が文化祭なので、俺の代わりに試作会に出るように睦月に言った。睦月は力なく頷く。

文化祭は文化の名の通り、文化部の活動が活発で、運動部は代々引き継がれている飲食店や出店をしている。運動部は時間がさけないので、大体は簡単なものだ。

クラスでは全学年のクラスごとの展示物があるが、1.2年は展示するだけで受け付けもおかず、おおむね部を引退している3年生は、クラスでお化け屋敷や展示物と同じものを作る手作り教室をやる。外部からの客は呼ばないが、引退している運動部の有志の3年生達も、ただ観覧するだけでなく、舞台や出店をするのでなかなかに賑わうのだ。

俺のクラスの1年5組は素焼きもので、文化祭の創作時間に班ごとに粘土でコップや皿を作っていた。学年を通じ、クラス毎に素材が共通していて、バスケ部の部室の2年5組は、後ろの棚に素焼きのツボが並んでいる。縄文土器から弥生式土器まで6つが並んでいた。

俺達のクラスは、担任が社会科教師らしく民族学が好きで、コップなど以外にも一つ平皿のような土器かわらけを各自作った。神奈川の方に土器投げというものがあり、手で投げるのにちょうどよいサイズの平皿に、厄除けの文字が書かれ、輪っかの的に通ったら願いが叶うらしい。

俺は最初、的には挑戦せず、割りがいのある大きな皿を一枚作ろうと思っていたのだが、運の悪い仲間に、部員全員分をつくるのも悪くないなと思って小皿を11枚作った。

粘土が足りなかったので、隣のやつに分けてもらったが、コップにするか湯呑にするか迷っていたクラスメートは、取っ手の分を気軽にくれた。

そして俺は、作り終わってから一枚多いことに気がついた。わざわざ余計な奴、正確にいえば永良の分など作る必要はなかったのに!

睦月と久の一組は色紙を使って市内の街並みを描く貼り絵を作るそうだ。1年1組の色紙を使った街並みは、一番簡単で作る側からすると当たりだ。睦月は真面目なのでそんな簡単なテーマでも凝ったものを作りそうだが、久は見て何か判別できるものができれば御の字だろうなあと思った。

兄の吉之助のクラス、7組は段ボールで椅子を作るらしく、災害時に使う段ボールのベッドとかもあるぐらいなので、なかなかに頑丈らしい。色を塗ったり、背もたれ部分を切り抜きで装飾したりと本格的に作っているものもいるそうだが、吉之助は折りたためる小ぶりのものを作ると言っていた。

最後に満と永良の3組だが、こちらも1組と同じく風景を描くそうだ。だが、材料は紙ではなくフェルトだといっていた。


バスケ部の文化祭での活動は、男子バスケ部と女子バレー部合同で、肉まんとアンマンを作って売ることになっていた。

放課後には試作品を作ることになっている。去年までは出来合いのものを買ってきて温めて売るだけだったらしいが、バレー部の副部長の本家ほんけが「原価率がぁ!」と言って、今年は手作りになったらしい。

試作会に参加するのは各部の副部長と調理担当に一年代表だ。その一年代表がバスケ部では俺だったのだが、睦月に変わったのだ。因みに調理担当は武蔵先輩だ。永良が「俺が捻挫すればよかった!」と悔しそうに言っているのを耳にした。馬鹿な奴だ。いっそ捻挫じゃなく骨折ぐらいすればいい。

女子バレー部からは部長の酒井出さかいで先輩と調理担当の2年の福原美都ふくはらみとさんと、1年の西山にしやまが参加すると聞いている。

本来、文化祭は副部長が担当となるので、部長の酒井出でなく本家が出るはずだが、おそらく酒井出部長が手をあげたのだろう。酒井出部長は阿恵先輩に気があるのだ。阿恵先輩の方は博愛主義と言えば聞こえがいいが、誰にでも優しいが誰も特別ではない八方美人タイプなので、酒井出部長はこの機会になんとか阿恵先輩との仲を深めたいのだろう。

