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転校先は子午線だった  作者: kaithi
3/13

転校生(3)(睦月)

日曜の部活は午前中は休みで、昼からグラウンドを使用する日だった。体育館やグラウンドの広さの関係上、左右田中にはバスケ部は男子バスケ部しかないし、バレー部は女子バレー部しかなかった。バスケ部に仮入部した後にそれを知った俺は、逆じゃなくて良かったと心底思ったのだった。

休日の午後こそ体育館を使いたいが、バレー部の方が功績があるらしく、男子バスケ部はいつも二番手以下の扱われ方だ。それでも部長が変わった時に、少しでも体育館で練習ができるよう、楠本部長が他の部と協議して、前よりも体育館を使えるようにはなってはいるらしい。と久喜から聞いた。


空いている午前中を使って、左右田中学校の学生服を受け取りに、制服屋に父親と弟と三人で来ていた。別に一人でも良かったのだが、制服屋が市内で一番大きな駅の近くにあったので、見学と昼食も兼ねて3人で行くことになったのだ。最初に来たときは市役所に手続きに来た時で、母と弟の三人でだった。今日は母は仕事の面接日だ。

車で来てもよかったが、駅前には駐車場が少なかったし、父が電車好きだったのでJRに乗って来た。

引っ越しは車だったし、通勤では通過する駅なので、父は主要駅を利用するのは初めてだった。駅に着くと、ホームから電車の写真を撮ろうとしたので、午後から部活があるから後にしてくれと、父の腕をつかんで制服屋に向かった。

制服屋は駅から歩いてすぐの場所にあった。周りは駅前の繁華街で賑やかなので、逆に不思議な感じがする。

寸法直しが終った制服を試着して、ちゃんと裾や袖の丈があっていることを確認した。成長期なので少し長めにしてもらっている。制服の入った、結構大きな箱を受け取ると、父が選んだ、近くにあったラーメン屋で早めの昼食を取った。

父から今日はもう部活は休んだらどうかと言われたが、急に休む訳にもいかないし、父が電車を撮るのを待っているのも恥ずかしいので、父を置いてまっすぐ帰ることにした。

考古学といい鉄道写真といい、父は多趣味だ。俺はバスケ一本、弟もゲーム一筋だが。

父と弟は、駅の北側にある、城跡でもある公園を散歩してから、駅ビルで母にお菓子を買って帰るという。高架になっている駅を、下からのアングルで取ろうとカメラを構える父と、その父を置いて一人で制服屋の近くにあるトイザらスに向かった弟の皐月さつきと別れ、俺も一人で帰った。


午後からのグラウンドでの練習で、ゴールポストの準備をしようとしたが、いつものように芽室先輩が乗っかって邪魔してきた。横の棒を使って、鉄棒の要領で逆上がりやらをやっている。とても移動させづらい。

動いているゴールポストで鉄棒をするのも難しいと思うのだが、芽室先輩はそれも含めて楽しんでいるようだった。

 阿恵先輩と武蔵先輩はまだ外周を走っていた。二人は基礎トレーニングで組んでいて、阿恵先輩が走るのが遅いので、阿恵先輩が走り終わるまで武蔵先輩も付き合って走っているようだった。付き合うとは言っても、走っている距離も速度も違うようだったが。

「ほーれ、頑張れや~」

 芽室先輩が楽し気に声をかけているところに、背の高い私服の男子がやってきた。みんなが挨拶するから気づいたが、どうやら3年生のようだ。なかなか整った顔立ちだったが、たれ目がよくないのか、阿恵先輩には一歩及ばないという印象だった。

「芽室、さっそく新入部員いじめか」

「ちっ、もう来よった」

 三年の言葉に、芽室先輩はあからさまに毛嫌いした口をきいた。3年生には聞こえるか聞こえないか程度で、しかし俺にははっきり聞こえる声量だった。ゴールポストから降りて上級生に向かう。

部員が足りないからとローテーションでやってきてくれている三年生は、松田まつだ大竹おおたけ梅原うめはらで、松竹梅トリオと呼ばれているらしかったが、この上級生は初めて見る顔だったし、芽室先輩が上級生相手に自ら積極的に対応するのも初めて見た。

