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転校先は子午線だった  作者: kaithi
11/13

文化祭(1)(睦月)

4階の1組の教室に集合し、先生がくるまで久とパンフレットを見ながらどこに行くか話し合った。久は特に予定もなさそうだったので、店番のない自由時間は一緒にまわることにしたのだ。

お金のやりとりはなく、事前に配布された50円単位の金券1000円分でやりとりをする。肉まんとあんまんはどちらも100円だ。今回まかないがあるので昼食代もかからず、夢前たちは舞台を見に行くからと、金券の半分を譲ってくれていた。例年は店番で動けない部員の代わりに、早いもの勝ちの食べ物関係を他の部員が買ったりしていたらしい。

店番はバスケ部とバレー部の1年2年各1名での計4名なのだが、じゃんけんで決めた店番の順は、俺は一年では最後だった。2年の方は責任者である楠本部長が一番最後になっている。部員ではないからか、店番表に神崎先輩の名はなかった。

バスケ部は2年が4人、1年が6人なので、三番目の店番が1年二人になっていた。永良と吉之助で、永良が苦手を通り越して嫌いな吉之助は嘆いていた。トップバッターは祥之助と阿恵先輩だ。女子の方は酒井出部長と佐々(ささ)だ。佐々はよく茨木と仲良くしている、さばさばした感じの女の子だ。女子の決め方は知らなかったが、多分じゃんけんではないだろう。

10時45分までは生徒全員が体育館で、吹奏楽部と合唱部の演奏を聞くことになっていたので、先生が来て点呼と注意事項が述べられたあと、後ろのロッカーにカバンをしまって、財布などの貴重品の入ったトートバックだけを持って体育館へ向かった。久や何人かの生徒は普段のカバンは持ってこず、小さいカバンだけで、中には何も持っていない生徒もいた。


吹奏楽部と合唱部の発表が終わったあとは各自解散となったが、舞台では引き続き3年有志が劇をやるらしかった。準備までに15分時間がとってあり、俺もバスケ部の出店の準備のために中庭にむかった。久も特に予定がないからと付き合ってくれる。

「睦月、俺も行くわ」

 後ろから声がかかる。振り返ると夢前だった。

「いいの?」

「もともとの担当俺やしな。武蔵先輩の代わりや。どうせ当番最初やし」

 祥之助の方だった。まだ俺には二人の区別はつかない。

 武蔵先輩は普段、茶華道部での活動をあまりしていないので、そちらの準備を優先することになっていた。

「お前も手伝うんか?」

 久は祥之助の質問に黙って頷いた。

「へぇ、随分仲良くなったもんやな」

 祥之助のその発言は、今までの久の行動からして進歩と取れた。

持ち場に着くと、事前確認で見ていた以上に狭かった。先生が設置したテントの半分が持ち場だ。バスケ部とバレー部はレンタルした保温ケースに入れて温めたものを売るだけだし、スペースはそれほど必要ないのだが。

開店の準備作業もほとんどなく、作業が少ないので、開店準備は正副部長と調理担当、調理補助だけですることになっていた。

「なんや、三人も来たんか?」

 先に来ていた楠本部長が驚きながら言った。

「手伝いは多い方がええと思って」

 祥之助が答える。

「そりゃ助かるけど、そんなに仕事ないぞ?

それより船上、お前ら茶華道部の野点に行きたいんやろ?」

「はい」

 誰から聞いたのだろう、部長がそう言った。以前に夢前たちと話したから双子からかもしれない。

「今阿恵が並びに行っとるから、久喜、お前代わってこい。場所はわかるやろ?」

 部長の言葉に久は頷いて、踵を返すと走って行ってしまった。

「とりあえず俺らは準備するか」

 部長に促され準備を始める。開店の作業はほとんどなく、机といすを設置して保温ケースを置き、看板を立てるぐらいだった。店番は4名だが、4名でいっぱいいっぱいといった狭さだ。