普段女子とあまり交流がない俺だが、年の近い妹が二人いるので、ある意味女子には慣れている。睦月は兄弟は弟一人だと言うし、気まずくないだろうか。


 一年の文化祭担当はじゃんけんで決めていたので、自分の代わりに厄介な仕事をさせてしまい、少し申し訳ない気がして、俺は部活後、先に部室に戻って阿恵先輩と話していた睦月に声をかけた。

「睦月、今日は悪ぃな」

「何が?」

「いや、俺の代わりに試食会行かせてもぇて」

「いいよ。もとはと言えば俺が原因なんだし。試食会も結構面白かったよ」

「マジで?」

 一緒にいた兄の吉之助が驚く。

「睦月はなかなか手際よかったで」

「阿恵先輩に比べたら皆ええですよ」

 吉之助が笑顔で言う先輩に痛烈に突っ込む。この先輩は穏やかだが致命的に不器用なのだ。自分も家事は全て祖母まかせで人のことを言えたものではないが、阿恵先輩よりマシだと断言できる。

 阿恵先輩も自覚があるので、キツイ突っ込みにもはははと朗らかに笑っている。

「お前は料理出来るんか?」

「いや、俺も全然」

 睦月もはははと苦笑する。

「台所に立つのはパンをトーストする時か電子レンジ使う時ぐらいだから不安に思ってたんだけど、武蔵先輩と美都さんが的確に指導してくれたからなんとかなったよ」

 バレー部で最も料理ができると言われている福原は、なぜか皆から下の名前で美都さんと呼ばれている。睦月にも苗字ではなく名前で認知されたようだ。

「生地も綺麗に発酵してさ、俺ちょっと感動しちゃった」

「そっか、生地からやもんな。お前も手伝ったんか?」

「こねるのは…」

「俺は触るなって言われたで」

 これまた阿恵先輩がにこりとまるで褒められたかのように嬉し気に言う。戦力外通告されているようなものなのによく笑顔でいられるものだ。

「阿恵先輩は、盛大に小麦粉振りまいてたから…」

 睦月が苦笑しながら言った。

「やから、俺は今日も本番も、あんこ計る係やねん」

「それ、ほとんど何もしてへんのじゃ…」

 阿恵先輩の言葉に呆れるが、

「キッチンペーパー切ったりもするで」

 と自慢げに返された。そんなことは小学校低学年でもできる。

「お前は何しとったん? 生地こねただけか?」

「肉まんの具も作ったよ」

 俺の質問に睦月が答える。

「おお、すごいやん。あれって中身何なん? 肉だけちゃうよな?」

「長ネギみじん切りにして、調味料と混ぜるだけだよ」

「へぇ、そうなんや」

 長ネギのみじん切りの仕方というのがいまいち想像つかないが、武蔵先輩と美都さんがいれば何とでもなりそうではある。

「女子はちゃんとできとったんか?」

「いや、女子も俺とあんまり変わらなかったかな…。美都さんは別だけど」

 酒井出部長と西山の顔を思い浮かべる。酒井出部長は間違いなく阿恵先輩目当てなので使いものにならないのも理解できるが、西山は生真面目そうなタイプだったので意外だった。

「生地をまとめるのが難しいんだよ」

「ふ~ん、そうなんか」

 パンも菓子も作ったことはないし、俺は気の乗らない言葉を返した。

「武蔵先輩が男子はあんまんの担当にしてもらってたよ。そっちのほうが包むのが楽だからって」

「包み方違うんか?」

「肉まんは上で閉じて、あんまんは下で閉じるんだよ。下なら多少不格好うでも隠れてみえないでしょ。あんも肉まんより硬いし」

「へぇ、そおなんや」

 どちらも一緒かと思っていたので、俺は率直に感心した。武蔵先輩も色々大変である。

「あと俺は西山さんと蒸し器の時間計る補助になった」

 睦月が無表情に言う。

「俺と恵ちゃんが主担当やで」

 そういったのは阿恵先輩だ。酒井出部長は恵という名前だっただろうか。よく知らないが多分そうなのだろう。時間を計るぐらい一人でもできそうだが、阿恵先輩と酒井出部長の二人では雑談をしていて忘れかねない。明らかに無駄な人員だった。