芽室先輩は楠本部長をかばうようにして立つ。

赤井あかい部長、珍しいっすね」

 どうやら前部長だったらしい。

「もう部長ちゃうやろ」

「そうでしたね。塾はいいんすか?」

 芽室先輩の口のききようは、ギリギリ失礼ではない程度に雑だった。

「午前中に終わった。そっちのが新入部員か?」

「まだ仮入部ですよ」

 赤井前部長は俺を上から下まで見分した後、

「人も少ないんやし、入れてやればええやないか」

 と簡単に言った。

「少数精鋭なんすよ。部長は塾忙しそうっすね。松田先輩たちは毎日練習に付き合いに来てくれますよ」

 部長じゃないと言ったにもかかわらす、相変わらず部長呼びだったが、前部長は再度否定はしなかった。他の3年と比べられたことに気が向いたようだ。

「あいつは真面目やからなぁ。まあ、俺も今度島しまと一緒に来てやるわ」

 そういいながら前部長はグラウンドのコートを見渡し、

「神崎はおらんのか?」

 と聞いた。

「何ゆっとるんですか部長。あいつはバスケ部やないんやから、おる訳ないやないすか」

 いつも大体いるが、たまたま今日いないだけなのに、芽室先輩はいないのが当然のように笑顔で言いきった。馬鹿かお前はと、暗に言っているのが聞えるようだった。

「そうやな。じゃあ、後輩いじめもほどほどにせえよ」

 赤井前部長が背を向けると、芽室先輩が鋭く言う。

「二度とくんな」

「聞こえるぞ」

 楠本部長が心配しているというより、困った様子で言う。

「どうせ素通りじゃ。陶犬瓦鶏が」

 しかし芽室先輩はむしろ聞こえろと言わんばかりだった。聞いたこともない言葉を口にする。とうけん…? 刀剣のことだろうか。

 見たところ人のよさそうな感じだったが、さっきの赤井前部長が殴る蹴るのいじめをしていたのだろうか。とてもそうは見えなかったが。しかし、いじめが行われていた部の部長ということになるし、何かあったのだろう。

俺としては、赤井前部長に品定めするように見られたのは気分のいいものではなかった。

 

月曜の朝、体育館で一人で準備をしていると、山盛りになっていたボールが籠から落ちた。すぐにボールを拾う。ボールに触るのは久しぶりだった。嬉しくて、ついそのままゴールに向かってシュートする。

 ボールは——外れた。

「はは、失敗」

 外れたボールを拾いに入り口方向に行くと、そこに武蔵先輩がボールを手に立っていた。いつ入って来たのか、全く気付かなかった。

「仮入部中はボールに触るなと言われただろう」

武蔵先輩が淡々と標準語で言う。武蔵先輩だけはなぜか標準語だった。

「…でも、じゃあ、ボールが落ちても拾っちゃいけないってことですか?」

「そうだ」

 必死の言い分は、たった一言で切り捨てられた。にべもない言葉に、それ以上言い返すこともできず、俺は落ち込んだ。

武蔵先輩は何のフォローもせず、黙ってボールを籠に入れ、荷物を置いて走りに行ってしまった。武蔵先輩との初会話は最悪なものだった。


「久、移動教室だろ。どこかわからないから一緒に行こうよ」

他の部員同様名前で呼んだが、久の反応は呼びかけへの回答と同じく、相変わらずYESもNOもない。久は基本俺に関わってこないが、無視というより生来のもののようだし、たまに面倒くさそうにしながらもバスケ部の話をしてくれるので、避けられないかぎりは一緒にいることにしていた。

田辺や門村からはよく一緒にいられるなと言われたが、ゲーマーの弟もうんといやぐらいしか答えないのがいつものことなので、あまり気にならなかった。質問に反応してもらえればそれで問題ない。

