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転校先は子午線だった  作者: kaithi
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転校生(2)(睦月)

朝練後の片付けを終えて教室につくと、すぐに朝の読書が始まった。朝の読書は星の王子さまだった。まだ第一の星のエピソードに入ったところだ。昔、小学校の読書会でもやった記憶があるが、よく覚えていない。ただ、きつねのエピソードで、仲良くなるには少しずつ近づくことが大事だ、みたいなことを言っていた覚えがある。俺もバスケ部と仲良くなる——入部できるよう、焦らず、地道に頑張ろうと思った。

 休み時間になると隣の田辺が聞いてきた。

「お前昨日、バスケ部どうやった?」

「当分、仮入部だって…」

 昨日のことを思い出すだけで、自然と目線が下がってしまう。

「仮入部かぁ。やっぱ簡単には入られへんかったみたいやな」

そこに長身で中肉のクラスメートが会話に入って来た。机には座らず、俺と田辺の中間あたりに立つ。見上げた俺に自己紹介してくれた。

「俺、門村かどむらいうねん。よろしくな。田辺と同じサッカー部や」

「バスケ部って何か問題でもあるの?」

 バスケ部に詳しそうだったので尋ねてみる。

「バスケ部言うたら、いじめが横行しとるんで有名な部やねんで」

「え、うそっ」

 確かに今の待遇は悪いが、これもいじめと言うのだろうか。門村が続ける。

「俺が聞いた話やと、便所で蹴られたとか体育館裏で殴られたとか、色々あるで」

「ええっ!」

 門村の発言に俺は驚いた。いじめというか、完全な暴力事件ではないか。田辺があとを引き継ぐ。

「そうやねん。やから心配でな。ついこの間三年が引退して部長も変わっとるから、今どうなっとるかわからへんけど。

新しい部長は生真面目らしいんやけど、前の部長も真面目やったいうし」

「当分仮入部って、それ、もしかしたら、入ってくんなってこととちゃうんか?」

 内心疑っていたことを門村にはっきり言葉にされ、困惑は疑心に変わった。

「そ、そうなのかな…」

 とても殴る蹴るがあるような雰囲気はなく、むしろ自分以外は皆、仲が良さそうな印象だった。しかし、だからこそ邪魔者はいらないと言うことも考えられる。

 悩んでいるところに田辺が言った。

「他の部に入った方がええと思うで」

 確かにそれが賢い選択なのだろう。しかしそれは受け入れられない。

「…俺、転校が多いんだけど、だから部活はバスケって決めてるんだ」

親の仕事の都合で、物心つく前から3年から5年のスパンで何度も引っ越ししてきた。それでも小学校のクラブの時からずっとバスケットボールをし続けている。他のスポーツをやりたいと思ったことはなかった。

 東京の中学校は田舎で生徒数は少なかったが、部活の数も少なく、それなりに部員もいたので、まだ一年生だった睦月は他校との練習試合にも出してもらったことはなかった。しかし左右田中のバスケ部は部員数も少ない様子だったので、一年のうちに練習試合ぐらいなら出られるかもと、ちょっと期待していたのだが。少なかったのには理由があったということか。

 それでも部活を変える気にはならなかった。

田辺たちに頑張ってみると話すと、顧問の先生に訊いてみたらどうかと言われ、昼休みに二人一緒に職員室に付き合ってくれた。顧問の国語教諭の遠矢浜とおやはま先生は不在だったので呼び出してもらった。

 しばらくしてから現れた遠矢浜先生は、一瞬、細身に見えたが長身だからで、よく見ると普通の体格だった。猫背気味でたれた目をこすっている。どこかで寝ていたのだろうか。長い前髪を、整髪剤で全部後ろにあげている。

 そういえばこの先生を見たのは初めてだ。顧問ならば部活に参加しなければいけないはずだが。

「なんか用か? 漢字スタンプは呼び出し不可やぞ」

 漢字スタンプとはこの学校独自の制度で、国語教諭から出された漢字の問題に答えられたら、5マスあるカードにスタンプが押してもらえ、集めた分、夏休みの宿題が少なくなるというものらしかった。夏休みの宿題は漢字の書き取りらしい。俺も昨日担任からカードをもらったが、夏休みは終わったところだし、特にスタンプを貯めようという気にはならなかった。

「そうやなくて、バスケ部のことです」

熱血漢なのか、田辺が一通り説明してくれた。

「仮入部のことなら聞いとる。楠本くすもとがそう決めたんならそうなんやろ。来週末に新人戦があるから、それが終ったら入部できるんと違ゃうか?」

遠矢浜先生からは、生徒任せな言葉が返ってきただけだった。そもそも顧問がしっかりしていたら、いじめなど発生しない気もする。

 楠本とは部長の名前だった。結局、先生から聞いた楠本部長と阿恵副部長、久喜と白畑以外、部員の名前はわからないままで、仮入部期間は部員の誰からも名前も呼んでもらえず、ボールの出し入れや床掃除を一人で行った。それでも、部員たちの会話や目にした資料から、部員の名前がわかるようになってきた。