「で、肝心の出来はどうやってん?」

 吉之助が核心の質問をする。睦月は笑顔で答えた。

「すっごく美味しかったよ。どっちとも。

 阿恵先輩が包んだのは、火の通りにムラがあっていまいちだったけど…」

 その失敗作を作った阿恵先輩が言う。

「俺は肉まんはもうちょっと甘い方が好きやったかな」

「阿恵先輩はあんを計る係なんすよね?」

「そうやで」

「なら大丈夫やな」

 阿恵先輩のアドバイスを無視して、俺達兄弟は頷いた。

 文化祭の出し物が成功するかどうかは、武蔵先輩と美都さんの双肩にかかっているようだった。


 明日は一見中学と練習試合だったので、みんな朝から練習に気合が入っていた。しかし、そこに睦月がいないのは心苦しかった。初めての試合に一番気合が入っていたのは間違いなく睦月だったからだ。その睦月は練習ができないので朝練は免除だ。

 着替え中、二年達が何か話し合っていたが、そこから睦月の名前が聞えて来た気がしたて、なんだろうかと思った。

 その答えは放課後に分かった。

 睦月が笑顔で久と一緒に部室に入って来て、

「明日、試合出られることになったよ!」

 と言ったのだ。

「え、お前足は大丈夫なんか?」

「軽い捻挫だし、テーピングでガチガチに固めれば大丈夫だろうって。もしもっと痛めた時の責任は、俺自身のせいってことでだけどね」

「ほんまか?! よかったなぁ」

「思い通りには動けないだろうから、皆には迷惑かけるけど」

「気にすんなって。練習試合やし」

「俺らがフォローしたるわ」

 俺達が口々にそう言ったが、久もこっそり頷いていた。


 放課後の練習では武蔵先輩が不在だった。神崎先輩と一緒に茶華道部に文化祭の打ち合わせに行っているのだ。

 左右田中学では、運動部同士での兼部は禁止されていたが、文化部同士や運動部と文化部ならば2つまで兼部してもいいことになっている。

 兼部しているとは言え、神崎先輩は週1回、武蔵先輩にいたっては月2回だけだ。基本的にバスケ部が休みの水曜日に茶華道部の活動をしているので、バスケ部には影響はない。だから多分睦月は知らないだろう。茶華道部は文化祭で野点をやると言っていたから今度教えてやろう。


 練習の後、片付けを終えて俺と満は睦月がスコア付けをしているという校務員室にやってきた。睦月のことだから夢中になって部活が終っていることにも気づいていないだろう。

 思った通り校務員室には、テレビ画面にくぎ付けになっている制服姿の睦月がいた。

「睦月、もう時間やで」

「え! ああ、ごめん」

 振り返ると、二人を見て複雑な顔をする。

「どうかしたんか?」

「スコア付けの仕方わからへんの?」

「いや、それはもうわかったんだけど…。実は」

 そう切り出すと、睦月は芽室先輩と武蔵先輩がポイントゲッターにマッチアップして潰している話をした。映像だけで気づくとは大した奴だ。

「そうやで。ビデオだけでよう気がついたな」

「試合の時には気づかなかったけどね」

「ついついボールがある方に目ぇがいってまうもんな」

 俺たちも上履きを脱いで、和室風になっている部屋の半分にあがった。テレビ画面の前に座る。

「やっぱ二人とも知ってるんだ」

「そりゃ知っとるわ。おんなじコートにおるねんから。皆知っとるで」

「俺、教えてもらってない…」

「明日話す予定やったんちゃうか」

「マンツーマンディフェンスやし、特に話さなくてもなんとかなるしな」

 俺と満の言葉にも睦月は釈然としないようだ。

「武蔵先輩ってあれだけ体力あるのに、なんで一年と代わってるの?」

「え?」

 睦月に尋ねられ、俺たちは顔を見合わせた。そう言われてみればそうである。

「なんでやろ?」

「さぁ?」

「一年を試合に出させるためかなぁ?」

「それだったら久をさげてもよくない?」

 満の言葉に睦月がもっともなことを言う。

「そういやそうやけど…」

「久の方が試合に出たがっとったからちゃうん?」

 と再び満が言った。

「そんな理由であの部長が代えるかぁ?」

「でも他に思いつかんで」

「そうやなぁ」

 俺達は睦月と同じく首を傾げた。二年に聞けばわかるだろうか?

