文化祭(2)(睦月)
さて、あっという間にお昼の賄いの時間、12時である。
ハロウィン喫茶をしている調理室の一角を貸してもらって、最後の調理をした。
ハロウィンの仮装は、カボチャ人間やドラキュラ、ミイラ男などなかなに凝っていたが、動きにくそうではあった。
間違って買ってきた合いびき肉で賄いを作ったのは結局、2年の男子だった。武蔵先輩だけでなく、芽室先輩や神崎先輩もハンバーグぐらいなら作れたからだ。
阿恵先輩もあんこを計り終えていたので、不器用ながらも果敢に賄い作りに参加していたが、ミートボール担当で、たねを混ぜるのにもボールからこぼすし、丸めた団子も大きさはバラバラだった。同じく普段は料理をしないという楠本部長もミートボールを作っていたが、こちらはちゃんとしたできだった。
ハンバーグ担当の三名は、サンドイッチにするからと、器用にもパンにあったサイズの四角に成形していた。サンドイッチは一人分が食パン半分の大きさなので、食パンもハンバーグも半分に切ってあった。
最後の仕上げは各自で、食パンにレタスとハンバーグを挟んでサンドイッチにし、こぼれないようビニール袋に入れた。美都さんが音頭を取って女子が作りあげた、青梗菜と米麺でミートボール麺を使い捨ての器に入れ、人通りの少ない一階上の渡り廊下で食べることにした。
当番を終え、先に来ていた夢前の隣に座る。今の時間は吉之助が当番のはずなので、祥之助とういうことになる。
「隣いい?」
「おお、ええで。どこ回っとったん?」
「二年八組と美術部」
「神崎先輩のとこか。あの人絵ぇうまいよな。頭もええし博学多才やんな」
「うん。いっつもスケッチブック持ってるだけのことはあるね」
「祥之助は?」
「一応一年の展示ざっと見たぐらいやな。久の展示ひどいな。テーマ空やのに、海に魚が泳いどんかと思ったで。タイトルなかったらわからんかったわ」
久の班のテーマは空で、久の作品名は「いわし雲」だ。いくらそう言う名前が付いた雲とは言え、そのままイワシの形にする奴があるか。と、俺も思った。
「お前のは手が込んどったな」
「そうかな?」
俺のテーマは魚の棚だったので、アーケードの景色を写真に撮って、なるべく似るように切り貼りした。手は込んでいるかもしれないが、我ながらひねりはない。
話を終え、こぼれないようビニール袋に入れていたサンドイッチにかじりつこうとすると、
「え? あれ?」
隣の祥之助が声をあげた。何事かと目を向けたが、空の手を前に困惑している。どうしたのかと聞こうとしたところに、吉之助の声が聞えた。
「おい、祥」
その声のした方を見上げる。だが誰もいなかった。
「…え?」
祥之助と二人で辺りを見わたしたが、どこにも吉之助の姿はなかった。聞き間違いかと思いながら、足元においていたミートボール麺に目を向けると、どこかに消え去っていた。
「ええ? なんで?」
「驚いたかぁ!」
嬉し気な声に目を向けると、吉之助だった。黒のレースで縁取りされた、膝ほどまである白いマント姿で、フード部分を脱いでいる。手にはハンバーグサンドとミートボール麺を持っていた。
「吉?! 何やねんその恰好」
「吉之助? いつ来たの?」
俺も祥之助も突然現れた仲間に驚いていた。祥之助とは反対側に座っていた久は、やりとりに気づいていなかったのか不思議そうにこちらを見ている。
「これ、姿が見えんなるマントやねん」
そう言ってフード部分をかぶると、たちまち姿が見えなくなった。
「うわっ、マジ?!」
またフードを脱いで吉之助が姿を現す。ミートボール麵を俺に渡すと、ハンバーグサンドを弟に返しながらその隣に座った。祥之助が言う。
「なんやねんそれ。もしかして永良か?!」
「そうや。なんや知らんけど、これ来て生徒会室行けいうからよ」
