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転校先は子午線だった  作者: kaithi
5/13

中間テスト(吉之助)

 俺、夢前ゆめさき吉之助きちのすけが所属する、左右田中学バスケ部に新入部員が入った。

 やっと厄介な三年生たちが引退して、バスケに集中できると思った矢先にだ。

 バスケ部の人数は少ない。二年は四人、一年は五人だ。足しても10人にすらならない。だから新しい部員が入ることはやぶさかではなかった。

 でも、なんで今?

 ——と、思わずにいられない。

 三年すべてがいじめに関わっていたわけではないが、高圧的な三人から受けた理不尽な扱いや痛みはまだ記憶に新しい。

 なのにこいつは——。

 そのわだかまりがすっかり解けるのは、そう簡単ではなさそうだった。

 その新入部員の船上ふながみ睦月むつきは一週間の仮入部期間を終え、昨日正式部員になった。今日あった新人戦にも、コートには上がらなかったが、ベンチには入っていた。


 新人戦が終わった後、楠本くすもと部長から全員に話があった。

「今日はお疲れ様。皆よぉ頑張ったな。おかげで地区大会出場や!

でも、来週の月火は中間テストやからな。明日と午後の部活は休みにするから、ちゃんと勉強もするんやぞ。成績の悪い奴は地区大会には出さんからな」

「わかりました」

至極真っ当な部長の注意に、全員が頭を下げる。

自分で言うのもなんだが、特に勤勉ではないので、勉強するの嫌だなぁと、溜息をついていると、隣からもため息が聞こえた。目を向けると、睦月の悄然とした顔があった。双子の弟、祥之助しょうのすけが声をかける。

「嫌やんなぁ、テスト勉強」

「いや、俺はテスト勉強より、バスケができないことの方が嫌かな…」

今までボールに触るのを禁止されていて、それがやっと解禁されたところに今度はテスト勉強で、残念に思っているようだ。バスケが本当に好きなのは誰が見てもわかるぐらいな睦月なので、がっかりするのも無理はない。俺だってバスケ禁止は嫌だ。

「まあ禁止は解けたんやし、勉強の合い間とかに練習したらええやん。ちょっと遠いけど、俺ええとこ知っとるから教えたるわ」

 これまた祥之助がそう言う。弟が知っているのだから、俺も知っている場所だが、それを睦月に教えるという発想は出なかった。弟にはわだかまりはないのだろうか?

 祥之助が言っているのは、少し離れたところになるが、道路の高架下で、ゴールポストのあるちょっとした公園のことだ。

「ありがとう!」

 祥之助の言葉に睦月は目をキラキラさせる。その純粋さに、思わず目を背けそうになった。

「じゃあむろちゃん、明日からな」

「明日からかよ…」

明るくなった睦月の声とは対照的に、気だるげな声が前から聞こえてくる。

 ビデオを持った二年の神崎こうさき先輩が同じく二年の芽室めむろ先輩に話しかけているのだ。おそらくテスト勉強の話だろう。芽室先輩の覇気のなさは、テスト勉強のこともだが、試合後で疲れているのもあるだろう。3試合フルタイム出場していたのだから、体力も尽き果てる。

「部長がうちで反省会したいって言うとったやろ? ついでに勉強もやるから」

 さすが真面目な楠本部長である。試合の翌日に試合のチェックをして勉強もするらしい。

 二人の会話を耳にした睦月が神崎先輩に質問する。

「先輩たちは一緒に勉強するんですか?」

「するいうか、させとうだけやけどな」

 神崎先輩が芽室先輩と同じように力なく言った。芽室先輩は頭が悪い訳ではないのだが、勉強というものが嫌いで、成績があまりよくないのだ。変わって神崎先輩は、勉強しなくとも良い点が取れる優秀な頭脳をしていた。そして、自分には甘く他人には厳しい自由主義者だった。

なので、神崎先輩は芽室先輩に勉強を教えるのではなく、本人の言葉通り問題を解かせているだけなのだが、それだけでも芽室先輩が勉強を教わるというのはとても珍しいことだった。力関係が見て取れる。