「あと、先輩たちの初試合のビデオがないみたいなんだよね」

睦月は横に積んであるディスクとスコアブックを見た。

「初試合ゆうても、練習試合やろ? 単に撮ってなかったんとちゃうんか?」

「でも、スコアブックはあるんだよ」

 これにも俺達は首を傾げた。

 そこに、当事者の二年の阿恵先輩がやってきた。ジャージ姿だったが学校指定のショルダーバックを持っている。

「やっぱりまだここにおった。なにしとるん。はよ帰りぃ」

「阿恵先輩、聞きたいことがあるんですけど」

 睦月が立ち上がって 阿恵先輩の側まで行った。

「武蔵先輩はどうしてこの間の試合フル出場しなかったんですか? それぐらいの体力はありますよね」

 阿恵先輩の表情が一瞬固まるのが俺にも分かった。

「もちろん一年を出すためやで」

 満が考えたのと同じことを言う。正解だったのか?

「でも、最後の試合、フルで出てたら勝てたんじゃないですか? なのに出ないなんておかしいと思うんですけど」

 睦月の主張を聞いて、阿恵先輩は苦笑いして腕を組んだ。

「う~ん。どうゆうたらええかわからんけど、武蔵はバスケには100%の力は使わへんねん」

 これは俺たちも初めて聞くことだ。

「腰掛け気分でやってるってことですか?」

「そんな訳ないやろっ。普段の練習見ててそう思うんか、睦月は」

 失礼ともいえる後輩の発言に、阿恵先輩は珍しく語気を強めた言葉を返した。睦月も下を向く。

「…いいえ」

「簡単には言われへんけど、色々あんねん…。お前らは出る機会が増えてラッキー、ぐらいに思とったらええねん」

 いつも武蔵先輩に張り付いている副部長は、後ろ頭をかきながらそう言った。

「で、睦月、足の方はどうなん?」

 顔をあげてそう聞く阿恵先輩は、いつもの柔和な表情を浮かべていた。俯いていた睦月も顔を上げ、正面から相対する。

 睦月は肩を落としたまま答えた。

「…普通に歩く分には、特に問題ないです」

「そっか。じゃあ明日の練習試合は大丈夫やな。三人とも早よ帰りぃな」

 阿恵先輩はそう言って帰って行った。

「俺らも帰ろ」

「そやな」

 落ち込んだ様子の睦月を左右から囲む形で、俺達三人は部室へ向かった。

「気にせんほうがええで。俺たちもなるべく武蔵先輩には関わらんよう言われとうし」

 満が慰めるように言う。事実だ。

「そうなんだ。神崎先輩がしゃべるから武蔵先輩は話さないのかと思ってた」

「それもあるやろうけど。部長と芽室先輩からも個人的な用事ではあんまり関わるなって言われとうで。睦月は言われとらんの?」

「俺は別に」

「お前は神崎先輩に気に入られとうからちゃうか?」

「ああ、そうかもな」

 俺の言葉に満も頷いた。阿恵先輩の言っていた「色々」も神崎先輩なら知っているように思うが、なぜか絶対に神崎先輩にだけは聞いてはいけないような気がした。


10月30日の土曜は、一見中学校との練習試合だった。近所の公園から金木犀が香っていた。空も綺麗な秋晴れで、試合には絶好の日和だ。

睦月は結局、提案通りにテーピングがちがちで練習試合に参加することになった。テーピングは武蔵先輩がしていた。昨日の今日で睦月は気まずそうだ。

「どうだ?」

 武蔵先輩に聞かれて睦月が跳んだりはねたりする。

「大丈夫そうです。思った以上にガチガチですけど…」

「足首を動かせないようにしたからな。我慢しろ」

練習試合は左右田中の体育館で午前中に行われた。

左足首の関節が固められているので思うように動けない、足手まといな睦月の属する、久を除いた1年生チームは僅差ながら負けてしまった。

「惜しかったなぁ」

「ごめん、足引っ張って…」

「足首は大丈夫なんか?」

「うん、全然平気。がっちりテーピングされたのが良かったんだと思う」

 2年チームは町原が変更したポジションで初めて試合を行った。阿恵先輩は途中永良と交代していたが、武蔵先輩はフル出場しており、ほぼダブルスコアで勝っていた。しかしポイントゲッターを潰していたのは芽室先輩で、武蔵先輩は指令塔に徹していた。