生徒会は仮装していくとただでお菓子がもらえるのだ。おかげで校内には100均で買ったらしきドラキュラやお化けのポンチョ、妙なカチューシャをつけた人間がうろつき回っている。
夢前兄弟は甘いものが好きだったが、準備をしてこなかったので、吉之助は嫌いな永良のフードを苦渋の決断で受け入れたのだろう。
「それらしく見せるために絶対フードは脱ぐな言うから嫌な予感はしとったんやけど、途中でやたらと人にぶつかられるわ、何買おうとしても無視されるわで、生徒会室でもなかなか気づかれへんし。もしかしてと思てフード脱いだら、ようやく認識されたわ」
「マジもんやん…」
祥之助がつぶやく。
「あいつんちほんまろくでもないもんしかないわ。中には見えるやつもおるみたいやけどな。神崎先輩には見えとるみたいやったわ。声かけられた」
神崎先輩たち二年は渡り廊下の斜め向かいで賄いを食べていた。
「今当番じゃなかったっけ?」
「満に代わってもろた。俺も自分のもろてくる」
吉之助はフードを脱いだまま立ち上がり、校舎の方へ去って行った。
「え、すごくない…? テレビとか出られるんじゃないの? 下手したら犯罪にも…」
俺は呆然としながら言った。目の前で超常現象が起きたのだから当然だ。だが男子バスケ部にとっては日常らしい。祥之助は平然と言い放つ。
「あかんねん。あいつの持ってくる変なもんは、大体欠点があんねん。今のも見える人間には見える言うとったやろ。たぶん写真とか防犯カメラにも映るんちゃうか?」
「そう、なんだ…」
確かにそれでは犯罪には使えない。人の認知機能に作用しているのだろうか?
「久、今吉之助が消えるの見た?」
久に尋ねると、その質問に久は珍しくひどく訝し気な表情を浮かべ、「いや」と答えた。
どうやら久にも効果はなかったようだ。
同じく効果のなかった体操着の神崎先輩は、ミートボール麵を食べる和装の武蔵先輩の横に座って、やはりバスケ部でもないのにサンドイッチを食べていた。しかし作った本人だし、どうやら経費も払っているようなのでいいのだろう。
武蔵先輩の反対隣にはドラキュラ姿の阿恵先輩が座って、幸せそうにこちらもサンドイッチを食べている。
サンドイッチを食べる二人に武蔵がサンドイッチされる形になっているが、とてもしっくりくる並びだ。阿恵先輩も神崎先輩も武蔵先輩を大事にしているが、ケンカにならないのは武蔵先輩の矢印がいつでも神崎先輩の方を向いているからだろう。勝負にならないのだ。
その三人組を見て今朝のことを思いだした。阿恵先輩は結局、自分の展示品が盗まれかけたことを知らないままなのだろうか…。
「どないしてん。二年凝視して。なんか話でもあるんか」
「ううん。別に」
今朝の話は他言無用だ。
「ただ、二年はみんな仲いいなと思って」
「せやな。でも一年の時なんかあったらしいで。室先輩なんか、昔は武蔵先輩のこと苦手やったらしいわ」
「へぇ、そんな感じ全然しないのにね」
基本、口も態度もキツイ芽室先輩だが、神崎先輩とはいつも掛け合い漫才みたいなやりとりをしているし、武蔵先輩に対しても柔和なイメージがあった。
「人に歴史ありってやつやな」
そう祥之助が締めくくった。
昼食が終ったので、まずは、何はともあれ久と祥之助とで中庭での野点に向かう。あと5分ほど時間があった。テントの上には300円の貼り紙。なかなかのお値段だ。
武蔵先輩はもう配置についていて、先ほど見た通りの和装で、膝の高さぐらいの4畳程度の台の上に野点で連想さえる例の赤色の薄い絨毯(緋毛氈というのだと後で神崎先輩に聞いた)をひき、その上に正座して座っていた。着慣れた感じで良く似合っている。
もう一人の三年生の先輩も着物姿だが、こちらは借り物感がぬぐえない。
