「チャンプ交代」
歓声が聴こえた様な気がした。
気付けば、石壁の中にある医務室の寝台の上に仰臥していた。
隣で忙しい声がする。
医務室は広く寝台がたくさん並んでいたが、そのうちの九個まで人だかりができていた。
鈍色卿、強いが、勝てない相手では無かった。だが、九人の戦士が横たわり、その内、一人は酷いケガを負っているようだ。老医者と看護師らが慌ただしく手当てにあたっている。
カンソウはふと、思い出した。俺を入れて十人の戦士がここにいる。鈍色卿はチャンプ戦まで行ったということだろうか。
ヴァンかウィリー、どちらかが敗れる可能性はあるだろうか。
しかし、それならそれで良い。強い者が勝つ。それがコロッセオという世界なのだから。だが、自分に正直に思えば、ヴァンやウィリーは長く憧れ、目標としてきた人物達であった。残っていて欲しい。
「カンソウさん」
そう言いながらドラグナージークに手を借り、ドラグフォージーこと、シンヴレス皇子が歩んで来た。
「これは殿下。いや、フォージー殿」
「今回は手酷くやられてしまいました」
シンヴレス皇子は甲冑の腹部の大きく拉げた部分を示した。
なるほど、これは時代が変わったかもしれないな。
その時、医務室の扉が勢いよく開かれ、ゲイルが息せき切って飛び込んで来た。
「ヴァンがやられた」
療養中の午前の戦士達がどよめく。
「そうか。また一つの時代が終わったのかもしれない」
ドラグナージークが言った。
ルドルフが調子に乗るだろうな。カンソウはただそれだけを思った。ヴァンとて、負ける時は負ける。むしろ、今の今まで、カンソウが居なかった空白の六年もの間、よくチャンプに居座っていられたものだとも思った。
「フォージー、一人で帰れるか?」
「はい、叔父上」
「俺は少し出て来る」
十中八九、凌ぎを削って来た好敵手、ヴァンとウィリーに会いに行ったのだろう。今後、彼らはどうするのだろうか。午後の一戦士として再びチャンプ目指してコロッセオに出るのだろうか。
「師匠、午後の試合だけど見たい?」
「いいや、今日はいい」
「何故だい? ウォーさん達がチャンプの座を掴むかもしれない」
期待する様子の弟子に、カンソウは思わず、苦言を呈した。
「ゲイル、いつぞや、吐いたセリフを忘れたか? ここでは強い者が勝つのだ。誰かに肩入れしてつまらぬ望みを託すぐらいなら、修練に精を出せ」
「悪かったよ」
ゲイルがバツが悪そうに言った。
「だが、その前に、ドラグフォージー殿をお送りしなくては」
未来の皇帝をたった一人で帰すわけにはいかない。おそらく、ドラグナージークも、カンソウを護衛役として当てにしての行動だったのだと思う。
「ありがとうございます。ヒルダの屋敷までで良いですので、そこからは護衛を変えて城へと戻ります」
「城?」
ドラグフォージーの正体を知らないゲイルが首を傾げるが、カンソウは聴かなかったことにした。友達ならば、何かのきっかけで気付くことになるだろう。華やかな世界を知らない純朴なゲイルが可愛く思えた。