 ただ、それだけでなく、部員たちからの嫌がらせもあった。


体育館での部活中、ベンチの上に置いてあった、お茶の入っていたやかんにボールが当たって落ちたことがある。俺はやかんは白畑の指示通り体育館の隅においていた。誰かがベンチの上に移動させたのだ。

基礎トレーニングを体育館の外でしていた俺は、一年の双子の兄弟に呼ばれた。兄の吉之助きちのすけ、弟の祥之助しょうのすけ夢前ゆめさき兄弟だ。

「おい、仮入部。やかんが落ちたから、後始末せえよ」

二人してにやにや笑って言う。その態度に、睦月はわざとボールを当てたのではないかと疑った。

中に入ってみると、半分以上入っていたらしいお茶は、床に盛大にまき散らされていた。

夢前兄弟は双子で、どちらも睦月と同じぐらいの身長と体格で釣り目だった。髪を左側で分けていたが、二人ともがそうなので、双子を見分けるのには使えない。どちらかが右分けだったらわかりやすいのだが。

この二人は元気があり余っているようで、よく嫌がらせもして来る。わざと俺にボールを当てたりモップを倒したりしてくるのだ。

白畑はこれといった嫌がらせもしてこないし、むしろいつも手伝いたそうな心配げな顔を向けてくる。

一番背が高く、170㎝を超えているであろう体格のがっしりしたカリアゲが永良健二ながらけんじ。あまりバスケに対して熱意は感じさせなかったが、体格と運動神経がよいせいかバスケは上手かった。

1年たちを担当しているらしい副部長の阿恵先輩が名前で呼ぶので、一年は皆名前で呼び合っているようだったが、なぜか永良だけが阿恵先輩や1年からも名前ではなく「ナガラ」と苗字で読ばれていた。

そしてクラスメートの久喜久くきひさしだが、こちらは永良とは対照的で、バスケ以外はどうでもよいようだった。休み時間も授業中もいつも寝ていると思ってはいたが、エネルギーの大半をバスケに費やしているようだ。それだけあって、1年では断トツに上手かった。

久喜と永良は仮入部者のことに興味がないらしく、皆で音頭をとって嫌がらせをするとき以外は全く関わってこなかった。

「フナ…仮入部、雑巾で床拭いて茶ぁ入れ替えてこい。夢前、邪魔すんなよ」

 部長の楠本先輩からも指示が出る。楠本部長も人はいいらしく、この名前も呼ばない仮入部期間を持て余し気味だ。部長の言うことは絶対なのか、自分たちでもやりすぎたと思ったのか、夢前達は大人しくベンチを離れてシュート練習を始めた。やかんを片手に雑巾を取りに倉庫へ向かう。

遠矢浜先生も週末に新人戦があると言っていたし、楠本部長は新人戦に向けてのメンバー調整で、仮入部員のことどころではないようだった。たまにやりすぎなのを注意はするが、自分から嫌がらせをしてくることはなかった。

(試合があるから、迷惑がられてるのかな…?)

俺と体格が似ている、口の悪い黒髪の上級生は芽室めむろ先輩と言って、楠本部長と幼馴染のようだが、こちらは楽しげに積極的に嫌がらせをしてくる。それでも本気で退部させようという感じはしなかった。冗談半分でからかっている様子だ。

 初日から、

「おい仮入部。冷水でタオル濡らしてこいや」

 と、芽室先輩発案で1年2年全員からタオルを投げられ、それから毎日冷水でタオル冷やす羽目になった。いくら残暑が厳しかったとは言え、今はもう涼しい。9枚分を冷水で濡らして絞るのは手が凍えて大変だった。

 グラウンドのゴールポストを移動させる時も、必ずゴールポストの上に乗ってきて邪魔をしてくれるし、呼び方も一番キツく、いつも「おい仮入部」だ。

 イケメンの阿恵先輩はとても人がよく、「仮入部」と言えずに「ふなが…」あたりまで間違えてくる。そして最後に必ず、頑張ってなと、一言言ってくれた。

 最後の一人が武蔵むさし先輩で、とても小柄で、おそらく140㎝半ばぐらいしかない、バスケ部に入ったこと自体が謎な人だ。この人は交流するつもりがないのか、未だに一言も口を聞いたことがなかった。人に肌を見せるのが嫌なのか暑さ対策なのか、体操着の下にいつも土建屋の人が着るような黒の長袖インナーを身に着けていた。手首には日替わりでリストバンドを付けている。

 人が少ないからか、毎日一人は緑の体操着の3年生がやってきて練習に付き合ってくれているのだが、どうやら3人でローテーションを組んでいるらしく、この三人はいじめとは関係ない様子だった。