武蔵先輩はサイズのあう学ランがないのか、いつもの制服姿はカーディガンだったが、和装ではちゃんとしたサイズのものを持っているらしく、群青色の男性ものを着ていた。いつも手首に着けているリストバンドも、濃紺で色を合わせている。3年の先輩の着物は灰褐色だ。他にピンクと黄色の和装の女子が2名いた。
窯は置けないので、代わりに電気ポットが置いてあった。
それぞれ二人一組で、基本的には一組が二人接客をするらしいが、進行管理と人員整理をしている女子は時間がくると俺達の番号を呼び、「3名ですね」と確認してくれた。阿恵先輩からちゃんと話が通っているようだ。女子ではなく武蔵先輩と三年の先輩が接客に当たってくれた。武蔵先輩が淡々と指示する。
「祥之助と船上はこっちに来てくれ。久喜は、沢野先輩お願いします」
「ああ」
「狭いけど我慢してくれ。悪いな」
「いえ、こちらこそ無理言ってすみません」
野点はかなりくだけたもので、客は正座で座布団に座るのではなく、机の端に置かれた座布団にただ腰掛けるだけで良かった。座布団は当然二つしかないので、無理やり押し込んでもらった祥之助が素で座った。
先輩たちがお茶を点てる間に、裏方の女子が小振りの紙皿にのせた和菓子を配ってくれる。かぼちゃの形をした和菓子だった。ハロウィンに因んでいるのだろう。
「先に食べててもいいわよ」
裏方の女子が言う。
しかし菓子を持ち上げたところでもうお茶が出て来た。茶碗をさし出しながら武蔵先輩が言う。
「作法は気にするな。好きに飲めばいいから」
目の前で点てられたばかりの抹茶を飲みながら、和菓子を食べて、のんびりした空気を味わった。茶道ではどういう状態がよいお茶なのかは知らなかったが、少なくとも武蔵先輩が点ててくれたお茶の口当たりはまろやかで、想像していた苦みもほとんどなく美味しかった。
お菓子を先に食べていた祥之助にもほどなくお茶がふるまわれる。
お茶を飲んで、和菓子を食べる。和菓子はカボチャではなく餡で作られていた。練りきりというやつだろう。中は練り餡になっていて、粒状の栗が入っていた。
美味しい。
お茶と和菓子を交互に食べていると、「時間です。退去願います。お菓子は持って行ってええですから」との声がかかった。時計をみると13時21分。まだ五分ちょいしか経っていない。
祥之助と慌てて残っていた抹茶を飲み干す。菓子はもう食べ終わっていた。
すぐに裏方の女子が茶碗やら菓子皿を回収し始める。
「お菓子美味しかったね」と祥之助の方を見ると、祥之助は紙皿にのったカボチャの和菓子をちびちびと食べていた。一口食べるごとに幸せそうな顔を浮かべる。
いや、確かに美味しかったけども。
次の番で酒井出部長と美都さんが立っていた。茶華道部に知り合いでもいるのだろうか。武蔵先輩も知り合いと言えば知り合いだが。
「そっちの抹茶どうだった?」
久にお茶の感想を聞いてみると、
「ちょっとだまがあった」
との回答。時間は十分あったにもかかわらず腕は十分でないようだ。いや、阿恵先輩の言によるなら武蔵先輩が特別に優れていると言うことか。
お茶よりも和菓子が目当てだったらしき祥之助は、その点は全く気にしていないようで、今も残りわずかになった菓子を大事そうに食べていた。
舞台を見に行くと言う祥之助と別れ、お腹はいっぱいだったので、昇降口近くの陸上部の投げ縄で遊んでから、当番だと言う久について自分たちの店の様子を見に行った。
テントに張られた商品と値段の表示がどちらも「肉まん100円」になっていた。
本家先輩が、「絶対にあんまんより肉まんの方が売れる!」というので、肉まん7割、あんまん3割の割合で作っていたのだ。どうやらもうあんまんは売り切れたらしい。
「満、売り上げどう?」