「今度一緒に勉強しない? もうすぐ中間考査なんだろ。寝てばっかりじゃまずいよ」

それに、授業中寝てばかりいる同級生が、純粋に心配でもあった。

部活中は基礎トレーニングしかしないので、他の1,2年の部活の様子は床掃除やお茶の入れ替えの時ぐらいしか目にすることがなかったが、久はバスケにはとても真剣に取り組んでいた。おそらくバスケバカなのだろう。

ゲーマーの弟も家でろくに勉強などせずひたすらゲームをしているが、昔テストの点が悪くてゲーム時間を制限されたことがあり、それ以来学校での勉強に力を入れているのか、平均点を割ったことはなかった。

しかし久は別だ。こいつは学校でも寝ている。そんなやつが家で勉強しているとは思えない。田辺に久の成績を聞いても、呆れた顔で肩をすくめられた。


朝の部活後の後、ボールをしまってモップを取っていると、体育倉庫で着替えていた夢前兄弟が、大きな声で話をしていた。朝練のあとの制服への着替えは、倉庫ですることになっている。

「明日は丸一日部活休みやから、ゆっくりできるなぁ」

「そうやな。芽室先輩とゲームでもすっか」

 白畑と永良も話している。

「明日は一日休みやから、テスト勉強せんとあかんな」

「そうやな」

極めつけは久で、着替え終わって教室に向かう前に直接、

「明日は一日部活ないから」

 とストレートに教えてくれた。

 教室について席に座ると、田辺からも同じ話題がふられた。

「明日、バスケ部は一日休みなんやで。ちゃんと聞いたか?」

「うん…。むしろ過剰なぐらいだったよ」

 昼休みには阿恵副部長もやってきて、

「ふなが…じゃなかった、仮入部、くん。明日は部活ないから」

「はい、部長からスケジュールもらってます」

 実は3年が引退して予定が変わったからと、関係する部の連絡先まで書いた、各曜日の部活の実施場所——体育館やグラウンドや、部活時間を書いた紙のコピーを、仮入部二日目に楠本部長からもらっていたのだ。

「ああ、そうなんや。日曜の試合どうするんか、また楠本に聞いとくな」

「ありがとうございます」

 気をつかってくれた阿恵先輩に礼を言う。

 本当にいじめがあったのか、いまだに納得できなかった。


 翌日水曜日は部活は休みだというし、ボールを持つのも禁止されているので、俺は引っ越しの片づけと勉強をして過ごした。

段ボールはいつまでも積まれたままだが、母の趣味の観葉植物が家のそこらじゅうを緑に染めていた。

 母は無事面接に通ったらしく、今日は仕事で俺より帰ってくるのが遅かった。

「母さん、洗濯物やっておいたから」

「ありがとう」

船上家は結婚当初からずっと夫婦共働きなので、毎日手のすいている者が洗濯をすることになっていた。大体は母か、今年度からは小学3年生の弟の皐月がやってくれていたのだが、今日は学童保育に行っていた弟よりも俺の方が早く帰って来たので、引っ越してきてから初めて洗濯物を干した。

母は乾燥機は好まなかったので、洗濯物干場になっている部屋に干していた。

今、俺は弟と同じ部屋だ。本当は洗濯物干場になっている部屋を使えばお互い一人部屋になれるのだが、母と弟が花粉症で洗濯物は基本部屋干しなので、父の書斎と漫画などの本置き場を兼ねて、一部屋は誰も生活していない部屋になっていた。

ゲーマーの皐月からも、特に一人部屋がいいという要望もなかったので、俺は未だに二段ベッドの上の段に寝ていた。

昨日干したものはまだ乾いていなかったが、一昨日のものは乾いていたので、各人の洗濯物入れに入れて、部屋の前に置いておいた。

しかし、荷物のあまりない自分と弟の部屋の段ボールはすべて片付いているが、他の部屋には相変わらず段ボールが積まれている。本があるからか、書庫兼洗濯物干し用の部屋に一番多く積まれていた。俺の漫画や本にDVDも含まれているが、親から催促されてからでいいかとそのままにしている。皐月のゲームや本も含まれており、皐月はやりたいゲームをその都度取り出すだけで、全部片づける気はないようだった。