テニス部部長は力仕事が得意らしく、さっさと机を並べてくれて、重い保温ケースも、女子の分は遠矢浜先生と二人で設置してくれた。調理であまり役に立たなかったことを自覚しているのかもしれない。

机は接客する通路に面したものが1脚と、それに少し間を置いてコの字に設置された、保温ケースや在庫の品を仕舞った蓋つきのケースを置くもの三つで計四つある。

背の高い遠矢浜先生が、接客机の上にあたる部分のテントに紙テープで、「肉まん 100円」「あんまん 100円」と大きく赤字で書かれた紙を貼っていた。見るとお隣さんのカレー屋も同じように値段を貼っている。150円だった。実行委員会には参加しなかったから俺は知らなかったが、文化祭全体の共通仕様のようだ。

看板の設置や保温ケースを電源ケーブルにつなぐ作業を終えたころ、調理室に商品を取りに行っていた楠本先輩と阿恵先輩が戻って来たので、保温ケースに肉まんとあんまんをそれぞれ並べて、開店準備は終わった。

あとの店番の仕事は、商品を保温ケースから出して売る以外は、冷蔵庫に仕舞われている在庫を取りに、特殊教室棟2階の調理室へ行き来するのが大変なぐらいだ。

 開店時間までにはあと5分以上あったが、商品が温まるまでそれぐらいはかかるだろう。

 もう何人かが始まるのを列をなして待っている。

中は狭いので、当番の阿恵と祥之助を残してテントの外に出る。

一緒に外に出ていた部長が、準備前にしていた話をしてくれた。

「野点の話やけど、お前は知らんかったんやろうけど、整理券を配布するぐらい人気やねんぞ」

「整理券の話は聞いてます。開店準備が終ったら行こうかと」

「甘いな。開店してすぐに配布されるから、みんな開店前には並んどんねん。どこもそうやろ?」

確かにうちにも両隣にも数人が並んでいる。

「3年が一番に退場するから、下手したら三年だけで終わってまうかもしれへんぐらいやねんぞ」

 なんと、そんなに人気だったとは。久はどのあたりに並んでいるのだろうか? 阿恵が心配そうにはしていなかったから大丈夫だと思うが。しかし、並ぶのを睦月たちに譲って、二年たちはどうするのだろう。

「でも、じゃあ、部長たちはいいんですか? 武蔵先輩も神崎先輩も出るのに行かないんですか」

「俺らは招待券があるからええねん」

「招待券?」

 俺が首をかしげると、同じく外に出ていた美都さんが教えてくれた。

「野点の接客係だけが配れる、一枚で二名参加できるチケットのことやで。接客係は顧問の教頭先生に選ばれなあかんから、枚数も限られとるねん」

「ええっ、そんなのあるんですか? 武蔵先輩からですか」

 部長に尋ねる。

「いや、神崎や。あの二人、今年は先陣切ってやるゆうとったからな。阿恵も行くから、しばらく当番抜けるわ。悪いな、祥之助」

 と、中に声をかける。

 最初の当番でスタンバっていた祥之助は、いいですよと笑顔で答えていた。

「部長と阿恵先輩で行くんですか? 芽室先輩は?」

「三人で行くからええんや」

「え? でもチケットは二名なんですよね」

「そうやけど、武蔵が担当しとう時は特別に3名までいけるねん。教頭の許可はいるけどな。阿恵、お前、時間の指定したんやろな」

 これまたスタンバっていた阿恵先輩に聞く。

「もちろんしたで。最初のは流石に無理やった。でも三番目のが取れたで。12時45分」

 阿恵は開始時間を口にした。

「相手誰や?」

「沢野先輩。3年の男子やで。今年初めて接客係やねんて」

 楠本部長の質問に阿恵先輩が答える。

「じゃあ3年やからか」

「多分。やから許可してくれたんやと思う」

 先輩二人でよくわからない会話をする。

「話通してきたから、祥之助と三人で行ってぇな」

 阿恵先輩の言葉に、祥之助がこちらを向いて笑顔で親指を立てる。事前に打ち合わせしていたようなので、さっき阿恵先輩が抜けると言う話に寛大だったのも、このためかもしれない。