(あれで100%とちゃうんか…)

 武蔵先輩はフル出場だったが、大して息も上がっていない様子だった。一番疲れていたのは途中で代わった阿恵先輩だ。

「一試合も出てへんお前が一番気息奄々しとるって、どんだけへぼいねん」

「遅刻もしてくるし、罰として毎日外周5周走らせるか?」

 基本口の悪い芽室先輩が、試合後町原と阿恵先輩を糾弾していた。一試合にフル出場できなかったのは阿恵先輩だけだったので、それも仕方ない気がする。


 午後からは明日の文化祭に向けての肉まんとあんまん作りだった。

 調理室に用意されたひき肉を見た瞬間、芽室先輩が怒鳴った。

「なんやこれ、合いびき肉やんけ! 肉まんがなんで豚まんて呼ばれるかも知らんのかっ——痛っ!」

 文句を言いだした芽室先輩の頭に、楠本部長の鉄拳が落ちる。

「痛ってー、何すんねん!」

「言い方があるやろ、言い方が」

「じゃあこの肉どうすんねん。生肉交換してくれる衛生観念のない店があるんかぁ?」

「ハンバーグとミートボールにして賄いで食べればええやん。冷凍にもできるし」

そうフォローしたのは阿恵先輩ではなく、調理に詳しい美都さんだ。

バスケ部は午前中は練習試合だったので、食材の買い出しはバレー部の担当だった。

「原価が上がるのは痛いけど、それしかないか…」

バレー部副部長の本家も、がっかりしながらも同意した。

「ちっ」

 芽室先輩が苛立たし気に舌打ちをする。

 肉は一年のバレー部女子が、単純に安いからと買ってきたらしかった。正直俺も、ミンチ肉に合い挽きや豚オンリーや牛オンリーがあることなど知らなかったし、合いびきで作ってもいいのではないかと考えてしまった。

 しかし、冷静に考えるとハンバーグが肉まんの中に入っている状態になる訳で、それは違うような気もした。

 買い間違えた茨木いばらぎは、音楽好きの女子で、歌が上手いらしい芽室先輩と前からカラオケに行きたがっていたが、今回の文化祭の打ち上げでカラオケに行くことになっていたので、それで浮かれて間違えたのかもしれない。気が強そうだったが、リスペクトしている芽室に舌打ちまでされたのが堪えたのか、泣いていた。

「じゃあ、間違えた女子はハンバーグ用の玉ねぎ担当に変更。肉は俺たちが買い直してくるわ」

 阿恵先輩の言葉に、泣いていた女子の茨木が顔をあげた。茨木は、もちろん玉ねぎ切に担当変更だ。

 ちゃんと罰を与えながらも、本人の傷が広がらないようにも配慮する。

こういうところがもてるのかなぁ、と思ったが、自分には到底無理そうだった。特に女子にもてたいとも思わないが。

 合いびき肉をどう処理するかを両部長と調理担当の武蔵先輩と美都さんが話し合い、買い直しは文句を言った芽室先輩と神崎先輩の二人で行くことになった。神崎先輩は練習試合の時からいるが、美術部の展示作はもう作り終えたのだろうか?