「もう売り切れそうやで」
「え? まだ1時間半しか経ってないよね」
「開店早々すごい人が来たんやって。阿恵先輩がおらんくて残念がってた女子もおったらしいけど」
そうこう話をしていると、和装にたすき掛けをした武蔵先輩が現れた。
「順調みたいだな」
さっきまで黙って座っていた永良が突然立ち上がってお辞儀をする。
「お疲れ様です。茶華道部の方は順調ですか?」
「ああ、おかげ様でな。ここに並んでるので最後か?」
「はい」
二人の会話に保温ケースを見ると、もう半分ほどしかない。女子の方も同じだ。
「じゃあ久喜、最後の店番するか」
久は頷いて満と代わった、永良が後ろ髪引かれるような顔で武蔵先輩と席を代わる。
武蔵先輩と久、無表情同士で大丈夫かと思ったが、すぐにお客が来た。体操服からして2年の男子生徒だ。
「武蔵、2個頼むわ」
武蔵先輩と知り合いのようだ。保温ケースの前にいた久が素早く動いて、手提げのビニール袋に入れた肉まんを二つ武蔵先輩に渡した。
「200円です」
「はいよ」
とチケットを四枚渡す。武蔵は数を数えてから、
「ありがとうございました」
と笑顔で言って肉まんを手渡した。
心配していたが、案外いいコンビネーションではないか。
「もう終わりそうやな。茶華道部の方はまだやっとるんやろう」
肉まんを受け取りながら2年男子が言う。
「ああ。あっちは15時までだから。整理券持ってるのか?」
「いや、今年も3年に負けた。来年は俺に招待券くれや」
「来年ならいけるんじゃないか? 三年なんだし」
二人が世間話をしていると、男子の後ろから声がかかった。
「ちょっと、待ってるんだけど」
3年らしき女子二人組が剣呑に言う。魔女の姿と黒服に猫の耳と鈴をつけたコンビだった。
2年男子はじゃあなと言って立ち去っていった。
「あんまんは売り切れですか?」
その質問にはあんまんを売っていた女子側、本家副部長が答えた。
「そうなんです。すみません。甘いものなら家庭科部が調理室で喫茶をやってて、菓子の販売だけもしてるそうですよ」
「そこから来てん。ついでに生徒会室にも寄ったし」
武蔵先輩の説明に、魔女が答えた。手に持ったかごにはクッキーが入っているらしき袋が見える。
「しゃーないから肉まんでもええか」
「ええんちゃう。甘いもんばっかもなんやし」
魔女の言葉に黒猫が賛同する。続いて魔女が太っ腹な台詞を口にした。
「じゃあ肉まん12個お願い」
これまた久が素早く準備する。
「先輩、二個足りません」
久の訴えに武蔵先輩が隣の本家先輩に声をかけた。バレー部の担当は副部長の本家と一年の太田だ。
「足りないから2個くれないか」
「ええで~」
女子の方で肉まんを二個準備してくれる。その間に久が準備した肉まんとを合わせ、武蔵先輩が金券を確認し手渡す。
「今年のって手作りやってほんま?」
と黒猫が聞いた。
「本当ですよ」
「美味しいん?」
「苦情が来ない程度には」
「ふ~ん」
魔女たちはかごに肉まんをしまいながら帰って行った。
「こっちは終わりだな」
武蔵先輩は席を立ち、再び本家先輩に話しかける。
「そっちはどれぐらい残ってる?」
本家先輩は自分たちの方の保温ケースをふり返って答えた。
「半ケースぐらい」
「じゃあもうこっちは撤収してもいいか?」
「ええで」
「ありがとう。じゃあ久、前のはり紙とって来てくれ」
「俺取ります」
ただ眺めていただけだった俺は、少しでも手伝おうと手と背を伸ばして「肉まん100円」の張り紙を剥がした。
「撤収作業、俺も手伝います」
「いいのか?」
「当番なくなるんで。片づけ位は」
「ありがとう」
武蔵先輩はにこりと笑った。確かに永良が可愛い可愛いと言う訳もわかる。しかしここに永良がいなくてよかった。アイツが居たら無駄に混乱しそうだ。
