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転校先は子午線だった  作者: kaithi
13/13

打ちあげ(永良)

文化祭翌日の月曜は振替休日で休みだったが、部活は日曜日と同じ予定ですることになった。午後にグラウンドで練習の予定だったが、雨が降っていたので校舎内で基礎トレーニングをすることになった。

学校が違うコーチの町原はもちろん、武蔵先輩も神崎先輩も用事があるそうでいなかった。

休めば良かった。

雨が降っていた時点で可能性はあった。武蔵先輩は用事がなくても雨の日は不調で休むことが多い。しかし休むと二年全員から睨まれる。別に部長に怒られるのは構わなかったが、神崎先輩への印象をこれ以上悪くするのは絶対に得策ではない。

しかたがないので俺は重い足を引きずって校舎へ向かった。

新入りの睦月も俺と同じく悄然としている。こいつは俺と違ってバスケができないのが無念なだけだろう。武蔵先輩がいなければ俺にとってはどちらも同じことだ。

無心で時間が流れるのを待ったが、途中から元気を取り戻した睦月が、一年で誰が一番単距離ダッシュが早いか競おうなどと言ってきた。そんな無駄に労力を使うことをよく思いつく。

適当に走ったらビリだった。まあ妥当だろう。

一番は久で、二番は以外にも満だった。バスケはあまりうまくないが、足は速かったんだな。言いだしっぺの睦月は3番だ。夢前達も睦月と僅差だった。

「武蔵先輩がいなくてもちゃんと来るんだね」

 やる気なく反復横跳びをしていると、睦月の感心した声が聞えて来た。俺のことだろう。別に好きで来てる訳じゃない。それを俺の代わりに吉之助が説明する。

「最初は休んどったで。でも赤井部長に、理由もなく休むやつはいらんから辞めろって言われてから休まんくなったな」

「部長が変わっても休まずに来てるんだ」

「その点は楠本部長の方が厳しいからな。神崎先輩からも怒られとったし」

「あいつ、茶華道部にも入ろうとしたんやけど、神崎先輩が顧問の教頭にストーカー行為暴露して、入部どころか茶華道室に近づくのも禁止されとるねんで」

 夢前、聞こえてるぞ。事実だから反論したりはしないがな。

 俺が武蔵先輩が女ではないかと言うと、皆否定してくるが、俺からすればあの顔立ちや体型で普通に男子と思える方がどうかしている。声だって体格に似合わず低いが、声質は女子のものだ。

 それにプールにも湯舟にも入らない。普段から素肌を見せないなんて明らかにおかしいだろう。

 赤井前部長は俺の言葉を信じ、トイレの個室まで除いたらしいが分からなかったそうだ。流石に俺はそこまでのことはしていない。本人からの印象を悪くする行為はしないように心がけている。なかなか信じてもらえないが。


 退屈な時間は楽しいこと考えるに限る。

 昨日食べたシュークリームは美味しかった…。カボチャクリームに生クリームを挟んだダブルシューだ。武蔵先輩が作ってくれた。本当にあの人は何もやらせても一流だ。

 シュークリームは祖母が頼んだもので、うちにあった妙な鍋とのトレードだった。

 妙な鍋というのは、寄せ鍋などに使う直径30㎝ほどの鉄鍋で、材料を入れてレシピメモの上に乗せて一晩おけば、勝手に料理ができると言う摩訶不思議な便利グッズだ。

 しかし、昔古物商をしていた先祖が集めたと言う奇妙なグッズは、どれも半端で使い道がない。祖母の調べによると、その鍋の成功率も2割を切っているらしい。

 多少体調が良くなるものが出来上がるらしいが、カレーは普通のルーを入れたのに激辛になっていたそうだし、そもそも火を通すものは大体半生だったそうなので、祖母は使うのを諦めて蔵に仕舞われていた。

 神崎先輩が好奇心旺盛なので、興味を持ってもらおうと蔵を探し回って見つけ出したものだった。本当は蔵への立ち入りは禁止されているので、こっそり持ち出したのがバレたときは祖父母から怒られた。怒られるのには慣れている。

 ただ埃を被らせておくよりはよほど有益だと思うのだが。

 この鍋は武蔵先輩に効果があったようで、昔からあった頭痛が解消されたらしい。

 頭痛持ちだとはこの時初めて知った。普段から無表情だから気づかなかった。それとも演技まで一流ということか。——あり得る。

 とにかく祖母が頼んでくれてシュークリームは美味かった…。

 どうしたらもう一度手作り菓子を食べられるだろうか。とりあえず蔵の探索は続けよう。

 考えている間に部活が終った。練習はなるべくきちんとするようにはしている。もし武蔵先輩がデートの代わりに試合での活躍を頼んで来た時のためにだ。もし頼まれたら大和中学との試合だって120%以上の力を出して勝ってみせる自信はあった。


 打ち上げ予定の11月3日は休日なので、予約してカラオケをすることになったが、休日価格のせいで予算が足りないとバレー部副部長の本家先輩が嘆いていた。人数割すれば一人百円程度なので、とりあえず楠本部長が足りない分を支払っていた。

