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「リ・スタート」

 宿の裏手へ戻ると、カンソウは藁人形に向かい合った。

 ゲイルはガザシーのところだろう。

 ヴァンやウィリー、そしてドラグナージークの言葉を思い出す。

「俺達で新しい歴史を刻むか……」

 カンソウは知らぬ間にチャンプとなった鈍色卿を恨んでいる自分に気付いた。俺から夢を奪った憎らしい男だ。

 力任せに荒っぽく真剣の方で藁人形を幾度か斬り付けた。

 そうしてゲイルや、自分達が言っていたことが脳裏を流れた。コロッセオでは強い者が勝ち上がる。

 そうだったな。ならば、俺が鈍色卿より強くなればいいだけだ。実際、倒せない相手では無いと思う。負けたとはいえ、戦った際の手応えをカンソウは感じていた。

 午後の中核は、ウォー殿とカーラ殿か。二人が一組なのが残念だ。また、自分が鈍色卿を良く思っていないことを知った。

藁人形に斬り付けようとしたが、慌ててその手を止めて目を見開いていた。

 何故なら目の前でゲイルが立っていたからだ。

「危ない真似をするな!」

「師匠こそ、何をぼんやりしてるんだい? 店で入り口を覗いていた男の人は誰なんだい?」

「ああ。あれはドラグナージークだ」

「ふーん」

 ゲイルの興味なさげな返事にカンソウは拍子抜けした。ドラグナージークと言えば、子供達ではなく若い者達にも目標とされ人気がある。この弟子なら喜ぶのではと思っていた。

「見てたけど荒れてるね」

「まぁな……。だが、もう大丈夫だ。ゲイル」

 カンソウは弟子を真っ直ぐ見た。

「コロッセオに新しい歴史を刻むぞ」

「うん!」

 師弟は向かい合い模擬戦に励んだ。



 2



 ルドルフの傲りは凄かった。チャンプの相棒だと威張り散らし、目についた者を脅して楽しんでいる。

 師弟はコロッセオに行くところであった。

「コロッセオは強い者が勝ち上がるべきだが、あいつの居場所では無い」

 治安警官まで脅す有様を見て、カンソウは強くそう言った。

「分かってる。鈍色卿が強いのは分かるけど、あいつはただのおまけでしかない。これからもどうせ、表舞台には出て来ないつもりなんだろうね」

 ゲイルも呆れたように言った。

 そのルドルフの顔がこちらを見た。

「おう、カンソウ! ここを通りたければ銭を置いていきな」

「お前には銅貨一枚も払う気はない。お前が闘技戦士を名乗るなら、分を弁えて修練に励むのだな」

「ハッ、修練? そんなことしなくても天辺に登れることだってできるんだぜ?」

 ルドルフの酔い痴れた言葉に返すことなくカンソウとゲイルはコロッセオへと歩んで行った。

 午前の部に出る闘技戦士達が長蛇の列を作っている。ヒルダやデズーカもいるのだろうか。セーデルクやフォーブス達も。

 あの薄暗い回廊の一部と化したような控室は多く用意されているが、それでも収容しきれずカンソウらと同じく外で待つ羽目になった。

 ただ待っているだけにもいかず、闘技戦士らは同業者に鈍色卿に挑めるのは誰が有力か話し込んでいた。

「デズーカか、それかヒルダ。新参のドラグフォージーもいけそうだぜ。何せ、ドラグナージークが相棒だ。みっちり鍛えられているのに違いない」

 それらの人物評に自分と弟子が載っていなことに別段腹を立てるわけでも無かった。そしてこの連中には自分達がチャンプになろうという気概が無いことに呆れていた。昔の自分の様にただの小遣い稼ぎにでも来ているのだろうか。いずれにせよ、彼らでは勝ったり負けたりでチャンプまでは進む体力すらも持ち合わせていないだろう。

 列が進む度、挑戦者達は緊張のあまり気を紛らわせようとして、ヴァンや、ウィリーの情けなさを嘲笑っていた。

 カンソウは気を入れて黙した。ヴァンやウィリーは過去の人となったのだ。いつまで話題に引きずり込む気だ。

 三十分後、ようやくカンソウとゲイルは受付へと辿り着いた。

「あら、カンソウさん、ゲイル君」

 馴染みの受付嬢が疲れ切った顔をにこやかに変えて声を掛けてくれた。

「こんにちは。今日は俺が出るから」

 ゲイルが言い、カンソウも共に真剣を渡す。それでもゲイルは両手持ちの大剣二本、と、投擲用のダガーナイフを腰に帯びていた。どれも競技用に刃引きした剣である。ここで新しい工程が用意され、これが時間を喰っていたせいだと気付かされた。

 職人風の男が一人居り、競技用の剣が本当に刃引きしてあるのか検分しているのだ。レンズで拡大し、上から下までじっくり見ている。

 まぁ、仕方あるまい。万一殺傷沙汰にでもなったらコロッセオは不名誉を被ることになるだろう。

 その審査をクリアして二人はようやくジェーンに案内されることになった。

「カンソウさん、ゲイル君、やっぱり来たのね」

 ジェーンは嬉しそうに微笑み、控室まで案内した。

 その時、ジェーンが速度を落として、ゲイルを先行させ、カンソウに並んだ。

「お手紙ありがとう、カンソウさん。これが私の気持ちよ」

 ジェーンは小声で囁くと手紙をカンソウに差し出した。

「後で読んでね」

 ジェーンはそう言うと再び先行し、ゲイルと楽しそうに喋っていた。

 カンソウはジェーンがどんな返事をくれたのか気になったが、今は試合前だ。腰のポケットにしまい込み、促されて開けられた控室へと入って行ったのであった。

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