「治安維持活動」
ガザシーからの贈り物を渡すとゲイルは大はしゃぎで、外へ飛び出して行った。
そして、今、宿場町は大変治安が悪くなっていた。言うまでも無くルドルフである。夢敗れ闘技戦士を不承不承辞めた者達を集め、宿場町中のあちこちを巡り、主人である貴族の腕章を見せ、衛兵達を寄り付かせない。
若い女と見ればたちまち囲んで連れ去ろうとし、屋台の食べ物は好き放題に飲み食いし、あちこちの店に場所代まで請求する始末だ。
カンソウは正義に目覚めたわけでは無いが、今、暇なことには変わりなく、自分の腕でルドルフ党を一網打尽にできないか、考えていた。
ひとまずは衛兵の詰め所へと向かった。
町の中央にある詰め所では大勢の衛兵達が燻っていた。
「ルドルフを止めるなら手を貸すぞ」
カンソウが言うと、壮年の衛兵隊長がかぶりを振った。
「カンソウ、あんた、知らんわけでも無いだろう? 奴の背後には貴族が居る」
衛兵六人が陰気な顔を向けてきた。
カンソウは知っている。この町を作ったのはシンヴレス皇子であることを。コロッセオとは違い、結局は身分がものを言う世界だ。カンソウもまたシンヴレス皇子を利用するわけでもないが、後ろ盾にすることにしていた。だから言った。
「何かあれば俺が責任を取る」
「よろしい、私も首をかけよう」
衛兵隊長が決意表明を見せ、衛兵らも頷いた。
こうしてカンソウと衛兵達は著しく治安の低下した宿場町へと繰り出した。
人通りがあまりない。何ということだ。シンヴレス皇子が作った町がこんなに暗くなるとは。ルドルフが貴族に雇われ、鈍色卿と言う強者を相棒にもっていることから、誰もが彼と取り巻きを恐れ、家に引っ込んだきりだ。
「ルドルフ党の居場所は分かっている。竜眼という酒場を拠点にしている」
衛兵隊長が言った。
「ならばそこへ押しかけ、ひっ捕らえるまでか」
カンソウが言うと、衛兵隊長はかぶりを振り、無念そうに言った。
「現行犯で無ければ捕まえられない」
「ならば、被害に遭った人々と町の声を証言に使えばいい」
「なるほど」
衛兵隊長は顔色を取り戻し、部下達に命じた。
「皆、今まで悔しかっただろうが、今日は存分に役目を果たせ。責任は俺とカンソウ殿が持つ」
衛兵らはそれでも気を良くした様子は無かった。
「実際に、俺が小悪党を一人ぐらい叩きのめせば、嫌でも火が着くだろう」
「そうするしかないか。では、行くぞ、竜眼へ」
衛兵隊長の決意に部下達はまだ半信半疑の様子であった。だが、カンソウは自分で言った通り、代表して自分が一暴れすれば、衛兵らも使命と大義名分を思い出すだろうと踏んでいた。いざとなれば、こちらもシンヴレス皇子に泣きつくまでだ。情けないが、仕方あるまい。
2
竜眼は高級な酒場のはずであった。だが、外へ漏れ出るのは、似合わぬ濁声の男達の笑い声であった。
衛兵らが委縮する中、ここは衛兵隊長が誇りを見せた。
扉を開けると、隊長は声を上げた。
「町の平和を乱すルドルフ一党、これまでの悪事の数々を清算する時が来た! 神妙にしろ!」
木杯や皿で散らかり放題の店内は、高級そうなカーペットまで踏み荒らされ葡萄酒のシミだらけであった。
ルドルフ党の者達が椅子から立ち上がり、ニヤニヤしていた。
「良いのか? 俺達の兄貴は貴族のお抱えの用心棒だぜ」
「そうだ、それに鈍色卿がいざとなったら出て来る。カンソウ、テメェはまた負けに来たのか?」
小悪党どもが笑い声を上げた。
「店主、荒っぽくなるが許してほしい」
カンソウはカウンターの向こうで顔を青ざめさせている中年の小綺麗な正装をした店主に向かって金貨三枚の入った巾着を投げて渡した。
ルドルフ党の顔が怒りに満ち始めた。
「やるってんだな。よーし、みんなで畳んじまおうぜ」
ルドルフ党は二十人近くいる。それぞれが真剣を抜いて得意げに笑んでいる。
「真剣を抜いたな? よし、違反者どもを逮捕しろ!」
だが、応じる声が無い、衛兵らは未だに貴族の威光を恐れている。
カンソウはゆっくり進み出ると、手近の悪党に競技用の刃引きしてある剣を振り下ろした。
そいつは剣で受けようとしたが、酒が入っていて上手く対応でき無かった。
剣を持ち上げる前にカンソウの一撃が脳天を直撃し、泡を吹いて倒れた。
仲間が手を出されたのを見て、悪党どもは怒り心頭になって、それぞれ吠え声を上げて斬りかかって来た。