「どういうことですか?」

 話がわからないので尋ねると、楠本部長が説明してくれた。

「野点の接客当番はうちと同じで30分交代やねん。で、武蔵は奇数番号の時間を担当することになっとるねん。武蔵なら時間内に二人分対応できるから、3人でもなんとかなるって寸法や」

「え? 働き過ぎじゃないですか? 四番目の時間てうちの当番ですよね」

「普段部活に参加してへんから、その分文化祭で挽回するんやと」

「教頭がうるさいねんよなぁ」

 阿恵先輩がしみじみと言う。

「でも、普段あんまり活動してないのに、接客は大丈夫なんですか?」

 これまた素朴に疑問に思ったので聞いてみると、

「武蔵は伯母さんが茶道の先生やねん。ちいさいころからやっとるから、部で一番うまいらしいで」

 と、阿恵先輩が答えてくれる。謎多き先輩の新たな情報が手に入った。

 それでもまだ時間が余っていたので、パンフレットを見ながら周りを見渡した。

隣で三年有志が作っているやきそばは本格的だったが、剣道部はホットドックだったし、共同の野球部とソフト部に至ってはレトルトのカレーだった。大きな炊飯器とカレーを温めるための鍋が裏手に設置してある。

家庭科部は調理室でハロウィンの仮装喫茶をしているらしいが、賄いを取りに行くときに見物できればいいかと思い、人気らしいので積極的に近づくのはやめることにしていた。

 開店のベルが鳴り、阿恵先輩と祥之助が忙しくなる中、間もなく芽室先輩がやってきた。手には焼きそばを持っている。気づかなったが隣で並んでいたようだ。

「へぇ、ええ感じにできとるやん」

 と、やきそばを食べながら言う。楠本部長が呆れた顔を浮かべた。

「お前、しょっぱなから焼きそばて」

「祭りゆうたらやきそばやろ!」

 幼馴染にしたり顔で答える。

「あとでカレーとホットドックも食う」

そこに久が戻って来た。手に青い紙を持っている。A4サイズの紙を6つ切りにしたぐらいの大きさだ。

「久、お疲れ。整理券見せてよ」

 久は言われた通りに青い整理券を渡してくれた。話に聞いていた通り、12時15分と時間が手書きで大きく描いてあり、「時間厳守。遅れた場合はキャンセルとみなします」と厳しい注意書きが印刷されていた。

「お、整理券やん。よう手に入ったな」

 やきそばを食べながら芽室先輩が覗き込んでくる。部長が答えた。

「阿恵に先に並びにいかせとってん」

「へぇ、心広体胖な部長でよかったなぁ」

 と俺たちに向かってからかうように言う。これまた聞いたことのない四文字熟語でさっぱり意味がわからない。シンコウタイハン?

「俺ら、何時やっけ?」

「11時22分や。まだ時間あるけどどうする? どっか見に行くか?」

 部長は随分中途半端な時間を口にした。俺達は15分だったので30分で2回行わるのかと思っていたが、時間を考えると4回なのかもしれない。

「八組でええやろ。近いし」

 芽室先輩がそう言うと、楠本部長は阿恵先輩に声をかけた。

「お前どうする? 遅刻厳禁やぞ。大丈夫か?」

「阿恵くん行きなよ。私が店番しとうから」

バスケ部でも、本来担当でもないはずの美都さんが阿恵先輩にそう言った。阿恵先輩が謝る。

「ごめんね」

「全然。こっちこそありがとうね」

 と、美都さんは答えた。何やら貸し借りのありそうな会話をして、阿恵先輩がテントから出て来る。

「芽室、それ食べきれるん?」

「余裕じゃ」

 阿恵先輩の質問に芽室先輩が雑に答える。三人はそのまま2年8組のプレハブ校舎の方に去っていった。

「俺達も行ってみようか?」

 久に声をかけると、こくりと頷いた。

2年8組はプレハブ校舎で中庭のすぐ横だったので、二年に倣って久と一緒に武蔵先輩と神崎先輩の展示物を見に行った。

2年8組はクリアファイルかバインダーに絵を描いたりマスキングテープやシールをはったりして、オリジナルの一品を作っていた。中には手の込んでいるものもあるが、全クラスの中で一番作るのが簡単なのではないだろうか。