温める前の肉まんの入っていた保管ケースは、すでに調理室に戻したからかなかった。
あとは机と椅子、保温ケースを片付けるだけだ。
一番重い保温ケースを久と二人で慎重に奥にしまう。武蔵先輩は保温ケースの置いてあった机畳むと、椅子を一脚残して一脚をたたんでその机に乗せた。残った一脚の椅子を、保温ケース置き場、今では何も乗っていない奥の机に添える。
「船上、ちょっと支出の計算をしてくれないか?」
奥の机の下においてあったカバンから、ノートとレシート、残高の入った封筒と電卓を取り出す。
はいと答えて、奥に設置された椅子に座って、レシートとすでに武蔵先輩が書いたであろう支出額を照らし合わせていく。
武蔵先輩は保温ケースの掃除に取り掛かっていた。
俺は部費から出した予算と残額があっているかまでたどり着いたが。
「あれ、合わない」
俺のつぶやきが聞こえたのか、ケースの掃除が終わったのか、武蔵先輩がやってきた。
「合わないのか?」
「はい、3000円ぐらい足らないんです…」
武蔵先輩は特に不満を言うこともなく、レシートと収支簿を見比べた。しばらくしてから言う。
「一昨日の差し入れのレシートがないみたいだな」
と心当たりを言ってのけた。
接客をしていた本家先輩が一段落してから尋ねる。
「本家、一昨日の差し入れのレシートがないみたいだぞ」
「あれって、荒川先輩ですよね」
「やね」
一見して派手に見える、ウェーブのロングを一括りにした一年の太田の発言に、副部長は短く同意する。
荒川先輩はここにはいない。本家先輩は携帯を取り出して迷わずかけた。
「静花? 一昨日の差し入れのレシート持ってへん? ———うん、わかった。よろしく」
電話を切って振り返る。
「探してみるって」
「あれって三千円ぐらいだったよな?」
「確かそうやで。ところでそっちは完売したんやんな」
「ああ」
「金券数えてもええ?」
「先輩?」
まだ接客は続いているのに、目に¥マークを浮かべた副部長に太田は呆れている。
「いいぞ。代わりは俺がやっておく」
武蔵先輩は本家先輩とバトンタッチし、本家先輩は畳んでいた椅子を広げると、俺の横で男子の分の金券を数え始めた。
売り上げは個数×100円ですでに確定済みだ。なのに本家は楽しそうに金券を数えている。金額が変わる訳じゃないのに不思議だ。
男子の分を数え終え、メモを挟んで輪ゴムでとじた本家は、女子の分も回収してきて計算し始めた。ついつい黙ってそれを眺めてしまう。
すると本家の携帯がなった。すぐに出る。
側にいたので会話が漏れ聞こえてきた。
『ごめーん、本ちゃん。セーラー服のポケットに入っとった。なんでこんなとこに入れたんやろ』
「いくら?」
「2758円」
俺は支出簿の欄を見た。差額は2808円。50円足りない。
本家は礼を言って、レシートを持ってくるよう伝えてから俺の方を見た。
「どうやった?」
「50円足りません…」
「50円かぁ。まぁ誤差の範囲やね。こっちはどうなるかな~」
と楽し気に金券の枚数計算に戻る。
そこに楠本部長がやってきた。
「もう終わったんか? 去年より早いな」
「あと七個ですよ」
太田が楠本部長に説明する。
「部長、どうしたんですか?」
「いや、大体いつも早く終わって、最後の当番は仕事がないからな。今年はどうかと思て来てみたんや」
なんと真面目な。しかし片付けも男子の分は終わってしまっている。
「残り七個か。やることもないみたいやし、呼び込みでもしてみるか」
部長はそういうと、半分撤去され存在感の薄れたテントの前にたち、手をメガホンにした。
「肉まん、手作り肉まんいかがっすかー! 残り七個ですよ! 早い者勝ち!」
