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転校先は子午線だった  作者: kaithi
4/13

転校生(4)(睦月)

放課後のグラウンドでの部活には、赤井前部長と島先輩がやってきた。新人戦が近いし、その練習の助けにとのことだった。

1、2年は合わせても9名しかいないので、部内で試合をするにも1名足りない。その1名をフォローするために、いじめに関わっていなかった3年の松竹梅トリオ——久から聞いたが、松田、大竹、梅原というのでそう呼ばれているらしい——が、毎日一名は来てくれていた。たまに2人で来ることもあるが、その時は一年の誰かが審判をしている。足りないときの審判は、大体相手チームの申告でしのいでいた。

今日の松竹梅トリオの助っ人は、大竹先輩一人だった。

 神崎先輩もきていたが、赤井前部長は特に何も言わなかった。

 前回、赤井前部長が来た時に、芽室先輩が練習に来てくれと言ったのはただの嫌味だったらしく、実際に来られてしまい、言った本人が一番嫌な顔をした。

「げっ、マジで来よった。余計なことゆってもたぁ! 大失敗や」

「言わなくても来たんちゃう? 松田先輩たちもよお来てくれとうし、池先輩も一緒やし」

 阿恵先輩がフォローする。確かに、他の部員が来ているのに前部長が来ないのでは、面子が立たない気はする。島先輩は初めてみる顔だったが、赤井前部長の陰に隠れるようにして、周りを伺うように視線を動かしている。あまり積極的に発言もせず、いい印象はなかった。

「大竹先輩はもう帰ってもらって大丈夫ですよ。神崎も、…仮入部もいますから」

 楠本部長が大竹先輩に言う。

神崎先輩と松竹梅トリオが一人来ている時は、俺を入れて12名になるので、俺が審判をしていた。だから神崎先輩と松竹梅トリオ1名が来ている時の試合形式の練習タイムは、ボールに触れられなくても楽しい時間が過ごせていた。

「いや、俺も参加する」

「ええっ」

 赤井前部長と島先輩が参加すると神崎先輩を除いても13名になるので、人数の埋め合わせで来ていた大竹先輩に、楠本部長が帰ってもらおうと声をかけたのだが、大竹先輩はむしろ嬉しそうに参加を表明した。にやりと笑う。

 腕まくりしそうなぐらいやる気満々の様子に、楠本部長たちは困惑し、正確には部外者である神崎先輩だけがはははと笑っていた。

 突然、1年2年の間でミーティングが始まった。当然だがミーティングには神崎先輩は入っていない。

 俺は得点係になるので、得点ボードのところからその様子を眺めていると、一緒に得点係をやることにしたらしい神崎先輩が、得点ボードの反対側から辛口にバスケ部の内情を教えてくれた。

「大竹先輩は一番赤井部長たちを嫌っとって、いつも松田先輩と梅原先輩がフォローしててん。あの島って先輩は前の副部長。付和雷同のただの金魚の糞やけどな」

仮入部の俺は呼ばれなかったので、詳細は分からなかったが、いかにすれば赤井前部長チームを勝たせられるか、チーム分けについて議論しているのが漏れ聞こえてきた。

 大竹先輩は当然、赤井前部長と池先輩とは別チームだったが、点数をつけながら観察した限りでは、最初は大竹先輩は自由にして、大竹先輩の敵チームであり大竹先輩のディフェンスを担当している楠本部長が頑張ってふせいでいたが、最後の方は大竹先輩が攻撃しすぎないように大竹先輩のチームの2年が大竹先輩にボールが渡らないようボールコントロールまでして、なんとか赤井前部長チームが勝った印象だった。