名前順に展示されていたが、漫画やアニメ絵のものもあるし、簡単にマスキングテープを張っただけのものもある。マスキングテープのものは、時間が余ったのか複数作ってあった。

ハロウィンなので、それを意識した作品も多かったが、神崎の作品は、両側が見えるように立てて展示してあり、しっかりした白いクリアファイルに、アクリル絵の具で片側に格好よくカラーでリアルな虎が、反対側にはこれまたモノクロで迫力ある龍が描かれている。いわゆる龍虎図というやつだ。

「うあぁ、神崎先輩のすごいよ。これ欲しいな」

 俺の言葉に久も頷いた。

「ざんね~ん。予約済みや」

 そこに芽室先輩が声をかけてきた。焼きそばはもう食べ終わっている。

「武蔵先輩ですか?」

「いいや、俺」

「ええっ」

 二人が仲が良いのは知っているが、武蔵先輩にならわかるが芽室先輩というのは腑に落ちない。

「なんやねん。文句あるんか」

「…いえ、別に。でも武蔵先輩は、神崎先輩にあげるんですよね?」

「ううん、俺やで」

これまた阿恵先輩から意外な答えが返って来た。

武蔵先輩のものを見てみると、神崎先輩と同じ白のクリアファイルに、油性ペンで主に水色とピンクを使って花柄模様が描かれていた。

 ——これは、確かに、阿恵先輩が持つのにふさわしい。

 上手に描かれているが、神崎先輩のものから感じるほど気迫はない。気迫のある花と言うのも食虫植物みたいで恐ろしいが。

武蔵先輩は真面目ではあるが、学校行事は最低限しか参加しない傾向がある。肉まんやあんまんを作るのも、レシピは美都さんまかせだったし、肉まんの餡を包むのは出店の成功がかかっていたので黙々と素早く包んでいたが、より綺麗に、より美味しくしようという感じはしなかった。

昨日の阿恵先輩の話ではないが、普段の部活の練習も、部長や睦月や久のように懸命にやっているようには見えない。だがそれは、芽室先輩や阿恵先輩、永良も同じなのだが…。


その後、野点に行く2年生たちと別れて、美術室に行って神崎先輩の作品を見た。神崎先輩の作品は画用紙サイズの水彩画で、夕暮れ時にグラウンドで練習をするバスケ部員たちの姿を描いていて、とてもうまかった。

いつもスケッチブックを持っているとはいえ、人の話に首を突っ込んだり、うろうろしたり、試合の採点をしたりしている印象しかないのに、一体いつ絵を描いているのだろうか。不思議ではあったが、作品の出来には純粋に感動した。

 美術室の入り口では絵葉書を50円で売っていたので見に寄った。漫画絵やアニメ絵のものもある。

「神崎先輩のってありますか?」

 店番に聞いたが、

「2枚あったけどもう売れたで。あの人は最低限のことしかせえへんからなぁ。ほんまは5枚ぐらいは描いてほしいんやけど」

と、愚痴のような答えが返って来た。絵葉書は一人2枚以上描くことになっているらしい。絵葉書は収入になるので多くあったほうがよいのだろうが、神崎先輩はそれには貢献する気はないようだ。

展示されている作品も、2作品以上出品している生徒もいたので点数制限はゆるいようだったが、神崎先輩の描いた絵は出品作の中では小さい方で、数も1点だけだ。

「まああの人は、半分バスケ部やからしゃーないけど」

 と店番が言う。

 美術部での神崎先輩の評価は、俺の認識とあまり変わりない様子だった。ほっとしたような、申し訳ないような気分になる。夢前達からもらって金券も余っていたし、好きな漫画の絵で気にいったのがあったので1枚買った。久は何も買っていなかった。


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