「ゲイル対ドラグフォージー」
若々しいゲイルもさすがに疲労が見えて来た。だが、カンソウの胸は高鳴っている。次は第十回戦、この相手を破ればチャンプ戦だ。
そうして最終戦に相応しい相手達が陽光を受け、銀色に輝く甲冑を身に着け歩んで来た。
「よぉ、フォージー」
「やぁ、ゲイル。次がチャンプ戦だけど、その前に私を倒してからだね」
「望むところだぜ」
選手二人が言葉を終え、全員が位置に着いた。
ドラグナージークが何も声を掛けなかったので、カンソウもまた黙っていた。ここで声を出せばプレッシャーになるだろう。
「第十試合、ゲイル対、挑戦者ドラグフォージー、始め!」
「怒羅アアアアッ!」
試合開始の宣言の直後、ゲイルが咆哮し一気に突進して行った。
ドラグフォージーは動かない。悠然と剣を下に提げて待ち構えている。
ゲイルが剣を振り下ろす、ドラグフォージーは避けて、ゲイルの背中を斬り付けようとするが、ゲイルはこれを旋回して弾き返し、懐へ飛び込んだ。そしてドラグフォージーの顔面に掌底を放ったが、首を逸らされ回避し、慌てて間合いを取った直後に剣が空を切った。
ゲイルラッシュが防がれた。カンソウはここで声を上げることにした。
「ゲイル、落ち着いて行け!」
「おう!」
ゲイルが気合の入った声で応じた。ゲイルもまた攻め方を組み立てねばなるまい。ゲイルラッシュは一つだけでは無い。そしてゲイルラッシュにこだわる必要も無い。
「今度はこちらから!」
ドラグフォージーが声を上げ、勇躍してゲイルに一刀両断を見舞った。ゲイルはこれを受け止めず、避けて、薙ぎ払われる刃の方を剣で弾き返した。
両者は押し合い、刃は軋み音を立てた。そしてドラグフォージーが離れた。
副審の指は七つであった。もしも様子見をしていたのなら丁度いい時間帯で終わった。ゲイルの方は本気だったようだが、ドラグフォージーこと、シンヴレス皇子は分からない。
両者は睨み合ったままであった。ドラグナージークは何故、黙っている。引き分けに持ち込ませようとしているのか? いや、ドラグナージークがそんな小賢しいことをするはずがない。
「ゲイル、攻撃だ! お前の速さを見せてやれ!」
「分かったぜ、師匠!」
ゲイルは再び突進した。
上段から剣を振り下ろす。と、見せかけて足払いを仕掛けた。
ドラグフォージーはこれを避けるが、ゲイルは懐へと入っていた。左手で短剣を引き抜き、ドラグフォージーに突き刺そうとする。
ドラグフォージーはその手を掴んで防いだが、ここでゲイルが剣を握ったもう片腕でドラグフォージーの腕を握り、足払いを仕掛けた。ドラグフォージーはまともに受けて地面に倒れた。ゲイルは短剣をしまい、両手で剣を握って、転がって逃れる相手を追った。
ドラグフォージーの身体を逆手に持った剣で突こうとした瞬間、何があったのかゲイルは飛び退いて離れた。軽い風の音色と小さな影が横切った。
ドラグフォージーが立ち上がる。手には小盾バックラーを握っていたが、これを背中に掛けて戻すと、剣を両手で握り締めた。
副審の指が左手だけになった。カンソウは発破を掛ける気で声を上げた。
「残り五分も無いぞ!」
「落ち着けってさっき言ったじゃないか!」
「それはそうだが、状況が変わったのだ!」
とは言ってもカンソウもまたドラグフォージーの弱点が分からなかった。全身をプレートメイルで覆っている割には素早く隙が無い。かぶっているグレートヘルムは……。
兜とは思った以上に視界を塞がれる。バイザーの下りた兜なら尚のことだ。ドラグフォージーの弱点見つけたり!
「ゲイル!」
と、声を上げた時、カンソウよりも通る声で初めてドラグナージークが言葉を発した。
「フォージー、左右からの攻めに注意しろ!」
「叔父上、承知しました!」
「師匠、何だって?」
「何でもない! 頑張れ!」
「分かってるよ!」
カンソウはドラグナージークを見た。
「このまま引き分けにさせるつもりか?」
ドラグナージークがこちらを振り返る。
「いいや、ゲイル君が仕掛けないならうちの甥を仕掛けさせる。この戦いは引き分けで終わらせてはいけないのだ。全ての観客が、ゲイル君に期待している。午前の部でチャンプを拝めるかどうかをな。もしそれを阻止しすればフォージーへと期待は移行する。だから引き分けでは駄目なのだ」
「失礼した」
カンソウは思わず謝罪した。さすがドラグナージーク、度量の規模が違う。カンソウは己の器量の狭さを恥じた。
審判の指が三つになっていた。
「フォージー!」
「ゲイル! 攻め立てろ!」
ドラグナージークと同時に叫んだ上に、カンソウの方が声が大きかった。
両者は打ったり離れたりしていた。
間合いは三メートルほど、ゲイルが勇躍し、地を駆ける。
「横月光!」
ゲイルの魂の一撃をドラグフォージーは思い切り下段から弾き上げた。
よろめくゲイルにドラグフォージーは剣で斬り付けた。
だが、ゲイルは器用に、跳ねて避けると、ドラグフォージーの左へ回り込んだ。気後れしたかのようにドラグフォージーがそちらを見る。そして下を僅かな間に見下ろした。
だが、その頃にはゲイルは上空に居た。高々と跳び上がり、太陽を味方につけ、剣を振り下ろしていた。
「真月光!」
その一撃はドラグフォージーの兜を鐘楼の如く鳴り響かせた。
ドラグフォージーは二歩ほどよろめいて、倒れた。
「勝者ゲイル!」
会場が沸き上がる中、カンソウは初めて安堵し、己が如何にこの試合に緊張を抱いていたのかを思い知った。
「やった。やったぜ師匠! 十人抜きだ! 午前制覇!」
「そうだ。そうだそうだその通りだった! よく午前を制覇した、ゲイル!」
ドラグナージークが屈んでドラグフォージーを起こしていた。ドラグフォージーが気付き、ゆっくり起き上がり叔父の肩を借りて立ち上がった。
「おめでとう、ゲイル」
「ああ、ありがとう!」
「次はチャンプ戦だからな、気を抜くなよ」
「分かってる」
ゲイルが深く頷くと、ドラグコンビは会場を後にした。
観客達が黙り、静寂の中、入り口に二人の戦士が現れた。
先頭を行くのは太陽が照らす彼の鎧のように輝く鈍色卿であった。