「お前たちもまだまだやな。試合頑張れや」

「ありがとうございました!」

 赤井前部長の言葉に、1年と2年が3年全員に頭を下げる。

赤井前部長と島先輩はすぐに帰ったが、大竹先輩は残って最後まで練習に付き合っていた。

「接待バスケも楽ちゃうわ」

 芽室先輩がため息交じりに言う。楠本部長も疲れた顔で言った。

「大竹先輩、ちょっとは手ぇ抜いてくださいよ」

「ええ練習になったやろ?」

「何の?!」

芽室先輩と楠本部長がぼやくのに、大竹先輩が満面の笑顔で答える。これでは一体誰が誰と勝負していたのかわからない印象である。


一人で体育館を片づけ終えて教室に戻ると、武蔵先輩が窓際の席に座って問題集を解いているだけで、他にはもう誰もいなかった。教室のカギはいつも武蔵先輩が閉めて帰る。普通下級生の仕事だと思うのだが、神崎先輩との待ち合わせに使っているので別にいいのだと、阿恵先輩が言っていた。

神崎先輩はかなりの頻度でバスケ部に来るが、美術部であることを意識しているのか、単にスケッチブックを置きにいくためか、バスケ部が部活を終えた後に、バスケ部が使っている2年5組の教室に直接来ることはなかった。

着替えようとカバンを見ると、カバンの上にカレーパンがおいてあった。

「あれ?」

 思い当たる相手が何人かいるので、誰からかわからず本当に困ってしまった。武蔵先輩に聞けばわかるのかもしれないが、前のボールのこともあるし、問題集を解くのに集中している様子からしても聞きづらかった。

(確か昼に、久がカレーパン食べてたような。でもなぁ…)

 久がこんな気の利いたことをするだろうか? まだ出会って間もないので、するともしないとも判断がつかなかった。

仕方がないので誰からかわからない贈り物に感謝して、手を合わせて礼をしてから、その場で食べて帰った。カレーはいつ食べてもうまい。


帰りしな、下校路の途中にあるコンビニに久がいるのが目に入った。どうやら雑誌を立ち読みしているようだった。

久が何を立ち読みしているかも気になったし、カレーパンのこともあるし、こっそり声をかけて驚かせてやろうと思い、コンビニの自動ドアをくぐった。

よくあるレイアウトの、入ってすぐ右側、駐車場に面した雑誌置き場に足を向けると、ちゃりんと足元で音がした。

目を向けると、勾玉のキーホルダーのついた鍵が落ちていた。ちゃんと体操着のポケットに入れていたはずなのに、どうして…? 疑問符を浮かべながら、体の向きを変えて鍵をひろう。

鍵を入れていたズボンのポケットを確認してみたが、ほぼ新品の体操着だ。同然穴など開いていなかった。

(そういえば、神崎先輩に見せてくれって言われてたっけ)

 キーホルダーには緑の勾玉の他に金色の鈴が付いている。母がつけたものだ。しばしキーホルダーを眺めてから、ポケットにしまいつつ顔を上げると、外の駐車場が視界に入った。そこに、全く速度を落とさずに突っ込んでくる車がいた。車の向かう先には、久が立っている。しかし、雑誌に集中している久は気づいていない。

「久!」

 俺は何も考えず走った。雑誌を見ていた無防備な同級生に横から飛びつき、奥にあったATMの前に倒れ込むのと、ガシャンと言うガラスが割れるけたたましい音が鳴るのがほぼ同時だった。店員や客たちの叫び声が聞こえる。

 倒れ込んでいた俺と久が顔を上げると、ほんの足先に、車のタイヤが止まっていた。

「ひ、久…大丈夫…?」

「あ、ああ」

 腰が抜けて起き上がれなかった。

 豪胆なのか、久の方が先に立ち上がって、俺が立ち上がるのに手を貸してくれた。

 店員がドライバーに声をかけているのを見ていると、久が言った。

「行くで。ここにおったらややこしいことになる」

「う、うん」

 久に導かれる形で、店の中を大回りして、人気のないのを見計らいこっそり外に出た。素早く目立たないように店から離れる。

「——びっくりしたね…。ホントにあるんだ、あんなこと」

「皆には黙っとけよ。面倒やから」

 確かにそうだ。あの現場にいたこと、それも轢かれかけたことなど知られたら、悪い意味で注目を浴びてしまうだろう。人はゴシップが大好きだ。俺も、轢かれかけた人として有名人にはなりたくなかった。防犯カメラには映っているだろうが、特に怪我もしていないし、警察がわざわざやってきたりもしない、だろう。

