「午後の試合」
午後の試合は猛者達が溢れる戦場の様なものだ。最近は午前の試合も見応えが出てきたが午後には及ばない。午前を制覇したゲイル、そしてカンソウがどこまで通用するのかも未知数であった。
一つ言えることは、カンソウでは通用しないことである。自分はゲイルのおまけのようなものだ。まるでルドルフのようで嫌な気分だが、事実は変わらない。
コロッセオの入り口に来ると、馴染みの受付嬢が驚いたように言った。
「ゲイル君、カンソウさんも、午後に挑戦ですか?」
「そうだよ。スパーク以来だね。はい、武器」
ゲイルが鞘に収まった両手持ちの真剣を取り出して、カウンターに置いた。カンソウも同じく続く。
案内嬢はジェーンでは無かった。
午後へ来たことを告げることができればどれほど恰好良かっただろうか。ふと、カンソウは手紙の件を思い出していた。ゲイルの血を拭うために使ってしまった、ジェーンからの恋文の返事である。詫びて直接尋ねようと思ったが、今日はできそうも無かった。
薄暗い回廊の壁の一つの様な入り口に入る前に、先の方からどよめきが聴こえた。
これが午後か。
控室に入ると、カンソウも落ち着かなかったが、ゲイルの方もそわそわしていた。歩き回り、動きに落ち着きが無い。椅子に座っていたカンソウはゲイルを窘め様と思ったが、自分の方こそ落ち着きの無さを露呈しそうで止めて置いた。
カンソウは何も午後の試合が初めてというわけでは無い。かつてセコンドの無い六年前ならば良くて三勝まで勝ち抜けたこともある。だが、六年のブランクと老いにより、以前程の自信は自然と失せていた。
扉が叩かれ、案内嬢が出番を知らせる。
「行こうぜ、師匠!」
腰に提げた二振りのグレイトソードを叩いてゲイルが飛び出す。
カンソウも落ち着かぬ足取りで後に続いた。緊張が、身を震わせる。いや、緊張では無いな、これは武者震いだ。自分達がどこまで上れるか。それが楽しみだ。
果たして歓声が大きくなる中、陽が照らす試合場の真ん中には四つの影が待っていた。
カンソウは驚いた。主審、副審、そしてあれは……。
「スパーク!」
ゲイルが駆け寄って行った。
「また戦えるとは思わなかった」
「あの時の小僧か。チームサンダーボルトはコロッセオに再び挑戦しに来た」
「何も持たずに?」
ゲイルが問うと、スパークは軽く笑った。
「我々の武器は鍛え抜かれた肉体こそである」
鉄仮面を着けたボルトが言った。
カンソウはまさかの展開に驚いていた。武者震いが消えていた。いきなりサンダーボルトと戦うだと?
「両チームとも位置へ」
主審に促され、カンソウとボルトはそれぞれの相棒から離れた。
「第三回戦、スパーク対、挑戦者ゲイル、始め!」
「剣士の力を見せてやるぜ」
ゲイルが咆哮し、一気にスパークとの間合いを詰めた。
チームサンダーボルト、いや、スパークは武器を持っていない。そのため、ゲイルの武器を肉体で防御しても負けである。カンソウは思った。避けるしかないというハンデがサンダーボルトにとっては良い手加減なのだろう。ならば再び巣に帰って貰わねば。
ゲイルの剣を避け、巨体を反転し、ゲイルの手を掴み懐に入ると、スパークは一気に持ち上げて地面に叩きつけた。
「がっ!?」
ゲイルが呻くが、立ち上がる。
「そらあっ!」
ゲイルが剣で斬り付けるが、スパークは絶妙な位置に後退し、長く鍛え抜かれた脚で蹴りつけて来た。
その一撃を兜の横に受けてゲイルは吹き飛んだ。
土煙を上げながら滑って行き、やがて止まる。
「ゲイル!」
「スパーク、時間があることを忘れるな」
ゲイルは駆け出していた。
スパークが身構える。
「真月光!」
ゲイルが跳躍し、大上段から大剣を振り下ろした。
スパークはスッと後退し、掴みかかったが、そこにゲイルはいない。
「何!?」
スパークが焦りの声を上げた。
ゲイルはスライディングし、背後に回り込んでいた。
「竜閃!」
「たありゃっ!」
だが、スパークは紙一重で屈んで避けると、ボディブロウをゲイルに喰らわせた。
「がおっ!?」
ゲイルが呻いて地面に倒れる。布鎧ではやはりこの先は生き残れないかもしれない。カンソウはそう思った。
「ゲイル、根性を見せろ!」
だが、スパークがゲイルの腰に手を回し、バックドロップを決めた。
鉄兜が地面に刺さる。
「ゲイル!」
副審の指は左手四本だけであった。
「ゲイル、四分だ! 後四分で何とか勝ち上がれ!」
ゲイルはダウンせず、立ち上がった。客席から歓声が上がる。
たった一発、剣で当てれば勝ちなのだ。以前の様な肩を犠牲にしたようなやり方でしか勝てぬなら負けても良い。
「ゲイル、負けても良い、やりたいだけやれ! 俺達の戦いはこれからだ!」
「おうよ、師匠!」
ゲイルは不敵に笑みを浮かべ、サッと動いてスパークとの距離を縮める。
「おらあっ!」
「横月光!」
勝ったのはスパークの拳であった。ゲイルの突きが伸びきる前にスパークの拳がゲイルの顔面を殴りつけていた。
「く、くそお……」
ゲイルはよろめくと、ダウンするかと思ったが、鼻血に塗れた顔を見せ、スパークに斬りかかった。
「スパーク、後一分以内でケリをつけて見せろ!」
ボルトが声を上げた。その通り、副審の指は一本だけであった。
「怒羅アッ、怒羅、怒羅!」
ゲイルが剣を乱打する。その刃はカンソウには追えなかった。まさしく瞬刃である。しかし、これをスパークの目は見抜いていた。腕を伸ばし、ゲイルの喉を掴み上げると、大きくその華奢な身体を持ち上げて、地面に叩きつけた。
凄まじく鈍い音が聴こえた。
「がっ!?」
ゲイルはそう呻くと、今度は立ち上がれなかった。
主審がカウントを取ろうとすると、副審が慌ててその肩を叩いて何やら知らせた。主審は頷き宣言した。
「時間切れにより、両者失格とする!」
「スパーク、油断したな」
ボルトが呆れたように相棒に歩み寄った。
「いや、油断などしていない。この子供、以前の戦いでも良い根性していた」
そしてスパークがカンソウを真っ直ぐ見た。
カンソウはゲイルを抱き抱えているところであった。その目がスパークと交錯する。
「お前はなかなかの師のようだな」
そういうとチームサンダーボルトは先に試合場を後にしたのであった。