「神崎先輩! 俺も参加させてください」

 睦月と神崎先輩の会話に、同級生の永良ながら健二けんじが飛び込んで行った。神崎先輩の気力がさらに抜けるのが見て分かった。大きくため息をついてから言う。

「だからお前はあかんて。そもそもお前は勉強会する必要ないやろ。このやり取り、ええ加減にしてくれへんかなぁ」

 永良も地頭が良く、もともと成績がいいので、改まって勉強会をする必要などないのだ。だが、試合には淡泊でも神崎先輩の親友の武蔵むさし先輩に関することには粘り強い永良が追いすがる。勉強は武蔵先輩の家で行われるのだ。

「一回ぐらいええやないですか」

「だめやって何回も言うとうやろ。お前の記憶力どうなっとうねん」

定期考査の度に繰り広げられる、毎度毎度のやりとりに呆れ果てていると、睦月が、今度はクラスメートでもある久喜くきひさしに話しかけていた。

「久、俺たちも一緒にテスト勉強やらない? 俺、転校してきたところだから、どんな感じの問題がでるかわからないから心配なんだよね」

「なら、僕が過去のテスト問題コピーしたるわ」

 永良の相手は疲れるようで、神崎先輩がありがたい申し出とともに一年二人の会話に入って行った。睦月が首をかしげる。

「神崎先輩、持ってるんですか?」

「武蔵の家が置いとおねん。去年、次男の闘雄たけおさんが卒業したから、多分むっつんたちと同じ先生やと思うで。自由に見れるし、コピーさせてくれるよう頼んだるわ」

 神崎先輩は俺達を勝手につけたあだ名で呼ぶ。睦月は正式な部員になったお祝いに「むっつん」というあだ名を賜ったようだ。

 因みに久は音読みそのままの「9ちゃん」。満は「みっちー」。俺達夢前兄弟は、俺が「ユメちゃん」で祥之助が「サキちゃん」だ。まるで女の子なので本気でやめてほしいが、嫌がれば嫌がるほど喜ぶ人なので、まず無理だろう。

 小学校が一緒の芽室先輩までが面白がって「ユメちゃん、サキちゃん」と呼んでくるのでなおさら困る。神崎先輩があだ名をつけるまでは普通に名前で呼んでいたのに。

 しかし永良だけはその苗字のまま「ナガラ」呼びだ。

 その点から考えると、あだ名をつけるのも、親愛の情の現れととれるかもしれない。

 むっつんは特にあだ名への不満はないらしく、喜色満面に答えた。

「助かります! じゃあ、皆で模擬問題つくってやろうよ」

 と、建設的な提案を俺達一年全員にしてくる。 

「ええな、それ」

 睦月の発案には俺も賛同した。

「久はマジでやばいもんなぁ。こいついっつも授業中寝とるやろ? 前の期末なんか5教科中4教科が追試で、無事なのは英語だけやってんで。部長がめっちゃ渋い顔しとったわ」

「英語は、無事なんだ…」

「NBAでプレーでもしたいんちゃうか?」

視野が広いのか狭いのかわからない奴である。俺達兄弟は、久とは逆に英語が赤点だった。満は特に得手不得手なくだいたい平均点なのだと、祥之助が睦月に説明した。続けて永良の説明をする。

「永良は勉強も天才肌って言うんか、特に勉強せんでも成績ええねん。俺ら一年の中やったら一番やな。学年でも30番以内には入っとるらしいで」

各人の成績を聞いた睦月が、感心したように言う。

「へぇ、永良ってそんなに成績いいんだ。でも、じゃあ、なんであんな必死に先輩たちの勉強会に参加したがるの? 神崎先輩は嫌がってたけど」

 睦月の素朴な質問へは俺が答えた。

「なんつーか、あいつ、勉強の成績はええけど、バカやねん」

「は?」

 俺の痛烈な評価に、睦月が思わず疑問符で返してくる。あまり説明したくなかったが、これはできるだけ早くに知った方がいいだろうと、話すことにした。

「あいつの入部動悸な、武蔵先輩やねん」

「はぁ?」

 再び気の入らない疑問符が返ってくる。その反応に心の中で頷きながら、俺は話を続けた。

「武蔵先輩って、あいつの好みドストライクらしくて、何かってーと絡んでくねん。それで、ストーカーまがいのこともして…。今じゃコートの中以外は武蔵先輩の半径1m以内には近づいたらあかんことになっとるぐらいやねん」

「…何したらそんなことになる訳?」

「想像にまかせるわ」

 説明するのに疲れた俺は、ため息とともにそういった。

任された睦月はうまく想像できないようで、眉をよせて首をかしげている。

俺だって何も知らずただストーカーと言われても、帰り道でコッソリ電信柱の陰から、帰宅する姿を見守る犯人の姿ぐらいしか想像できなかっただろう。それだけでも十分ヤバいが。