「もうあの店には行かれんな…」

 久がため息をついた。確かに、再び足を踏み入れたら、警察ではなくとも店員にはつかまりそうである。

「お気に入りだったの?」

「このへんで唯一立ち読みできる店やってん」

「買いなよ…」

 久は眉を潜めて、再びため息をついた。


 翌日の学校はコンビニに突っ込んだ車の話でもちきりだった。

 朝に新聞を読んでいた父からも聞いたが、どうやら最近はやりの、高齢ドライバーがブレーキとアクセルを間違えたというやつだったらしい。

 誰にもみられなかったのか、俺や久に事故のことで話を聞いてくるものはいなかったが、外から決定的瞬間を目撃した女子が熱弁をふるっていた。車に注意が行って俺たちには気づかなったようだ。やれやれ。

 放課後にはもう話題も下火になっていて、部活で事故の話を聞くことはなかった。

体育館での練習は、ボールを出し入れするのに、籠に芽室先輩が乗っかってきて大変だったし、夢前兄弟に上から目線で偉そうに「さっさとコートふけ!」と言われたりして大変だった。

でもそれはいつものことで、3年たちとの対応から、一体自分がなぜすぐ正式入部できずに仮入部で、基礎トレーニングだけしかできなかったのか、なんとなくわかりかけてきていた。だが、だからこそ、この仮入部を終わらせるポイントがわからなかった。

 片づけも基礎トレーニングも苦ではないが、見通しもたたないままもう1週間仮入部である。

明日には新人戦があるが、楠本部長からも阿恵先輩からもなんの話もないままだ。遠矢浜先生の言うように、新人戦が終ったら正式部員になれるのだろうか。

だとすると試合の間、自分は一人学校で基礎トレーニングをするのだろうか? それは想像するだけでも寂しかった。

一人無駄な想像をしてしょんぼりしているところに、久が楠本部長に声をかけた。

「——部長、あいつ、いつまで仮入部なんすか?」

「誰のことや?」

 部活を終えて教室に向かうところを呼び止められ、楠本部長は久に向き直った。

「船上です」

「部長に意見するんか?」

「——」

 厳しい口調の質問に、久は何も答えなかった。

「一年、全員集まれ!」

 部長からの集合の声に、教室に帰ろうとしていた一年たちが走って戻ってくる。阿恵先輩と武蔵先輩はもう体育館を出て行っていたが、楠本部長と一緒にいた芽室先輩は、隣に立って後輩たちの様子を眺めていた。

ボールを仕舞おうとしていた俺も、手を止めて急いで楠本部長のもとに走った。

 一年全員を見渡して、部長が言う。

「久喜がフナ…仮入部のやつを正式入部させろって言ぅてきた」

「え?」

 発言した人物に一年全員が驚き、久に視線が集中する。

「何か意見のあるやつはおるか?」

「入部させてやってください」

 そう言ったのは初日に外周を走っていたとき、頑張れと声をかけてくれた、一番人のいい白畑だった。

「他に意見のあるやつは?」

「——」

 普段いびってくる夢前たちからも意見はでない。

「わかった。船上、今からお前は正式部員や。片づけと準備は全員でやるように。あと、全員今から外周3周や。

 船上は明日の試合には参加させへんけど、ベンチ入りはさせる。わかったか?」

「はい!」

 一年全員が明朗快活に返事をし、楠本部長の命令通りに動き出した。

 俺はそれに戸惑いながらも、外周を走りに向かう他の一年を追いかけた。

「まさか9ちゃんとはなぁ。完敗や」

「白畑あたりやと思っとったのにな」

 芽室先輩と楠本部長が歩きながらそんなこと言うのが聞えた。

 正式部員になるキーワードは、一年生からの申し出だったらしい。いつも無表情で関係なさそうにしていたのに、部長に願い出てくれた久には、皆と同じく驚いたし、本当に感謝した。誰一人不平を言わなかった一年全員にも、頭があがらなかった。

