「猛特訓」
医務室を訪ねたカンソウはたった一人ベッドに横たわる弟子の顔を見下ろしていた。
ゲイルも意地を見せたと言えばそうだろう。だが、実践に出して良かったとも思う。しかし今のままでは駄目だ。カンソウも旅の途中、落ち着いた時間が取れず、まともに弟子の相手をしたことが無かったことを思い出した。
こいつは俺に夢を見させてくれる。カンソウは逡巡する。自分の野望を満たすための道具にするために弟子を鍛えるのか? 人生はその人のものである。もしもゲイルがコロッセオを諦めると言えば、それまでだ。カンソウはただ夢だけを見させてくれた弟子に感謝するだろう。
「ゲイルよ、お前はコロッセオに身を捧げて後悔はしていないか?」
「してないよ、師匠」
ゲイルは起きていた。眼を開き、上半身を起こし、腹部を押さえた。
「あのゲントだけど、師匠、勝てない相手ではないよ。ただ少し特訓が必要だ。師匠、付き合ってくれるよな?」
思いもよらぬ頼みにカンソウは嬉しさに総毛立つ程であった。根性がある。無限の力を欲する欲もある。ならば鍛えるのみ。
「行くぞ、お前の願いを叶えてやる」
帰り際、ゲイルは受付嬢を口説いたりはしなかった。黙って剣を返して貰い。黙々と雑踏の中を歩む。カンソウの方が気後れしていた。
こいつ、本気だな。
拠点としている安宿の裏で、カンソウはゲイルに手伝って貰い、黄金色のスケイルメイルを着た。
だが、カンソウには一抹の不安があった。腕を治す旅の最中で剣を振ったことは一度も無い。鍛練もしなかった。もしかすれば、弟子の方が実力が上かもしれない。
片手剣を抜き、右手で正面に構える。
「言っておくぞ、見ての通り、互いに真剣だ。俺はお前を殺すつもりで指導する。お前も俺を殺すつもりで挑んで来い」
カンソウが言うと、両手持ちの屈強な剣、かつてはカンソウの物であったトゥーハンデッドソードをしっかり握り、ゲイルが頷いた。
目に宿るのは熱ではない冷気だ。弟子はとても沈着冷静な顔をしていた。カンソウの本気が伝わったということだろう。
カンソウはジリジリと間合いを詰め、弟子目掛けて踏み込んで剣を頭上から振りかぶった。片腕だけでどこまでやれるか。これは己の試練でもある。
鉄の音色が木霊し、両者は競り合った。まだ十四歳。大人に挑むには力不足ではあった。競り合いを制し、乱暴に弟子を跳ね除け、すぐさま追撃に移ろうとしたが、弟子が奇怪な動きを見せた。軸足を置いて、身体を動かし、横合いから切りつけて来たのだ。
カンソウは軌道を見切って避け、弟子の身体を貫こうと突きを出す。だが、そこに弟子は居らず、背後から声が轟く。
動きだけは早い。まるで……。
振り返る間もなく剣を受け止め、半身を戻しながら、カンソウの脳裏を動きを武器として戦っていた女性の闘技戦士の姿が過った。
ヒルダ。
弟子が乱打しようとするが、カンソウは先に打ち込み、こちらから乱れ打った。
ゲイルは防戦一方になっていた。
そこへ機を脱しようと足払いが向けられたが、カンソウはその足を踏みつけ、放すと、膝頭にローキックを繰り出した。
弟子は勢いに押され、よろめいた。
「気合の声が聴こえんな」
カンソウが言うと、ゲイルは眦を怒らせ、声を上げて斬りかかって来た。
「怒羅アッ!」
一撃、避け、二撃、躱し、三撃目で剣をぶつけあった。
カンソウは片手一本で弟子を押していた。
「どうした、筋力不足だぞ! そんなことではまたゲントに敗退するぞ!」
「怒羅アッ!」
弟子は声を上げて跳躍しようとした、カンソウはこれを当然、刃では無く、その腹で顔を打つつもりだった。だからこそ、体勢を沈ませ、スライディングで背後へ回った弟子の動きに度肝を抜かれた。
「貰ったぁっ!」
カンソウの背筋が寒くなった。だからこそ、振り返り様、ただただ運任せに放った一撃が必殺を止めていたことに安堵していた。
「どこでそんな動きを覚えた?」
「知らない。試してみたくなった。いや、無我夢中だった」
剣越しに師弟は言葉を交わした。
「お前の武器は動きだ」
「動き?」
「そう、敵を翻弄する動きだ」
ゲイルが剣を押すがカンソウは押し返して、足払いを仕掛けて、倒れた弟子に向かって剣を向けた。
「降参だ、師匠」
「動きが武器だからと言って筋力を疎かにするな。筋力の無い戦士など論外だ」
「ああ」
弟子は頷いた。
「さぁ、立て。どんどん行くぞ」
「おう!」
弟子は立ち上がり、剣を振り回すと、鋭い眼光を向けて疾駆してきた。