 月曜は祝日の休みで、中間テストの勉強をしろと言われていたが、俺達兄弟は約束通り睦月を連れて、道路の高架下のネットで囲まれた公園にやってきた。

公園は学校から西に5キロほど離れたところにあるので、当然自転車だ。俺達はスポーツタイプの自転車にそれぞれ赤と緑の自転車用ヘルメットをかぶっていたが、睦月は黒いママチャリだった。それでも同じく黒の自転車用ヘルメットはかぶっている。親の安全意識は高いようだ。

公園はハーフコートと言えるほどのスペースもなかったが、幸い人気はなく、三人でシュート練習やドリブル練習に、ちょっとした1on1をした。

 睦月はまだまだボール禁止のブランクを取り戻せていなかったが、終始楽しそうに練習をしていた。新しい仲間がとても明るく元気なので、俺達も勉強のことは忘れて、楽しく練習ができた。

睦月の携帯のアラームが鳴ったので、一時間で練習はきりあげた。帰って勉強しなければならない。俺たちは永良とはちがって天才肌ではないので、やった分しか成果はでない。

「あーあ、勉強、かったりぃよなぁ」

「仕方ないよ。学生なんだし。俺、勉強も嫌いじゃないよ」

 睦月がタオルで汗を拭きながら笑顔でそう言う。

「え? マジで?!」

「羨ましいわ…」

 俺も祥之助も、自転車の上にがくりともたれ掛かった。二人とも勉強は嫌いだったので、新入りの前向きな発言には同意できなかった。


火曜の朝は普通に部活があった。放課後はテストのために部活動は禁止だ。

俺たちがグラウンドに行くと、睦月が一人でドリブル練習をしていた。ゴールやボールはもう準備されている。

「おはよう。なにやっとん? 走りに行かんのか?」

「今までずっとトレーニングしてたから、他のみんなはどんな感じでやってるのか見てみようと思って」

 睦月がそう答える。

基礎トレーニングをしながらでもなんとなく動きはわかっただろうが、睦月は外に走りにでていたり、階段の上り下りもあったりして、コートの近くにいること自体少なかったので、一度全員の動きを見てみたいのだろう。どうやらこの新入りは、試合だけに限らず、周りを観察するのも好きなようだ。

「でも定時には走りに行けや。阿恵あえ先輩は多分遅れてくるから、放っといてええから」

「え、うん」

副部長の阿恵は人は好いが、時間にルーズな遅刻魔なのだ。

バスケ部には一応標準となるタイムスケジュールはあるが、走る速度も基礎トレーニングも個人によってこなせる時間が違うので、余裕ができた時はみな好きな練習に割り振っていた。

「あ、そうや睦月。仮入部の時は悪かったな。意地悪して」

 走りに行く前に、弟の祥之助がお茶をこぼした時のことを思い出したのか、睦月に謝った。

「あ…うん」

 睦月は複雑そうに苦笑を浮かべながら頷いた。

 弟に先に謝られてしまっては、今更自分もごめんとは言い出せず、

「祥、行くぞ」

 と、弟に声をかけ、ドリブルをしながら観察をすることにしたらしい仲間を置いて、走りにでた。


「睦月、朝練の準備どうする? お前も正式に部員になったんやし、お前ひとりでやる必要ないやろ」

朝練を終えて着替えをしている時、俺がそう言うと、

「じゃあ昼休みにお弁当でも食べながら話す?」

と睦月に言われたので、睦月のクラスでお弁当を食べることになった。


睦月と久のクラス、1年1組は平和なクラスのようで、廊下からでも明るい話し声が漏れ聞こえていた。後ろの扉から入ってすぐだと聞いていたが、二つ並べられた机には久だけがぽつんと座っていた。給食の弁当を前にしているからか、「まて」を命じられた犬のようだと思った。