それにしても、名前も呼ばない、嫌がらせをする、というのは正当な扱いとは言えなかったが、誰も殴ったり蹴ったりはしてこなかった。当たり前だが。一体この間までのバスケ部とはどんな雰囲気だったのだろうか。

 久喜に聞いたところによると、3年生は8人いたらしいが、この間引退したそうだ。今は1年が仮入部の俺を除いて5人、2年が4人なので、ほぼ半数が引退したことになる。詳しいことを知りたかったが、久喜は練習に来てくれる3人の名前を教えてくれただけで、あとは面倒くさいとばかりに寝てしまった。


「船上睦月くん?」

 今日も冷水器の水で濡らした全員分の冷たいタオルを絞っているところに、フルネームで呼ばれて顔をあげると、見覚えのあるメガネの男子生徒がいた。神崎こうさき先輩だ。

片方だけに蛇口があるコンクリート製の流し台で、蛇口のない方から話しかけてきたので、真正面から向かいあう形になる。左目の横にほくろがあるのが印象的だった。

二年はよく五人でいるが、その時に一人学生服でいるのがこの神崎先輩だ。この中学にはマネージャーと言う制度がないらしく、入部もしていない様子の神崎先輩はただの見学者にあたるのだろうが、部内で試合形式の練習をする時には得点付けをしたりしていた。

いつもスケッチブックを持ち歩いていて、安全地帯で運動部の絵を描いている時も多いし、本来は美術部員なのだろう。バスケ部は3年が引退して9人しかいないので、手助けをしているようだった。

「何しとぉん?」

「タオル絞ってます」

 見たらわかることをわざわざ笑顔で聞いてくるあたり、ちょっと意地が悪い。流し台の上に左手で頬杖をついて言ってくる。ぬるくなっているとやり直しを命じられるので、素早く処理をしなければいけない。呑気に話をしている場合ではないのだが。再びタオルを絞る作業に戻る。

「苦心惨憺しとおなぁ。他の部に入ろうって気ぃにはならんの?」

「今までもずっとバスケ部なんで」

「へえ、そうなんや。自縄自縛か思ぉとったけど、金科玉条やねんな」

感心した調子で知らない四文字熟語を言う。つい目を上げた。スケッチブックの上に置かれた神崎先輩の右腕が視界に入る。

その手首には、中学生にしては珍しい数珠がつけられていた。靄がかかったような水晶の丸い玉たちの中に、5つだけ、等間隔に配置された小さなオレンジの勾玉がついていた。俺は思わずその石を仰視してしまった。

視線に気づいたのか、神崎先輩は手を持ち上げて数珠を俺に見せた。

「琥珀と雪水晶やで。勾玉ってのが珍しいやろ」

 にこりと笑って数珠を触る。

「はぁ…でも、俺も持ってます。勾玉」

 どうしようか考えたが、俺はすこし意地の悪そうな、でも人懐こい先輩に勾玉のことを話すことにした。神崎先輩が驚いた顔をする。

「ほんまに? 珍しいな。どこにつけとおん?」

「キーホルダーです」

 それは考古学好きな父が、家族みんなで考古学博物館でやっていたイベントで作ったものだった。母だけが作らなかった。なので船上家の男性3名がお揃いで持っている。

「何の石なん?」

「翡翠だそうです」

「本翡翠?」

「え、あ…——多分」

「へぇ、本格的やなぁ。今度見せてぇよ」

 俺は神崎先輩の言葉に内心驚いていた。

考古学好きの父から、昔から日本で勾玉といえば、翡翠で作られたものだと聞いていたからだ。そして母からは、染色で翡翠に似せて作られた石もあり、その石と区別する意味で本翡翠と呼ばれることもあると。

因みに、宝石と言われるレベルの綺麗な発色のものは非常に高価だが、睦月が持っているのは本翡翠とはいえ、家族向けのイベント用なので、色も濃く濁りが入っているのでそれほど価値はないと母から言われた。だから母は作らなかったのだが。

中学生でそんなことを知っている人間が——それも男子でいるとは思わなかった。実は石マニアなのだろうか…。

「……入部できたら」

 ちょっとした仕返しで、俺は絞ったタオルに目を落としながら言った。

「ははは、ええで。僕はもともと正式入部できる方に賭けとうしな。じゃあ頑張ってぇな~」

 人で遊ぶのが趣味らしき博識の先輩は、態度のあまりよくない後輩を怒るでもなく、楽しそうに笑って、そのままどこかに行ってしまった。

「睦月かぁ——「むっちゃん」かな? でもむろちゃんと紛らわしいしなぁ」

 何やら俺のあだ名を考えてる様子である。神崎先輩や芽室先輩は一年生をあだ名で呼んでいた。

しかし、一体誰と何を賭けているのだろうか。

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