「ゲイル対ガザシー」
ガザシーが鉄球を放った。一瞬で先端はゲイルの眼前に追いつく。ゲイルは身を避けたが、ガザシーは巧みに鎖を操り、引き寄せ、横合いから鎖を絡めて来た。最初こそ、波打っていた鎖だが、それが一筋に伸び、ゲイルの左足の脛を捉えるや、鉄球が戻って、地面を穿ち、ゲイルは囚人の様な格好となって転び、動きを止められた。
ガザシーは黒い覆面の下からこの状況を見てどう思っているのだろうか。ゲイルは彼女を愛し敬っている。
ガザシーは、驚くほどの膂力でゲイルを引っ張り、足元へ引き寄せた。
ヒルダもゲイルを気遣っているのか、何も言えない様子であった。
「ゲイル、動け、ガザシーを翻弄しろ!」
カンソウは鎖の半ばで捕らえられているゲイルを見て、叫んでいた。実際動き回るしか道は無いのだが……。その時、嫌な音がした。
骨の折れる音かとカンソウは思わず絶望した。
「ガザシーさん! やり過ぎでは!?」
ヒルダも弟のように接していたゲイルに心が傾いたようでそう言っていた。
「今のは脛当てが割れた音だ。小僧、降参しろ。でなければ、今度は足を折る。私は本気だぞ」
ガザシーは凄んで言って見せた。
カンソウは迂闊に指示を出せなかった。骨が折れれば、ゲイルはコロッセオに出られなくなる。
その時、ゲイルが腰を素早く捻った。
ダガーナイフが飛び、ガザシーは顔を狙ってきたそれを鎖を波打たせて弾き返した。
誰もがゲイルの最後の抵抗と思われる投げナイフとガザシーの対処に見入っていた。カンソウは、そこに皮のブーツだけ残されているのを見た。
「ゲイル!?」
カンソウとガザシーの声が重なり合った。
「ここだよ!」
ゲイルの姿はガザシーの真上にあった。剣は鞘に収まっており、ガザシーの脳天に肘打ちを見舞おうとしていた。
ガザシーが避けると、ゲイルは彼女の眼前で掌底を放ち、右足で、ダガーを蹴り上げて取り、一気に斬り付けた。
「怒羅アッ!」
ガザシーはモーニングスターから手を放し、腰から短剣を抜いて、これを受け止める。
鉄がギリギリと音を立てる。
そしてガザシーはモーニングスターの鎖に足を引っ掛け、モーニングスターごと後方へと跳び、ゲイルはまるで予測していたように身を伏せた。ガザシーが同時に振り下ろした左右の袖口からトンボの群れの如く短剣が幾本も物凄い速さでゲイルの頭上を通過して行った。
これがガザシーの奥の手である。後は、ダガーナイフ一本と、モーニングスターで勝つしか彼女に道は無くなった。
モーニングスターの鉄球が頭上で揺れ始め、旋回した。そしてガザシーはそれを振るった。
誰もが目を疑った。ガザシーは鎖から手を放したのだ。
それは横に回転し、草でも刈るかの様に飛び、ゲイルとの間合いをすぐに詰めた。
ゲイルは二本ある内の大剣を一本向けてそれを餌、あるいは障壁とした。ゲイルを絡めとるはずだった鎖は剣をグルグル巻きにし、頑健な両手持ちの剣の鉄の刀身を結び砕いた。
仕方あるまい、剣ならまた買えば良い。カンソウはゲイルの機転に感心していた。そして驚きもしていた。もし、これをゲイルが受けていれば、彼の身を固める鎧は拉げ、骨までダメージが達していたかもしれない。ガザシーが本気であると、弟子は見抜いていたのだ。
ゲイルが声を上げてもう一本の剣を引っ提げ、ガザシーに突進して行く。
ガザシーとしてはモーニングスターを取り戻す方が先決であろう。何故、彼女が一か八か、いや、勝算はあったのかもしれないが、モーニングスターを投げつけたのか、それはゲイルの速さだ。モーニングスターの鎖では捌き切れず、すぐに間合いに入られてしまい、不利となる。ガザシーにしてみれば、ゲイルは相手が悪かった。
横薙ぎをガザシーは跳躍して避け、そのまま宙で器用に蹴りを放つが、ゲイルは右腕の籠手で受け止める。
着地し、ガザシーは殴りつけると見せかけ、足払いを仕掛けて来た。
ゲイルはその足を避け、ガザシーの頭に剣を振り下ろす。
ガザシーは後方へ跳び、ナイフを構えた。そして速い足取りで向かって来た。
ナイフ一本に全てを掛けたガザシーの縫うような突きがゲイルの眼前へ迫った。
カンソウは見えなかった。ゲイルは右手でガザシーのナイフを持つ手首を掴み、引いて膝蹴りを腹部に放った。
ガザシーが倒れた。
審判がカウントを始める。そしてカンソウは今頃気付いたが、副審の指は左手一本だけであった。これでダウンを取れなければ、戦いは引き分けになるだろう。
ヒルダは吹っ切れたようにガザシーの名を呼んだ。
だが、ガザシーは起き上がらなかった。
「十!」
主審がカウントを終える。
「勝者ゲイル!」
その宣言と共に今まで静まり返っていた会場が沸いた。
カンソウもまた緊張感から解放されたのを思い知った。
「ガザシーさん!」
ゲイルが駆け寄ろうとすると、ヒルダが手で制した。
「今はガザシーさんの心配をしている時ではないわよ。ゲイル君、試合頑張ってね」
ヒルダはガザシーを抱え上げ、会場を後にした。
ゲイルが不安げな顔でこちらを振り返った。
「何と言う顔をしている、ゲイル! ガザシーも本気を出した、名誉を懸けた試合だったのだ。勝者にも敗者にも名誉が与えられた試合だったのだ、嫌われたとか、うじうじ悩むのはよせ。勝ち続けて、ガザシーに強い男を見せてやれ! 結婚するのだろう!?」
カンソウが言うと、ゲイルは表情を引き締めて頷いたのであった。