すぐに椅子を持った睦月がやってきた。

「ごめん、空いてる椅子探してたんだ」

「サンキュー」

睦月が置いてくれた椅子に座ると、睦月は机に置かれた給食の弁当箱を開けた。

喜春市の中学校は選択制の給食がある。しかし学校内で作る訳ではなく、中央の給食センターというところから弁当の形で届けられるシステムになっていた。

久のかと思っていたが、久はカバンから大きなドカベンを取り出した。

睦月は礼儀正しいし、しっかりした家だろうと想像していたので、手作り弁当だとばかり思っていた俺は少し驚いた。

「給食なんや」

「うん。うち共働きだから、母さんが忙しい時とか作るの大変なんだよね。給食があって助かったよ」

「へぇ、そうなんや」

 夢前家は両親と俺達双子に、これまた双子の妹がいて、母方の祖母もいる7人の大家族だ。子どもの学費を稼ぐためか、両親ともフルタイムで働いていたが、代わりにずっと専業主婦の祖母が家事を一手に引き受けてくれていた。なので、昼食も手作り弁当だ。弁当箱を出しながら、改めて祖母に感謝した。

食べ始めると、早速睦月が朝練の準備の話をした。

「朝練の準備は簡単だから、別にこれからも俺一人で構わないよ」

 と、神のような発言をしてくれる。

「いやでも、やっぱ悪ぃし」

「じゃあグラウンドの時だけ手伝ってよ。ゴールポスト動かすのは流石に大変だからさ」

 それならば火曜の朝だけですむ。週一度だけなら少し早起きするぐらい簡単だろう。期待はできなくとも他の一年にも相談だけはしておこうと思いつつ、斜め隣の久を見た。

「久も、週一だけなら大丈夫やんな?」

 大きなドカベンをややゆっくりめの速度でしっかり咀嚼して食べていた久は、しばし箸を止めてから、こくりと頷いた。

「久も手伝ってくれるの? ありがとう! 助かるよ」

 睦月が手のかかる仲間に礼を言う。どうやら睦月も期待していなかったようだ。久がこくりと頷く。祥之助が俺と同じ内容の弁当を食べながら睦月に訊いた。

「そういや、朝ってどんな感じやったん?」

「朝?」

「観察するゆうとったやろ?」

 朝練のみんなの観察結果は俺も気になるところだ。質問は弟に任せ、手と口だけ動かしながら黙って拝聴する。

「えっとね、夢前たちが出て行ったあと、定時5分前ごろに部長と芽室先輩がきたよ。走って来たみたいで息が上がってた」

「ああ、そういやあの二人走っとんな。ランニング中に見ることあるわ。家遠いのに流石楠本先輩って感じやで」

「家、どこなの?」

「北の一番端っこ。ここからでも山見えるやろ? あの麓やねん」

「うっわー、すっごい遠いじゃん」

「朝は下りやからまだええけど、帰りとかしんどい思うで」

「部活で疲れた後の登りって…地獄じゃん」

「地獄やな」

 俺も祥之助も頷きながら鳥の照り焼き弁当を食べる。

「二人の次に来たのが久で、すぐに走りに行った。それから定時近くに永良が来て、定時丁度に武蔵先輩が来た…。だから一緒に走りに出たんだけど、あっという間において行かれたよ…」

 給食を口に運びながら、徐々にうつむいていく睦月。つい尋ねる。

「お前、武蔵先輩苦手なんか?」

「え! いや、その…ちょっと…。あの人、無表情だしいつも冷静じゃん。だからちょっと…」

「わかるわぁ。無表情さで言やぁ、久のが無表情や思うけどな」

 俺達兄弟と睦月が顔を向けると、久はやはり美味しそうでも話に興味がありそうでもなく、無表情に弁当を口に運んでいた。俺たち仲間の話を聞いているのかさえ不明だ。睦月が俺達に向かって話を続ける。

「俺もいつものペースより少し早めを目標にして頑張って走ったけど、バスケ部の誰を追い越すでもなく誰に追い越されるでもなく、3周を走り終えたよ。

 そういえば、走ってるとき、のんびり歩いてる阿恵先輩をみかけたよ。本当に遅刻魔なんだね」

「どれだけ注意されても治らへんねんよなぁ」

「その後は、二人とも知ってるよね」

「ああ。俺らは基礎トレしとったけど、久は睦月を待ってる間ずっとスクワットしとったな」

「俺が入る前って、久は一人でやってったの?」

 基礎トレは二人一組でやることになっているが、二年が楠本部長と芽室先輩、阿恵先輩と武蔵先輩。一年が俺達兄弟と満と永良、そしてこの間からは久と睦月だ。

「ああ、仮入部中のお前と一緒で、一人でやっとったで」

 足を押さえてくれるパートナーのいない睦月は、倉庫のマットの下に足を突っ込んっだり、開けたドアの隙間に足ひっかけたりして腹筋背筋をこなしていた。久も今までは同じようにしていたのだ。