 誰も正式部員にするよう申告してくれなかったら、自分はずっと仮入部だったのだろうか? しかし、2年たちも誰が言い出すか賭けていたような感じだったし、そんな不安は感じなかった。

 それよりむしろ、入部希望で部室を訪れた時、皆が「狙って来たのか」や「迷惑だ」と言っていたのに同感できた。

 そして後日、芽室先輩が神崎先輩に賭けの景品だと言って、饅頭を渡すのを眼にしたのだった。


新人戦は地域の体育センターで行われた。場所がわからないので、家が近い久の母がついでにと車に乗せて行ってくれた。

俺は試合には参加できなかったが、ユニフォームを着てベンチで応援した。

コート上のリーダーともいわれるPGは楠本部長で、バスケ部は上下関係がはっきりしているというか、2年が部長第一な態度を取っているので、楠本部長の意見を軸に、試合の出場選手が決まった。2年の4人と、1年で一番うまいバスケバカの久は当然スタメンとして、他の1年も全員試合に出す予定だと言われていた。

楠本部長、芽室先輩に久は全試合通しでの出場だったが、阿恵先輩と武蔵先輩の二人だけが、体力が足りないからか1年と交代しながらになっていた。

久は通しで出場なので、とても上機嫌なのがわかった。おそらく気づいたのは俺だけだろうが。久の背番号は、あだ名通りの9番で笑ってしまった。

俺は名前が睦月、1月だからと11番になった。永良は横にしたら無限だから8番らしい。

番号を決めたのは芽室先輩らしく、自分はラッキー7を選んでいた。最初のキャプテンナンバーの4番は勿論楠本部長だ。5番が副部長の阿恵先輩で、6番が武蔵先輩になる。白畑が10番で、夢前兄弟が12、13番だった。

1年は久以外は阿恵先輩と武蔵先輩のかわりに1,2Q出場しただけだったが、2年は公式試合初戦とは思えないぐらい上手かったし、久の活躍も目覚ましく、2回戦までは勝てたが、3回戦は相手が優勝常連の強豪校で負けてしまった。阿恵先輩はシュートのうまいポイントゲッターなので、できるだけ使いたいようだったが、2回戦フル出場の予定が、体力が持たず永良と変わっていた。

神崎先輩も観客席で、ビデオをとりながら応援をしてくれていた。もうバスケ部に名前をあげてもいいのではないだろうか。

三回戦を勝ち抜いたら、明日の準決勝に出場できたのだが無理だった。しかし、新人戦で三回戦まで出場できたら、今月下旬にある地区大会に出場できるらしい。

まだボールを触った練習は一切していないので、地区大会に出してもらえるかはわからなかったが、明確な目標ができたしボールにも触れるし、明日からの練習を頑張ろうと思った。

そこに、神崎先輩が声をかけてきた。

「地区大会にはむっつんも出られるとええな」

 呼び名が他の一年と同じくあだ名になっていた。どうやら睦月の前の方を取って「むっつん」としたらしい。

「はい、頑張ります!」

「頑張りぃ。ところで正式部員にもなったことやし、勾玉のキーホルダー見せてぇや」

「あ、はい」

 睦月は取り出しやすいようジャージのポケットに入れていた例のキーホルダーを取り出し、神崎に渡した。家がダブルロックのため、二つのカギに鈍い緑の勾玉と金色の鈴がついている。

「自分で作ったん?」

「はい。鈴は母さんがつけてくれました」

「そうなんや。ふ~ん、あんまり器用とは言われへんなぁ」

 それは自分でも自覚している。勾玉は本来美しい曲線を描いているものだが、睦月のものはカクカクした部分が目立った。

「今度一日でええから貸してくれへん? もうちょっとましにしたるわ」

「いいんですか?」

「不器用なのも味があってええけど、やっぱ勾玉は装飾品やから、美しくないとな」

「ありがとうございます」

「お礼は結果をみてからした方がええんちゃう?」

「え?」

 神崎先輩は不安顔を浮かべた俺にはははと笑って、俺と久を救ってくれた勾玉のキーホルダーを返してくれた。


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