 豚ミンチが届くまで、餡の長ねぎを切る担当達以外、みなで生地作りに励んだ。正確に分量を量るのも大変だったし、水分と小麦粉を混ぜ合わせるのが難しかった。試作会の時に、派手に小麦粉をぶちまけていたという阿恵先輩は何をしているのか見ると、自分で言っていた通り、すでにゆであがった状態で売られている袋入りの粒あんを、ビニール手袋をした手で一人ではかりで計って、個別に分けているところだった。

 芽室先輩と神崎先輩は合いびき肉をまかないとして調理するための追加食材も買ってきていたが、思ったより早く戻ってきた。

「早かったすね」

「ぼくの家で自転車に乗り換えてん。武蔵のに」

芽室先輩と楠本先輩の家は山の方で、校区では一番遠い位置だ。学校から徒歩10分程度の神崎先輩と武蔵先輩のマンションで自転車を借りたとのことだった。

 阿恵先輩の心遣いと楠本部長の配慮のおかげか、誤って買った分の調理に多少余分に時間はかかったが、予定していた文化祭への出品作は無事に作りあげることができた。

 蒸すところまで終えて味見もしたところ、上々の出来だったので、明日の売り上げに期待するばかりだ。


 蒸している間に片付けをしながら、一年の調理担当の西山が、手作りを提案した本家副部長に尋ねていた。

「肉まんて、手作りやとそんなに安いんですか?」

「ほぼ小麦粉やからな。言い方悪いけど、餡の量も調整できるし」

「パンケーキよりはましやって」

「あれは詐欺やな」

 調理に詳しい美都さんも入って話をするが、さっぱりわからなかった。

 世間で流行りのパンケーキは詐欺らしい。確かにスーパーで売っているホットケーキミックス粉の値段を考えると、お店のパンケーキはすべからく詐欺と言えるかもしれない。

 そこに阿恵先輩が話しかけた。

「美都さん、これよかったら一緒に行かない?」

 何やらチケットらしき紙を見せる。

「え、これ、野点の招待券やん!」

「うん。武蔵からもらってん。美都さんには今回調理担当で頑張ってもらったから、一緒に来るようにって」

「ええっ。それは、すごい嬉しいけど…」

 と、部長の方を見る。一緒に片づけをしていた部長の酒井出先輩は固まっている。

 野点の招待券のことは俺も耳にしたことがあった。茶華道部の野点はとても人気なので、整理券方式になっていて、開店してすぐにその整理券もはけてしまうとのことだ。

 招待券とは野点で実際に接客する部員が、一人一枚友人知人に配れるもので、一枚あたり2名が参加できる、と聞いている。

 茶華道部の中でも接客をする部員数は限られていて、顧問が接客してもいいと判断した部員のみが接客をする。あとはお菓子を出したり茶器を洗ったりする裏方要員なのだそうだ。

それを考えると、ろくに部活動に参加していないのに、1年の時から接客していたという武蔵先輩と神崎先輩はすごいと言える。

そのプレミアムチケットと言ってもいい野点の招待券を、美都さんはしょぼんと見た。

「恵ちゃんを差し置いては、ちょっと…」

 阿恵先輩と二人ではデートにしか見えないので、酒井出部長からひどく嫉妬されそうなのは俺でも想像がついた。阿恵先輩は何を考えているのだろう。

「じゃあ、恵ちゃんと行ってぇ。それならええやろ?」

 はいと気前よく招待券を渡す。

「でも、じゃあ阿恵くんはどうするん?」

「俺は裏技があるから大丈夫」

 裏技とはなにか知らないが、阿恵先輩は全く平気そうに言い切った。

 バスケ部の方に戻ってきたので聞いてみる。

「阿恵先輩、野点の裏技ってなんすか?」

「う~ん。それは裏技やからほんまは教えたらあかんのやけど、もし条件がそろたら教えたってもええかなぁ?」

「条件てなんすか?」

「それ教えたら意味ないやん。祥之助も野点行きたいん?」

「行きたいっす。睦月も行くゆうとったし。久が並びに行くらしいけど、普通に並ぶんやったら無理なんすか?」

「無理やなぁ。でも睦月と久が行くんやったらなんとかなるかもしれへんな」

 阿恵先輩は思案顔でそう言った。

「ちょっと楠本と相談してみるわ。結果は明日にならなわからんけど、かまへん?」

「はい」

 もし参加出来たら自分は何もせずに野点に行けるのだからめっけものである。俺は楽しみが増えたと思うことにした。


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