「誰も、相手しなかったの? ローテーションするとか」

「一人の方が自分も相手せんでええから、時間ができてええってさ」

「言いそう…」

 俺達三人が再び久をみると、すでに弁当を食べ終えて、寝る体勢に入っていた。

「でも阿恵先輩と武蔵先輩って体格差ありすぎじゃない?」

 そこに気づいたか。この新入りは神崎先輩ほどではないが、時々鋭いところをつく。

「昔は阿恵先輩は楠本部長と組んどったらしいで。でも阿恵先輩が、なんちゅーか、型破りにマイペースやろ? きっちりしとる楠本部長とはどうしても合わんかったらしくて、武蔵先輩に代わったんやと」

「そういえば阿恵先輩、基礎トレ終わるの一番遅かったのに、ドリブル練習削ってシュート練習してたね」

 一緒に組んでいる武蔵先輩は、走るのが早いにも関わらず阿恵先輩に合わせて、一周ほど多く走って時間を合わせ、スクワットや反復横跳びをさっさと終わらせていつもドリブル練習をしている。こちらは阿恵先輩とは反対にシュート練習を削っていた。

「新人戦の時に阿恵先輩のドリブルがちょっといまいちだったのは、ただの練習不足だったのかな…」

 睦月が弁当の卵焼きを見ながら呟いた。俺がそれに追加する。

「体力不足もな」

 阿恵先輩はシュート練習に励んでいることはあり、シュート率の高いポイントゲッターなのだ。だからできるだけ試合で使いたいと楠本部長も考えているのだが、いかんせんいつも体力不足で途中交代となる。

「俺は結局、普通にスケジュール通りだったなぁ」

 睦月は満足いっていない様子で言った。

「俺らもそんなもんやで。部長や室先輩や久は、いつも早めにトレーニング終わらせて、シュート練習しとるけどな」

 と、祥之助が言う。

「俺もなるべくそうしよう!」

 睦月は牛乳パックを握って決意表明した。


その後、中間テストのため放課後の練習がないので、昼食を終えた俺たちと睦月は、食後の昼寝をしていた久を起こし、勉強の息抜きも兼ねてグラウンドに行った。すると、3年生の松竹梅トリオもやってきていた。同じく気分転換をしにきたようだ。

「船上、正式入部できたらしいやんか。おめでとう。

あと地区大会出場も決まったらしいな。それもおめでとう」

「ありがとうございます」

 松田先輩は睦月の入部を素直に喜んでくれているようだった。

 松竹梅トリオのチームリーダーの松田先輩は、3人の中で一番真面目で、メガネをかけていて、練習や試合前には必ずメガネをふく癖を持っている。体格は160㎝強の中肉中背だ。話しやすいし、俺達一年だけでなく二年生達も、何度「松田先輩が部長やったら良かったのになぁ」と愚痴ったか数えきれない。

「新人戦前に、こいつが迷惑かけたみたいで悪かったな。楠本にも謝っといてくれ」

 梅原先輩が大竹先輩を指して言う。赤井前部長と島先輩との試合形式での練習のことを言っているのだろう。

梅原先輩は3人の中で一番温和だ。後ろ髪が少し長めで、3人の中でわずかだが一番背が高く、やや細身だ。大竹先輩は松田先輩と同じぐらいの身長だが、着やせするタイプで、なかなかの筋肉質。直情的な性格で、嫌いな赤井前部長や島先輩への態度は悪く、向こうからも嫌われているらしいが、むしろそのことを自慢げにしていた。

「迷惑って何がやねん」

 梅原先輩のセリフに、大竹先輩が不満を口にする。松田先輩が言い返した。

「赤井たちと試合したって自慢しとったやろ」

「自慢なんかしてへんやろ。負けたんやから。楠本たちが邪魔しよってよ。ちっ」

「楠本もほんま苦労するなぁ」

 梅原先輩が二人のやり取りを聞いて、部長に同情していた。

「赤井相手なんやから、ちゃんと負けたれや」

「嫌じゃ」

 松田先輩の言葉に、大竹先輩はそっぽを向く。どうやら大竹先輩は本当に前正副部長コンビに勝つつもりだったらしい。確かに試合中の大竹先輩は本気も本気ではあった。二年がボールコントロールまでして得点させなかったぐらいである。

