「鈍色卿との戦い」
程なくして鉄が石畳を踏み終える音を出し、次の相手が歩んで来た。
ルドルフと仮面騎士、いや鈍色卿であった。
「これはついてる!」
ルドルフが歓喜していた。
「鈍色卿、今日の相手はガキじゃない。弱い方だ」
鈍色卿は黙ってこちらを注視していた。雲の隙間から差し込む陽光が鈍色卿の名前の所以通り、鈍く鎧兜を輝かせる。
カンソウは一度この相手に敗れていた。ゲイルやシンヴレス皇子のように互角へもって行けるのか。軽く不安を覚えたが、思い直した。意地を見せつけてやれば良い。
「師匠、頑張れ!」
「鈍色卿、そんな奴、また捻り潰してやってくだせぇ!」
セコンドがそれぞれを応援する。
「両者準備はよろしいか?」
主審が二人を見る。
六メートルの間合いの向こうで鈍色卿が頷いた。
「では、第二試合、カンソウ対、挑戦者鈍色卿、始め!」
膂力では勝てない。
いや、チャンプに挑む者が何を弱気な、行くぞ、カンソウ!
カンソウは無造作に間合いを詰め、剣を下へ下げている、黒マント目指して突進した。
「でやあっ!」
カンソウの咆哮の一刀両断を鈍色卿は同じく両手持ちの剣で受け止め、弾くとカンソウの横合いから斬り付けて来た。
カンソウはこれを剣を戻して危ういところを防いだつもりだが、鈍色卿の剣は止まることを知らない。
下段へ叩き込まれかと思うと上半身を狙い、一方的な鉄の激しい音色が木霊した。
意地を見せねば。
右へ左へ、上へ下へ、時には斜めへ、敵の瞬刃を追い、受け止めながら、考えを巡らす。
そんな時、カンソウは卑怯な手を思いついたが、おおよそ、外道の弱者、つまりルドルフ程度が使いそうなアホな手段だったので、口をつぐんだ。
どうにかできないか?
カンソウは相変わらず防御に剣を回しながら思案する。
だが、堅い防御が功を奏したらしく、鈍色卿は大振りの一撃をぶつけようとしてきた。
カンソウの左手が思ってもいなかったのに動いた。
振り下ろされた剣など意に返すことなく、夢中で手を伸ばし鈍色卿の手を取ると、身体を引き寄せ、バイザー目掛けて肘打ちを仕掛けた。
鈍色卿は不意のことに手を止め、一瞬茫然としていた。
カンソウはガントレットの拳を更に顎下にぶつけ、足払いを仕掛けた。
いとも容易く、あの鈍色卿が地面に倒れた。
歓声が上がるがカンソウは一つ実感したことがある。鈍色卿は箱入りの剣豪なのだろう。不意の事態に全く反応できない。拳で殴られた経験が無いのかもしれない。
これが泥臭い傭兵だった男の戦い方だ!
カンソウは剣を逆手に持ち、転がった鈍色卿目掛けて振り下ろしたが、さすがは剣豪、倒れながらも力強い薙ぎ払いでカンソウの剣を弾いた。
「先生! 何やってるんですか!」
セコンドのルドルフが思わずと言った様子で鈍色卿を責めた。
鈍色卿はカンソウの追い打ちを立ち上がりながら全て片手で握った剣で捌いて完全に地面の上に立って見せた。
やはり、侮れん。
カンソウと鈍色卿は再び向かい合うが、今度は鈍色卿の方から仕掛けて来た。
黒いマントのせいだろうか、残像が見えた様な気がした。鈍色卿はすぐ眼前で剣を突き出て来た。
カンソウは避けて、迫る鈍色卿の顔面を殴りつけた。
「ぐっ」
鈍色卿が呻く。そのまま腹目掛けて蹴ると、鈍色卿は脆くも押された。
「先生!」
「良いぞ、師匠!」
カンソウは追撃に移ろうとしたが、鈍色卿は体勢を立て直し、剣を右へ左へ振るって、そして両手で握り、大上段に剣を振り上げた。
厚い風を孕むかと思ったが、聴こえたのは凄まじく鋭い風の音色であった。
カンソウはそれを避け、剣を下段から振り上げた。
阻んだ鈍色卿の剣と激しく衝突し、両者はそのまま競り合いに入った。だが、長くは続かなかった。
カンソウも鈍色卿も揃って剣を離し、更に打ち合った。
これでは決め手が見つからない。
「時間は!?」
カンソウが鈍色卿から目を放さずに問うと、ゲイルが答えた。
「一分!」
もう、そんなに時間が……。カンソウは驚くと共に、鈍色卿の剣を受け止め、ここで深く踏み込んで、肘打ちを顔面に見舞った。
俺ならできるか、フレデリック!?
カンソウはそのまま背中を回し、相手の腕を取って背負い投げにして見せた。
甲冑越しに地面に強かに背をぶつけた鈍色卿はそれでもすぐに立ち上がった。
そして一気にカンソウへ突撃すると突きを見舞った。
カンソウは避けた。その隣を鈍色卿はそのまま通過する。
気付いた時には遅かった。
鈍色卿の剣が大上段に振り上げられ、慌てて振り返り剣を掲げたが、勢いに乗った鈍色卿の剣はカンソウの剣を圧し折り、兜に凄まじい衝撃を与えた。
「ぐぬっ」
カンソウは耳鳴りと視界が揺らぐのを感じた。
ああ、負けた。勝てない相手では無かったのに。セーデルクが剣の消耗が激しいから気をつけろと言ったことを思い出す。
仕方あるまい、相手の剣を避けるのはなかなかに難しかった。
勝利宣言がされたらしいが、カンソウは地面に剣を突き刺し、身体を預け、眩暈が収まるのを待っていた。
「担架が必要か?」
主審の問いが耳に入った瞬間、カンソウは思い切り背中を蹴られ、無様に地面に倒れた。
「早く出て行けよ、弱者。今日はここにオメェの居場所は無い」
ルドルフの声がした。意外とまともなことを言う。
「師匠」
ゲイルが肩を貸し、カンソウは未だに視界が明滅するのを感じながら、試合場を後にした。