「あの時肉の買い間違えがなかったら足りとったのに、ごめんなぁ」

「いやぁ、あの賄いはヒットやったからええって」

 本家先輩のセリフに笑顔で返す楠本部長。確かにあの賄いは美味しかった。流石武蔵先輩である。数百円どころか間違いなく千円以上の価値があったと思った。あれを商品にしたほうが利益があがったのではないだろか? それとも原価率とやらで、利益にはつながらないのだろうか? 他の2年が手伝っていたとはいえ、武蔵先輩の手作りなことに変わりはない。俺はとても満足だった。

「なんで武蔵が永良とセットやねん。一メートル以内接近禁止やろうがっ」

 人数が多いので3班に分かれることになっていたが、その組み合わせに芽室先輩が批判の声を上げた。この人はあからさまに俺と武蔵先輩が接触するのを嫌い、邪魔までしてくる。迷惑千万な人だ。

その批判には神崎先輩が答えた。当日の肉まん作成にも打ち上げにも、神崎先輩は普通に参加している。本当に半分バスケ部員である。

俺は打ち上げがカラオケだと知ってすぐ、心血を注いで神崎先輩と交渉した。将を射んとするにはまず馬を射よ、だ。

「普段交流禁止しとうし、お祝いの時ぐらい珍しい組み合わせもええかと思って特別に許可したってん。ムロちゃんは、嫌なら阿恵とやで」

神崎先輩には多少賄賂を渡して了解してもらった。これまた蔵からこっそり持ちだした、持つ人によって重さが異なるという、ただ妙なだけで便利でもなんでもないものだ。神崎先輩なら有意義な使い道を探し出しそうではあるが。

「帰る」

 芽室先輩がまなじりを上げて言う。

「やんなー」

 神崎先輩は軽く答えた。芽室先輩が嫌がるとわかっていたのだろう。そういう人だ。

 話し合った結果、バスケ部は楠本部長と神崎先輩と満と祥之助、阿恵先輩と久と吉之助、芽室先輩と武蔵先輩と睦月と俺になった。

 予定通りのメンバーに決まり、俺は胸をなでおろした。

「席順は俺が決めるかんな」

 諦めて神崎先輩が組んだとおりのメンバーで参加することにした芽室先輩が宣言する。

バスケ部の席順は、奥から武蔵先輩、芽室先輩、睦月、俺だった。まあ予想はしていた。芽室先輩たちは二年は、いつも俺と武蔵先輩の仲を裂こうとしてくる。

テニス部は佐々、茨木、千歳先輩、米田先輩だ。茨木と佐々は前から芽室先輩とカラオケに行きたがっていた一年の二人だ。芽室先輩は女子が嫌いなのでこんな機会はめったにない。芽室先輩はしかめっ面をしている。いい気味だ。

茨木は文化祭の失敗のこともあるので大人しくしているとかと思ったが、意外とタフらしく、佐々と一緒に浮かれていた。

当然俺も浮かれてる。離されたとはいえ、密室で武蔵先輩と一緒なのだ。できれば隣に座りたかったが、芽室先輩でなくとも他に2年がいるならば無理だろう。

「芽室先輩、この曲歌ってくださいよ」

「知らねぇし」

「この前口ずさんでたやないですか」

「じゃあ入れとけや。歌えたら歌ったるわ」

 芽室先輩は横柄な態度で女子のリクエストに答える。睦月は不思議そうにしていたが、芽室先輩が歌った瞬間に疑問は吹き飛んだようだ。いつも口も態度も悪い先輩を驚愕の顔で見つめている。

 芽室先輩の歌唱力は半端なく、マイクを使わなくても部屋中に響きわたった。しかし、音程やリズムは気まぐれで、歌詞も適当だったりしたので、カラオケの点数はよくはなかった。それでも圧倒的にうまかった。

 対する武蔵先輩はどうかと期待したが、音程もリズムもカラオケのガイドどおりなのだが、棒読みならぬ棒歌いという言葉があるならまさにそれで、全く心のこもらない歌だった。対照的な二人である。それでもその歌声が耳にできただけでも俺は幸せだ。こっそり携帯にも録音しておいた。毎日聞き返そう。

「俺、飲み物とってきます。先輩たちの分もとってきますよ」

 30分ほど経ち、各人の飲み物も減って来たので、ホスト役を申し出た。

「いらん。自分で行く」

「俺も控えておくよ」

 俺の親切を芽室先輩は蹴飛ばし、武蔵先輩は芽室先輩からあまり席を立つなと言われていて水分を控えているのか、丁寧に断った。ついでにと睦月もコップが空だったので、俺と一緒に席を立った。

カラオケの場は完全に芽室先輩の独壇場で、テニス部一年の女子二名ははしゃいでいたし、二年の千歳先輩と米田先輩も終始感心して聞いていたが、はしゃいでいる女子に芽室先輩が苛立っているのは傍目にも分かった。睦月は隣の席にいるのがつらくなってきたのかもしれない。俺なら武蔵先輩の横というだけで何時間でも笑顔でいられるが。


