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「世代交代」

 皇子の護衛を終えると、宿場町は大騒ぎだった。

「号外号外!」

 新聞屋が叫んで、ヴァンとウィリーが挑戦者に敗北したことをやかましく、まくしたてている。臨時に設けた立て看板には、記事が貼り出されていた。新聞屋の口上を聴いていると、敗北したヴァンとウィリーに批判的な内容だったため、カンソウは夢中で聴き入るゲイルの肩を叩いて、その場を去らせた。

「酷いや、散々神様みたいにヴァン達を扱ってきたくせに、負けた途端、期待外れだの、手を抜いていただの、好き放題侮辱して。そして毛嫌いしていた仮面騎士の健闘をばかりを称えるだなんて」

 ゲイルがまるで自分のことのように悔しげに言った。

「衆目なんてそんなものだ。大人に幻想を抱くな。実質、年を重ねた子供に過ぎない連中ばかりだ」

「師匠もそうなのかい?」

「分からん」

 二人はそのまま昼食を取りに行ったが、そこでも当然の如く、客達がヴァンではなくウィリーに任せるべきだったなどと言っている。

 カンソウはうんざりしていた。

 だが、店の入り口で兜を脱いだ精悍な顔つきの男が覗いているのを見て、思わず、パンを喉に詰まらせるところであった。

「ゲイル、今日はガザシーに鍛えてもらえ」

「それは良いけど、何で?」

「用事が出来た」

 カンソウは立ち上がるとドラグナージークの方へと歩んで行った。ここの民衆はバイザーを下した彼を知らないらしく、大騒ぎする者もいなかった。

「カンソウ、どうしても君に合わせたい人達がいる」

「俺に?」

 ドラグナージークは頷くと歩き始めた。

 外はまだヴァンやウィリーの不甲斐無さの他に、午前へ移ったドラグナージークを批判する声まであった。

 内心穏やかではないだろうな。

 誰だって自分のことを非難されれば心が傷つくものだ。そう思って傍らの男の顔を盗み見たが、ドラグナージークはにこやかで堂々としていた。

 これが、チャンプになったりならなかったり凌ぎを削って来た戦士の顔というものだろうか。

 そのままドラグナージークは歩き続け、やがて郊外の草原へ来た。今日は休みなのか。建設途中の建物がそのまま放置してあり、職人達の姿は見えなかった。だが、異様な音、いや、声が漏れ出たのを聴いた。カンソウは緊張を覚え、ドラグナージークを手で制していた。

「何かいるぞ。トラだろうか」

「カンソウ、心配いらないが、君は二重の意味で驚くことになるだろう」

 少し先に影が揺らめいている。その影と来たら大きなものであった。五メートルはあるだろうか。ドラグナージークが進むので、カンソウも後に従った。

 カンソウは仰天した。竜がいる。二匹、いや二頭、どちらでもいい。赤いレッドドラゴンと、緑色のフォレストドラゴンであった。

「ドラグナージーク」

 竜の前で手を振る男と、竜に背を預けて腕組みする者がいた。

 前者がヴァンだと気付いた時には、後者がウィリーだと断定するまで時間はかからなかった。

「ヴァン、ウィリー」

 ドラグナージークは歩み寄り、カンソウも場違い感がありながらも連れて来られたので後に続いた。

 偉丈夫二人。元チャンプ達だ。そう思った瞬間、カンソウの胸の鼓動は早まった。六年前、いや、それ以前から彼らに憧れていた。

 ドラグナージークも含め、その三人がここに居る。

「行くのか?」

 ドラグナージークの問いに、ヴァンは頷いた。

「ああ、もう俺達は長い間楽しんだ。良い機会だから、退屈な竜傭兵に戻って故郷の平和を守ることにするさ」

 ヴァンの言葉にウィリーも頷いた。

 その瞬間、カンソウは慌てて声を上げていた。

「ちょっと待ってくれ! コロッセオから去るというのか!?」

 ヴァンが怪訝な顔をしたのでカンソウはもどかしくなり声を上げた。

「俺はコロッセオが始まってから、ずっとあんたらに憧れて来た。チャンプであるあなた方に挑めればと、それだけを思って戦ってきた! そのあなた方がいなくなるというのか!?」

「ああ。その通りだ。俺達はこう見えてスッキリしてるんだ。今更闘技戦士に戻る気も無い。本当に満足している」

「悔しくは無いのか?」

 新参者に負けて。とは、カンソウは言えなかった。

「後悔などしていないぞ、カンソウ」

 ウィリーが歩んで来て言った。岩盤のような身体つきをしている。憧れた身体であった。

「俺の名を?」

「たまに見ていた」

 途端にカンソウは抑えきれなくなり感激したのか別れを惜しんでいるのか自分でも分からない涙を流していた。

「行かないでくれ。あなた方ならもう一度チャンプを目指せる!」

 ヴァンが笑い声を上げた。

「ありがとよ、カンソウ。だが、もう決めたことだ。俺達は去り、闘技場は戦場みたいに混沌の日々を迎えるだろう。お前達で新しいコロッセオの歴史を作ってくれ。いずれにせよ、俺達はここまでで満足しているんだ」

 その時、いつまで待たせるんだとばかりに竜が鳴いた。高らかな笛のような声であった。

「じゃあな、カンソウ。コロッセオの歴史に名を刻む戦士となれ」

 ヴァンとウィリーは背を向けると、それぞれの竜の上に立ち、手綱を掴んだ。

「ドラグナージーク、お前もあんまり家族を泣かせるなよ」

「分かってるさ」

 ドラグナージークは手を掲げて答えた。

 竜の大きな翼が風を孕み羽ばたき始める。ヴァンもウィリーももうこちらを見なかった。

 そうして重たい羽音を響かせ、影となり虚空へと消えて行ったのであった。本当に未練が無いことを思い知り、カンソウは軽く落胆していた。

「ヴァンの言う通りだ。カンソウ、君らでコロッセオの新しい歴史を作るんだ」

 ドラグナージークの言葉にカンソウは涙を払って頷いたのであった。

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