その声が聞えたのか、遠くを通っていた何人かが顔を向けた。部長は再び同じ言葉をかける。手伝うべきなのだろうが、恥ずかしくてとてもじゃないが無理だ。
呼び込みの効果か、ぱらぱらと人がやってきた。
そして5分もたたないうちに肉まんは完売した。
「よっし、完売や! おめでとう」
「おめでとう」
楠本部長の言葉に、その場にいた全員で拍手をする。本家は早速金券数えに戻り、楠本部長と俺は保温ケースの撤去に当たった。
久は机と椅子の撤去、武蔵先輩と太田は保温ケースの掃除を始めた。
金券を数えていた本家が、ため息をついて突っ伏す。
「どうした? 足らんのか?」
「——うん、3枚」
楠本部長の言葉に本家先輩が答える。150円か。支出も含めて雑損200円也。
しかし本家先輩は納得しなかった。
「もう一回数えてみる!」
がばりとお起き上がって金券を手に取る。
「ほら、これ」
楠本部長が金券を三枚を本家先輩に差し出した。
「なに? もしかして落ちとったん?」
目を輝かせて言うが、楠本部長の回答は違った。
「いや、俺のやつ。使わんかったからやるわ」
本家先輩は喜ぶかと思いきや、不愉快気に顔を歪めた。
「いらんっ、そういう問題とちゃうねん! わかってへんな」
どうやら本家先輩はお金が欲しいというより、儲けるという行為が好きなようだ。
本家先輩は金券の検算に戻り、差し出した金券を持て余した楠本部長は、俺たち1年にそれを配った。
「終了のお祝いや。なんか買うんにでもつこてくれ」
「ありがとうございます」
全員素直に受け取った。
検算の結果は、間違いなし。だった。
収支の差額で、粗利がでた。人件費は考慮に入れないので、打ち上げで行く予定のカラオケには十分行ける金額分は儲かっていた。
本家先輩は、肉の買い直しで利益が下がってしまいがっかりしていたが、打ち上げで行くことになっているカラオケ代は、時間を選べばなんとか足りそうでほっとしていたが、「買い直しがなければー!」と、悔しがってもいた。
その後出店を回ったが、睦月としては、卓球部がやっていたダーツの成績がもう少し良ければと、ちょっと悔しかった。付き合いでやっていた久の方が高得点だったのでなおさらだ。
カレーを食べたり、グラウンドでやっていたヨーヨーつりや射的をしたり、各クラスの展示を見たり、3年が教室でやっていたお化け屋敷に入ったりしているうちに文化祭は終わり、結局体育館での舞台は見に行かなかった。舞台を見に行っていた芽室先輩と神崎先輩、夢前たちは、お笑いで面白いコンビが一組いたと話していたが、それ以外はいまいちだったらしい。
「劇がシンデレラって、ちょっとべたすぎるで。もっとオリジナルティが欲しかったわ」
「でも魔法使いじゃなく、お母さんの木がドレス出したりしとったやないですか」
「あれ、岩波文庫版の設定やから。オリジナルちゃうで」
神崎先輩と夢前が話していた。神崎先輩は読書家らしく、妙なことに詳しいようだ。
永良はどこでもらったか知らないが、紙袋に包まれた何かを、嬉しそうにカバンにしまっていた。
商品の製作段階でトラブルはあったが、文化祭はおおむね平穏無事に終わった。
あと今日はハロウィンだったので、武蔵が前言通り、弟が作ったと言いうカボチャクリームを使った、小さなケーキを家族の人数分の4個くれた。ちゃんとチョコレートやアイシングで、カボチャやおばけにデコレーションまでされている。
楠本達2年の3人にも別々のものを渡していたので、弟はかなり色々なものを作ったようだった。
持って帰ったケーキは家族で一人一つずつ食べて、誰一人文句なく美味しいと言った。母は菓子つくり魂に火が付いたのか、武蔵の弟に製菓材料を渡せば、お菓子を作るコツを教えてもらえないかと真剣につぶやいていた。
息子としてはやめて欲しい。