 ジュースを入れに行くと、祥之助がコーヒーの入ったコップを置いて砂糖やミルクを選んでいたので、ポケットに忍ばせていた、パック寿司についている魚型の醤油入れを取り出し、素早くコップへ中身を注ぎ込んだ。

祥之助は気づかず、コーヒーに砂糖とミルクを入れてから立ち去った。

醤油入れの中身は惚れ薬だ。

次のターゲットはとあたりを見わたす。

バスケの時以外はぼんやりしている久がいた。あいつを狙おう。

俺は久の死角になるよう斜め後ろにグラスを持って立ち、ジュースを選ぶふりをしつつ久の動向を覗った。久は最初コーラでも飲んでいたのか、手にしたグラスには黒い液体が僅かに残っている。都合がいいい。

これで少しでも目を離してくれればいいのだが。仕掛けてみるか。

「おい久、あのジュース美味しいらしいぞ」

 久を挟んで俺とは反対側にある、あまり見かけないジュースを左手で指さすと、久はそのボタンに目を向けた。

 今だ。

 俺はスタンバっていた右手をポケットから出して、先ほどと同じように久のグラスに投入する。今度のものは違う処方の惚れ薬だ。長方形のソース入れに入れていた。

するとその手を誰かが掴んだ。

「永良、今何いれたの?!」

 睦月だ。こいつの存在を忘れていた。というかよくわかったな。質問されたので答える。

「惚れ薬だ」

「は?」

 正直に答えると、睦月は口を開けて唖然とした顔を浮かべた。続けて説明する。

「本当は武蔵先輩に飲んで欲しいんやど、俺が入れた飲み物は飲んでくれへんから、他の部員で試しとるねん」

 身内で試せればいいのだが、なぜか永良家の人間には効果がなかったりする。傷薬などは逆に永良家の人間以外には妙な副作用が出たりするのだが。

久は騒いでいる俺達二人を不思議そうに見ていたので、睦月は急いで久からジュースを取り上げた。

「久、このジュース、さっき永良が惚れ薬入れてたからっ」

「え」

 普段無表情な久も顔を歪ませた。俺は実験の邪魔をされたのだから当然抗議する。

「何すんねん!」

「それはこっちのセリフだよ。何、人を実験台にしてるんだよ! まさか、他の誰かに入れたりしてないよな?」

 俺はその質問には答えず、眼を泳がせた。

「誰に入れたんだよ?!」

「…別に、誰にも入れてへん」

 嘘であることを抜いたらしき睦月が睨んでくるが、手遅れだ。口を割るつもりもない。

睦月はこれ以上問い詰める気力が湧かなかったのか、休日で客も多い中、事を大きくするのも不味と思ったのか、それ以上の追及をしなかったが、代わりに睨んできた。

武蔵先輩もこれぐらいの気合で見てくれるといいんだけどなぁ。

俺が本音しか言えない薬をお茶に入れた時は、効果てきめんだった。おかげで当番の担当から外れてしまったが、みんな普通にやかんのお茶を飲んでいる。あんな誰が飲むか分からないものに入れても、効果の検証が難しいのでやめた。当番から外れてもいくらでも薬を入れる機会はあったが、、他の部員も諦めたのか、普通にやかんのお茶を飲んでいる。

 このレクリエーションの場こそ利用するいい機会だったのだが。

とりあえず一人には投入できたのでよしとするか。


カラオケが終ったあと、夢前兄弟と満が睦月に話しかけていた。

「芽室先輩の歌すごかったやろ」

「歌唱力って、一種の暴力だなって思ったよ…」

「だよね。連合音楽会にもスカウトされとったらしいで」

 満が言う。先月末に市内連合音楽会というのがあり、地域の各中学校の代表で合唱コンクールを行ったらしい。

「でも、めんどうだから出ない?」

「そう。まあ合唱向きの巧さでもないけどな」

 吉之助が笑いながら言った。芽室先輩の口癖はめんどうくさいで、大体その言葉どおり面倒なことはしなかった。しかし、好奇心旺盛で面倒事にも積極的に首を突っ込みたがる神崎先輩とは馬が合うのだから、相性とは不思議なものである。

「船上、ちょっと来い」

 新入りを呼んだのは楠本部長だ。人気のないところに二人で行ってしまう。

 しばらくすると戻ってきたが、睦月は心配げな顔をしていたので、何かろくでもないことでも言われたのだろう。

 楠本部長はいい意味でも悪い意味でも、細かいところにまで口を出してくる。

 とりあえず俺は、祥之助と同じ部屋だったメンバーの確認をした。女子では本家副部長と福原先輩、一年では千歳と浜鶴だ。男子は楠本部長と神崎先輩と満。男女関係なく効果があるのかも確認が必要だ。

 できれば久にも入れたかったが、観察対象が一人にしぼれたと思って諦めよう。

明日からは祥之助の動向に気をつけよう。楽しみだ。


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