「ゲイル対ゲント」
セーデルクとゲントが次の相手であった。
どちらが出るのか見ていると、セーデルクがゲントの肩を叩き言った。
「たまには吼えても良いんだぜ? なぁ、ゲントよ」
ゲントは無言のままゲイルを見詰めた。セーデルクが下がる。どうやらセーデルクはゲイルの喝に心を魅了されたらしい。自分より弱いゲントに試合を任せた。ゲントでは鈍色卿に勝てないことを、先のフォーブスも今この場にいるセーデルクも分かっているはずだ。だが、それでも自分達の教えを受け、その導きと共に成長して行く相棒の誇らしい姿を見たいのだろう。鈍色卿に挑めるのは今回限りでは無い。ルドルフが余程目に余る行為をしなければ彼らは相棒を信じ、自分達の出番を固辞するだろう。
デ・フォレストにゲント、彼らも師とも仰ぐべき相棒の期待に応えようと研鑽を積んでいる。
「ゲイル、お前の力を見せてやれ」
「分かった」
鼻血を拭いゲイルが頷く。
カンソウが離れると腕組みしたセーデルクがこちらを見た。
「カンソウ、お前は弱いが、若くも未熟でも無い。鈍色卿を狩るのは威勢の良い奴らに任せようぜ」
「午前の部ではな」
「ああ、勿論だ」
カンソウとセーデルクは共に間合いを取った相棒を見ていた。
主審が進み出て来る。
「第三試合、ゲイル対、挑戦者ゲント、始め!」
ゲントがトマホークを思い切り振りかぶった。そして投げつける。
トマホークは回転し、真っ直ぐゲイルに向かって行った。
「そらあっ!」
ゲイルが剣で弾き返そうとするが、トマホークはまるで生きてる様に軌道を逸らし、ゲイル後方へ回った。そうしてそのままゲイルの周囲を影を残し回り始めた。
「何だこりゃあ?」
ゲイルが動揺し、声を出す。
「特別な握りがあるらしい。俺が教えたわけでは無い」
セーデルクが試合を眺めながら言った。
「ゲイル、見極めろ! 下手に焦れて動くな。それにその斧もいつまでも回り続けていられるわけがない!」
カンソウが言うと、ゲイルがトマホークを見回しながら応じた。
「落ちるまで待てって? そんな詰まらないことできるかよぉ!」
ゲイルが剣を振り被る。
「ここだぁ!」
ゲイルが剣を振るうと金属質の音色がし、トマホークは打ち落とされたかに見えたが、それは尚も地上で回転し、ゲントへと戻って行った。
ゲントは無言でトマホークを拾い上げた。
「何だよ、面白いことできるじゃねぇか!」
ゲイルが嬉しそうに言うと、ゲントが突進してきた。
ゲイルが身構えるのを見て、カンソウは慌てた。
「馬鹿者、ゲントの装甲の厚さを舐めるな! 弾き飛ばされるぞ!」
「いつもの相手にいつも攻撃! 観客だって飽きが来るぜ!」
「だからと言って、お前が犠牲になることはない!」
「うおおおおっ!」
カンソウの制止を無視してゲイルも突進した。
両者の距離は狭まり、激突した。
ゲイルが宙を舞い、ゲントのはるか後方に落下した。
ゲイルは、会場を盛り上げたいのだ。魅せたいのだ。自分達を観に来てくれている観客達に。そこまで余裕ができていたか。
カンソウは感心し、セコンドの距離を取りながらゲイルの方へと駆けた。
主審がカウントを始めようと身構えたところで、弟子はゆらりと立ち上がった。
「良い体当たりじゃねぇか。満点だ! だけど、勝つのは俺だあああっ! 怒羅アアアッ!」
ゲイルが絶叫し、駆ける。
ゲントは今一度体当たりの構えを取ろうとしていたが、今度はトマホークを振り上げている。
そしてゲントも幾重にも着込んだ重たい鉄の音色を響かせ、突進する。
今度は体当たりでは無いな。ゲイルもゲントも武器で勝負を決める気だ。
「気の済むまま、行って来い! ゲント!」
セーデルクが相棒を激励する。すっかり気高き暴漢の異名は拭い去られていた。
両者が激突する。得物の潰れた刃が鳴り火花を散らした。
ゲイルが大きく押される。
「ゲイル! 相手は全てを懸けているぞ! もう、会場は盛り上がっている。お前もお前で魂の底力を見せてやれ! 試合に勝て!」
「怒羅アアアッ!」
ゲイルが咆哮し、踏みとどまった。その足がゆっくり着実に重装甲のゲントを押している。
そしてゲイルは剣を押して離れ、突いた。ゲントがトマホークを薙ぎ払い打ち合おうとしたが、そこにゲイルの姿はない。
「ここだ! 竜閃!」
ゲントの後方にスライディングして回り込んだゲイルは跳躍し必殺の一撃を放った。横薙ぎの一撃は高らかな鉄の音色を木霊させた。
副審の指はまだ残り五分であった。
「勝者ゲイル!」
ゲイルが剣を掲げると、観客らは大いに沸き立った。
セーデルクが相棒のもとへ歩み寄り、彼は笑って、その背を叩いた。
「負けて分かることもある」
ゲントはその言葉に無言で頷いた。
カンソウがゲイルに駆け寄ると、弟子はウインクした。
「どうだった、俺の試合?」
「熱い試合だったが、まずは勝つことを考えろ。観客のことはその後だ。だが、お前にはもう魅せる試合と言うものができるようになったようだ。魅せて勝つ。最高の勝利だ」
カンソウが言うと、ゲイルは大きく微笑んだ。
「よぉ」
セーデルクがゲントと並んでこちらを見ていた。
「勝てよ、小僧。観ているからな」
「必ず。じゃあな、ゲント」
ゲイルが手を振るとゲントも手を上げ、ミトンガントレット振って、二人は試合場を後にした。