そもそも父の本が最優先なので、下手に片付けても邪魔だからと移動させられる可能性があり、二度手間なので父親の分が済んでからの方が効率がよいというのもあった。前の転勤の時は、すべての段ボールが片付くのに3か月はかかったが、今回はいつ段ボールを目にしなくなるだろうか。

自分の部屋のダンボールを片付けるとき、ボールに触るのは公私ともに禁止されているので、家にある自分のバスケットボールを、手に取って片付けるべきか、置いておくべきか悩んでしまったが、悩んでいる俺をみて、皐月がさっさと決めていた場所に片付けてくれた。

「別に家のやつぐらいいいんじゃないの? どうせ誰にもわからないんだし」

 皐月の言う通りなのだが、ついこの間不意打ちで注意されたばかりだったので悩んでしまったのだ。

とりあえず俺としては、一番重要な家具、バスケットのゴールの形をしている洗濯物入れは、引っ越し初日に段ボールから取り出し、洗濯機に近い場所の、一階の廊下の鴨居に設置していた。ゴールした洗濯物は、下に置いてある洗濯籠に入るようになっている。

これを見つけた時は、考え付いた人は天才だと思ったものだ。両親に買って欲しいと頼むと、いつも洗濯を手伝ってくれているからと、誕生日も何も関係なくすぐに買ってもらえた。

弟は特にバスケ好きでもない、インドアのゲーム派なので、たまにシュートするぐらいで大体はそのまま籠に入れているが、高校時代にバスケをやっていたという父は、いつもゴールにむけて洗濯物をシュートしている。

俺や皐月よりも、むしろ父の方が洗濯物の放置率が高かったので、母はこの家具を買ったことを喜んでいた。


 朝、体育倉庫の中からボールを取り出そうとしているところに、学生服の生徒が三人やって来た。徽章から三年生だとわかる。三人とも初めて見る顔だった。

目つきのキツイ一人が言う。

「お前か、仮入部ってのは」

「…はい」

 誰も名乗りもせず、不躾に聞いてくる。

 全員俺より背が高く、全員で近寄ってこられたので、思わず後ろに下がった。

「なんでまたこの時期に」

「親の転勤です」

「体育会の後やなんて、運が良かったなぁ。せめて体育会前に転校してくれば良かったのに」

 三年はそう口々にいいながら足を進めてきたので、気がつけば体育用具室の隅に追い詰められてしまっていた。

田辺から聞いた話だと、体育会系の3年生は、体育会の部活別リレーを最後に部活を引退するらしい。しかもそれが、俺が転校してくるほぼ1週間前だったと言うのだ。なぜ皆が「このタイミングで」と不満げに言うのか納得はしたのだが…。バスケ部がブラックだったのは本当なのかもしれない。

名前不明の三年の一人が右手を挙げる。

(体育倉庫で殴られた)

門村の言葉が頭をよぎったその瞬間に、声がかかった。

「先輩、おはようございます。どうしたんすか、こんな早くに」

 夢前兄弟だ。三年生が舌打ちをする。

「新入部員が入ったって聞いてな。随分ひょろそうなやつやないか。お前らも人運に恵まれへんな」

 最初に声をかけてきた目つきの鋭い3年が言う。

「ホンマですよ」

「先輩も練習、助力してくださいよ」

吉之助が短く答え、祥之助がそれに続いて言った。

「そのうちな」

 三年たちは夢前たちと話すと、すぐに体育館から出ていった。

「おい、今のがいじめやっとった瀬戸先輩たちやからな。顔合わさんようにせぇよ」

「見かけたらすぐ逃ぇよ」

 瀬戸たちを見送ってから、二人が説明と注意をしてきた。またさっきのようなことがあるというのか…。

「うん。あの…いじめがあったって、本当なの?」

「はぁ?」

「ったく。お前もいっぺん一発殴ったろか?」

 夢前兄弟がバカバカしいとばかりに言う。どうやらいじめがあったのは真実らしい。皆、一度は殴られたことがあるのだろうか…。

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