「二人の誇り」
セーデルクが勇ましい声を上げ、厳めしい面構えを必死の形相に変える。それだけで迫力はあった。
しかし、カンソウは臆したわけでもなく、突っ込んで来るセーデルクに備えた。剣を身体の前に出し、防御と反撃、あるいは回避の姿勢である。だが、回避だけの考えは無くなった。
「カンソウ! 俺の一撃を思い知れ!」
セーデルクの頭上で掲げられる誇り高き一刀を見てカンソウは逃げに転じるのは止めた。
「受けて立つぞ、セーデルク!」
両者の大剣が激突した。凄まじく鉄は鳴り響き、火花が散ったのをカンソウは見た。
「セーデルク、これほどか!」
「勝つのは俺だ、カンソウ!」
剣は鋭い風の音と衝突の音を轟かせ、幾重にも火花を散らせた。カンソウも勿論、応戦していたが、ここで勢い込んで打ち掛かって来たセーデルクの息が途切れた。
「隙あり!」
カンソウは足払いを掛けた。
「つあっと!?」
セーデルクは慌てて跳んで避けた。そして剣を構え直しながら少々乱れた呼吸を挟んで言った。
「この試合に勝った方がチャンプへの道を歩める」
「順調ならな」
「何を弱気なこと言ってるんだ! どうした、弟子の前で情けないことを言って見ろ今日からカンソウ、お前を腰抜けと呼ぶぞ!」
セーデルクの目は勝ちに飢え、ギラギラしていた。
「それは困る。セーデルク、行くぞ!」
今度はカンソウが吼える番であった。大剣を引っ提げ、くるりと回して左手でも柄を握り締め、上段から渾身の一撃を振り下ろした。
鈍ら刃の破片が散った。痺れが身体を走り抜ける。セーデルクが打ち返してきたのだ。さすがは午後の戦士。
両者ともに刃を引いてはぶつけあった。そこに剣術は無かった。ただ打ち鳴らす音色に耳を澄ませ、瞬時に明滅する火花を見て感動するだけであった。だが、この無用な打ち合いに終わりを求めたのはカンソウの方だった。
セーデルクの剣を避け、ガントレットの裏拳を側頭部に叩き込んだ。セーデルクの黒い兜がシンバルの様に鳴り響いた。
カンソウはそのまま、身を低くし、体当たりをぶつけた。
よろめくセーデルクに締めの突きを放つ。
しかし、セーデルクも根性を見せた。カンソウの突き出した刀身を脇で挟むと、こちらも鉄のガントレットで殴りつけて来た。今度はカンソウの兜が悲鳴を上げた。
「おらあっ!」
セーデルクが間髪入れずもう一撃拳を叩き込もうとする。
カンソウはそれを避け、この隙に剣の自由を取り戻すと、セーデルクも少し間合いを離して体の前に剣を構えた。セーデルクの目はまだまだギラギラとしていた。
「師匠! あと、三分!」
ゲイルの声が耳に入り、今度こそ本当に締めに入らねばならないと思った。
「セーデルク、打ち合い、殴り合うだけで終わりではあるまいな?」
「当たり前だ、勝ってこそのコロッセオだ!」
「それを聴いて安心したぞ、勝ち上がるのはどちらか、決定付けようではないか」
「望むところ!」
セーデルクの眼光が見開かれ、カンソウは地を蹴った。剣を横に流し、一方のセーデルクは剣を縦に振り上げて動くつもりも見せずに待ち受けていた。
「喰らえ!」
「ダアアリャッ!」
カンソウの横薙ぎとセーデルクの一刀両断が、計算されたようにぶつかり合い、観客達が静まり返った。
そこから、両者は息を乱れさせながら斬り付け始めた。木剣であった頃で言う乱打戦であった。鉄の音色と火花が支配する影の応酬であった。
「カンソウ! こいつを喰らえ!」
セーデルクが打ち合いを避けるように、軸足を回して薙ぎ払ってきた。
カンソウは危うく兜を打たれるところを剣を戻して間一髪受け止めた。
手はもう痺れに痺れ、感覚が失われていた。だからこそ、いつも以上に固く柄を握り締めている。
「ハアッ!」
カンソウはセーデルクの剣を押し返し、斬り付けるが、軸足を支点にしたセーデルクがくるりと戻り、剣で打ち払った。
セーデルクが切っ先を向けて踏み込んで来た。
カンソウは剣を戻す。辛うじて縦の一撃目を受け止めたが、セーデルクの間合いがあまりにも近過ぎ、後方へよろめいた。
そこへ足払いを仕掛けられ、カンソウは背中から倒れる。
切っ先が心臓へ振り下ろされるが、転がって避け、立ち上がる。セーデルクは明らかに呼吸の乱れが激しかった。カンソウも荒い息を整え、下段に構えて突撃した。
「セーデルク、終わりだ!」
セーデルクが剣を繰り出すが、カンソウはこれを跳ね上げた。
セーデルクの手から剣がすっぽ抜け、宙を舞った。
「何」
セーデルクの目が頭上の剣を向いた瞬間、勝敗は決した。カンソウは容赦無く突きをぶつけたのだ。
セーデルクは鎧の突かれた箇所に右手をやり、信じられないとばかりに茫然自失していた。
上空からセーデルクの剣が地面に落ちて二回弾んだところで、審判が宣言した。
「勝者、カンソウ!」
観客から勝利を歓迎する声が聴こえた。
「やれやれ、負けちまったか」
セーデルクは剣を拾い上げて、深く溜息を吐いて、こちらを見た。そしてニコリと笑った。
「カンソウお前の勝ちだ。弟子に良いところを見せられて良かったな」
「セーデルク、良い戦いだった。初戦から目が覚めた気分だ」
セーデルクは自らの剣を上から下まで見詰めた。陽光が刀身を煌めかせた。
「剣の消耗が激しい。油断はするな」
「ああ」
「あばよ」
セーデルクはそう言うとカンソウに背を向けた。ゲントが無言で続く。カンソウはその背が消えるまで見送っていたのであった。