 何も知らない睦月が疑問を口にした。

「赤井先輩に勝つと、不味いんですか?」

 松竹梅トリオ全員が顔をゆがめた。

「妬まれるやろぉな。確実に」

「アイツ思考回路が完全に俺様やねん」

「自分が一番やないと絶対に嫌っやってぇ、唯我独尊な奴やからなぁ」

 松竹梅の順番に言う。二年達が頑張って負けようとしていた理由を聞いた睦月は、青ざめていた。

噂話には興味がないのか、それとも思い出したくないのか、久はひとりでシュート練習をはじめた。

睦月は自分の知らない話に、ため息をついた。

「大変そうですね…」

「大変やったわ! 俺たちはまっちゃんが敵視されとったから、余計にな」

「3年の中じゃまっちゃんが一番上手いからな」

「そんなことないやろ。大竹も同じぐらい上手いやんか」

 大竹先輩は憤慨したが、梅原先輩の評価に松田先輩は否定の言葉を返した。

「そういう謙虚なところも悪いんやからな」

 大竹先輩が松田先輩を睨む。梅原先輩が呆れた顔を浮かべた。

「ほんまに短気やな。お前が食って掛かるのも悪かったんとちゃうか?」

「だってあいつら、まっちゃんのことであることないこと上級生に言うとったんやで」

「それは俺も知っとるけど…それは俺たち全員やろう。それに、本人の中では全部真実だったやろうしな」

 赤井前部長と接点のほぼない睦月の困惑した表情に気づいて、松田先輩が言った。

「もう言わんでもわかるやろうけど、俺たち3年の間でも色々あったんや。だから瀬戸たちのことにまで気が回らんくてな。楠本には苦労かけたわ」

「あいつらのことまでまっちゃんが気にすることないやろ。それこそ部長の仕事やんけ。人が良すぎやねん」

 大竹先輩は怒ったようにそう言うと、久の方に歩いていった。二人で1on1を始める。

 噂話をしに来たのではないので、松田先輩と梅原先輩ももたれかかっていたフェンスから身を起こした。俺達一年に顔を向ける。

「俺らも3on3やろか」

 それから予鈴寸前までメンバーを変えて3on3をやったが、大竹先輩と梅原先輩が評価したように、松田先輩が一番上手かった。わかっていたことだが。梅原先輩とのコンビネーションプレーでは、大竹先輩と組んでいた久も敵わなかったほどだ。

 ブランクもあってか、3on3では睦月が足を引っ張って悔しがっていた。それでも3年達は気にせず相手をしてくれ、朝練は基礎練習だけだったので、睦月は久しぶりのバスケットらしい練習ができてとても楽しそうだった。

「楽しそうやな」

「久々だからね」

 俺の言葉に、睦月はさわやかな笑顔で答えた。

「これからは普通に試合もでられる思うで。お前、前の学校ではレギュラーやったんか?」

「違う…。部員も多かったし」

「バスケは5人しかでられへんからなぁ」

 サッカー部や野球部などは人数ぎりぎりだったり、足りなくて試合に出られないこともあると話に聞いたが。うちは人数が少ないとはいえ、今では部内で練習試合もできる、つまりは定員の倍はいる訳だ。

「久から松田先輩たちは松竹梅トリオって呼ばれてるって聞きましたけど、本当に松竹梅なんですね」

ボールをしまって校舎に戻りながら、松田先輩に睦月が言った。

「そうや、笑てまうやろ。合縁奇縁とは言うけどな。

それで、お前は地区大会には出してもらえそうか?」

「それは…まだ聞いてません」

「楠本のことやから、少しは使ってくれるんちゃうか?」

 そう言った梅原先輩に、松田先輩が注意をする。

「でも楠本は真面目やから、今度の中間でちゃんとした成績とらへんと、試合に出してくれへんかもやぞ」

「勉強も頑張れよ、特に久喜な」

「——」

 梅原先輩から投げられた言葉にも、久はだんまりだ。

「そこはハイって答えろや。ははは」

 梅原先輩は笑って終わらせたが、睦月の中の焦燥感は増したようだった。不安げな顔を浮かべている。


放課後は部活が休みだったので、1年で睦月と久のクラスの1組の教室に集まって勉強をした。永良以外の5人である。永良にも声をかけたが、もともと成績がいいためモチベーションがあがる要素もなかったようで、参加は断られた。基本天才肌の永良は役に立たないから俺は必要ないといったが、睦月が声をかけようと言ったから義理で誘っただけだ。

