「師対決」
ルドルフのことは話さなかったが、ゲイルは抗議していた。実は剣を買い求める途中でガザシーと一緒に選びたくなり、彼女が試合を観に来ていると吐いた嘘がバレたのだ。
「悪かった、ゲイル。だが、ああでも言わなければお前の魂に火が入ることも無かった。ガザシーは不死鳥だな」
「誤魔化したって無駄だよ! おかげでガザシーさんの前で恥を掻いちゃったじゃないか」
「分かった。金をやる。まだ投擲用の武器を買っていないのだろう?」
「まぁね、クレイモアー一本買えばそれなりに財布には響くよ。しかも鍛冶屋で刃引きの代金まで払わなきゃならないし」
カンソウはルドルフから取り戻した財布から金貨を一枚出し、ゲイルに向かって指で弾いた。
「それで上等なダガーナイフでも買え。短剣ならヒルダやガザシーも詳しいだろう。意見を聴くのも手だぞ」
「だったらガザシーさんを誘ってみるよ」
本当にガザシーが好きなのか。顔に目立つ傷はあるが確かに綺麗ではある。だが、不愛想だ。どこが良いのだろうか。ふと、脳裏にジェーンの姿が過った。
この年で俺もか。ゲイルのことは言えぬな。
闘技場は殺気立っていた。ルドルフと仮面騎士こと鈍色卿の台頭を恐れ、快く思っていない頭の固い観客達や選手までいる。強ければ勝つだけだ。それがコロッセオだと気付くのは鈍色卿がヴァンとウィリーを下した時に決まるだろう。それは案外今日かもしれない。
カンソウはジェーンに案内されて控室にいた。カンソウは弟子に自分の靴の点検を頼むと、そっと折り畳んだ紙をジェーンに渡した。
カンソウは自分の唇の前に人差し指を立てジェーンは理解したように腰の袋に入れた。
カンソウは吹っ切れていた。自分でそう感じていた。今日、試合に出るのはゲイルでは無くこの自分である。ゲイルなら鈍色卿を止められたが、自分ならどうだろうか。観客が鈍色卿を望まないというなら要望に応えるのもあるいは闘技戦士の役目だとも思った。
「靴ばっちり」
「そうか」
扉が叩かれ、ジェーンの同僚が姿を見せた。
「出番よ」
そう言われ、カンソウとゲイルはジェーンの前を通り過ぎた。彼女には俺の思いを綴った。それで駄目なら仕方あるまい。
「師匠」
「何だ?」
薄暗い回廊を会場まで歩んで行く短い道のりの間であった。
「さっきの手紙なに?」
カンソウは苦笑し、弟子の頭をガントレットで撫でた。
「恋文だ」
「え?」
「入るぞ」
師弟は試合会場へと入場した。ゲイルの名を呼ぶ声が聴こえる。
既に四つの影が待ち受けている。
「ほぉ、カンソウが出るのか?」
セーデルクが黒い兜の下で不敵な笑みを浮かべた。
「そっちもお前が出るのか」
「ああ。ゲントの奴にも俺がどのぐらい強いのか見せつけて置かないと侮られるからな」
「ゲントはそんな奴じゃないよ」
ゲイルが応じた。
「弟子か。なるほど、この戦いは師匠対決ってやつだな。勝っても負けてもカッコのつく戦い方をみせてやろうじゃねぇか、なぁ、カンソウ」
「良いだろう」
気高き暴漢とも言われていたセーデルクがここまで柔軟に変わるとはな。ゲントという相棒の面倒を見ることになったからだろうか。
下がって行くゲイルと、重たい甲冑を鳴らすゲントを見て、カンソウは気合を入れ直した。
師の二人は向かい合った。どちらも両手持ちの剣である。
「では、第三回戦、セーデルク対、挑戦者カンソウ、始め!」
主審の宣言と共にカンソウは下段に剣を構え一気に駆け出した。