「武蔵先輩がいてくれたらなぁ」

永良はそんな呟きを残して帰って行った。武蔵先輩は確かに可愛いし、阿恵先輩もぬいぐるみを抱えるようにしていつもくっついているが、俺には永良がそこまで執着する理由はさっぱりわからなかった。しかし武蔵先輩が迷惑に思っているだろうことだけは察せられた。


普通、勉強しようと集まっても結局だべって終わるものだが、試合への出場がかかっているし、朝、神崎先輩が持って来てくれた武蔵先輩の兄の過去のテスト問題のコピーを元に、手分けして模擬問題を作っていたので、皆一生懸命だった。

武蔵先輩のお兄さんの闘雄さんという人はちゃんとした人らしく、コピーしてもらったすべての教科が70点を超えていて、赤点はひとつもなかったし、間違った問題も横に正解が書かれていた。

久は自ら率先して数学を担当したかと思ったら、ただ面倒くさかっただけらしく、答えをレポート用紙に書き写すと、テスト問題のコピーの答えを修正テープで消し始めた。せめて数字の置き換えぐらいはしろと思ったが、そうすると正答がわからなくなるのかもしれない。

しかしそのアイデアは使えると俺達兄弟も思い、問題ではなく、答えをレポート用に書き写し始めた。

担当が理科の満は、先生がこれは出すぞと言っていた問題を足してレポート用紙にテスト問題を書き写している。

「二人とも、先生が出すって言った問題ぐらいはちゃんと追加しといてよ」

睦月に注意され、俺たちはしぶしぶノートを開いてレポート用紙に問題を書き始めた。ただし追加分だけだ。国語を担当していた睦月は、そもそも元となる題材が違ったので、過去問から問題から類推してレポート用紙にテスト問題を書いていた。もちもん先生が出すと言ったところは確実に入れている。

各自、できる範囲で頑張っているところに、阿恵先輩がやってきた。ちゃんと勉強しているか様子を見に来たようだ。今まで何をしていたかは不明だが、女子と話でもしていたのだろうか?

「ちゃんとやっとう?」

「今、模擬問題作っとるところです」

「へぇ、そうなんや」

 阿恵先輩は満が担当していた理科の問題のコピーを手に取った。

「闘雄さんのか。あの人も勉強できたんやなぁ。まあ武蔵のお兄さんやし当然か」

 そう言い終えると82点のテスト問題をかえしてきた。

「でも、みんなでテスト勉強しとってえらいなぁ。これ差し入れ。みんなで食べてぇ」

 と、阿恵先輩は俺たち一年がちゃんと勉強しているのを確認すると、手作りらしいマドレーヌを置いて去っていった。やはり女子と話をしていたのかもしれない。

阿恵先輩は部活中は武蔵先輩にくっついているが、それ以外はよく他の部の女子と話をしていた。俺は基本イケメンにはいい感情を持っていないが、阿恵先輩は顔が良いだけでなく、いつも柔和な態度で、基本人の話を否定しないところももてる理由なんだろうと納得していた。

イケメンの割に同性からの妬みの声を聞くこともなかった。性格が天然なので馬鹿扱いする言葉は耳にしたが。

 全員が模擬問題を作れたので、久は少しずるいと思うが、満と睦月は職員室に行ってコピーさせてもらえないか頼んでみると言って、全員の模擬問題を持って去って行った。

「いやー、今回は睦月のおかげで助かったなぁ」

 祥之助が言う。

「ほんまやで。あいつ、引っ越し多いからか、人と馴染むん早いんかな」

「元々の性格ちゃう?」

 兄のセリフにそう返して、祥之助はもう机に突っ伏して寝ている久を見た。

「かもな…」

 そのうち睦月と満が返って来た。

「先生がコピー室使わせてくれたよ」

 そう言いながらそれぞれに一式をくばる。一部、睦月が余分に持っていた。

「一部多いんちゃうか?」

「…うん、一応永良の分も」

「はぁ? あんなやつ放っときゃええねん」

「余る分には問題ないし」

 人のいい睦月はそう言ったが、

「紙の無駄遣いやで」

 と俺は返した。睦月は苦笑して、その日は各自模擬問題を手に解散となった。


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