「カンソウ対ルドルフ党」
あれほど激しい打ち合いを演じたので、ゲイルの剣は鍛冶屋へ修繕に出すことになった。現に刀身に幾つかの亀裂が入り、これ以上の試合は無理だっただろう。
「どうすれば良いと思う?」
仮面騎士、いや、鈍色卿と戦うことになれば、剣は毎回ボロボロであろう。カンソウは軽く思案し言った。
「仕方あるまい。機動力を削ぐ形にはなるが、もう一本、競技用の剣を持つと良い」
「分かった見て来るよ」
「ゲイル!」
駆け出す弟子にカンソウは呼び掛けた。カンソウは財布を出すと、ゲイルに投げ渡そうとした。だが、そうはならなかった。
「師匠、心配いらないよ、俺だって剣を買うぐらいの金は稼いでいたみたいだから」
「分かった。行け」
ゲイルは今度こそ走って雑踏の中に姿を消した。
その時だった。ヒョイと財布を掴まれた。気付いた時にはルドルフの振り返る様が見えた。カンソウが声を上げようとすると、ルドルフは器用に道行く人々にまぎれ、消えて行こうとしたが、慌てて追って来るカンソウの様子を見ながら距離を時折離す。貴族に雇われただけあり、ルドルフは身軽だがそこそこまともな姿をしていた。
誘っているな、どこへ誘う気だ?
財布を渡すわけにもいかず、カンソウは懸命に後を追った。
いつの間にか、人の姿は無く。丈の短い草の生い茂る郊外へ来ていた。
ここは見覚えのある場所だ。かつてフレデリックが寝泊まりし、それを地主に告げ口し、フレデリックの邪魔をした、今では嫌な記憶のある場所だ。
そこには数人の騎士風の姿をした者達が立っていた。
「カンソウ、ようこそ、復讐の場へ」
フレデリックが復讐するなら分かるが、ルドルフに恨まれる覚えなど無いはずだ。
甲冑姿に着替えた上品な小悪党が進み出て来た。
「おい、ルドルフさん、鈍色卿は子供に負けたんじゃなかったのか?」
騎士風の者は五人いる。勿論、鉄の甲冑を着こみ、それぞれ武器を提げていたのだが、それは競技用の剣では無く刃煌めく真剣であった。
「こいつはガキの師匠さ。痛めつけてやりゃ、ガキへの復讐にもなる。おまけに一人ではコロッセオには出られないルールだからな」
ルドルフが小悪党の本性を現したようにみすぼらしく笑うと、カンソウは呆れた。負けた腹いせに徒党を組んで報復するとは。だが、ルドルフらしいとも思った。
ルドルフがカンソウを指さした。
「おまけにこいつは雑魚だ。組んでるガキの方が強い」
「そうかなぁ?」
騎士の一人が尋ねた。
「そうなんだ! そら、畳んじまうぞ! カンソウ覚悟しろ!」
「ま、貴族にとって平民は馬糞以下だものな。たまにはつまらない殺しを経験するのも悪くは無い。そういうわけで、死んでもらうぞ、カンソウ」
五人の騎士達が刃を掲げて詰め寄って来る。
「フフフッ、怖いか、カンソウ?」
ルドルフが自信ありげに問う。カンソウは答えなかった。相手の実力はルドルフ以外未知数。しかも真剣で、殺すとまでも言っている。分が悪いのではないか? なら、どうする、逃げるか?
カンソウは右に提げた二種類の大剣の柄のいずれかを握ろうかと迷っていた。勝てば貴族の騎士を傷つけたとして問題になり、死刑。負ければ、斬られて死亡。
何だ、いずれにせよ、死ぬのか。さすがルドルフ、汚いな。
カンソウは柄を握り、べリエルで手に入れたツヴァイハンダーを抜いた。
刃の輝きに若干騎士たちが驚いたようだった。
止まるな、仕掛けて来い。先に手を出した方が負けだ。貴族の手下を殺して正当防衛が成立するかは分からんが、やる価値はある。
「いくぜ、どりゃー!」
騎士らが一斉に駆け出して来た。身に着けている物は分相応では無く過剰過ぎた。足が遅い。剣を振り上げる手も中途半端で鍛えられていない。
カンソウはツヴァイハンダー鞘に戻し、競技用のクレイモアーを一気に引き抜いた。
「おらあ!」
勢い勇んで駆けて来る。
そいつの力不足の薙ぎ払いをカンソウは受け止めずに頭上から鈍ら刃を叩きつけた。
相手の剣が圧し折れた。
二人目の突きを避け、腕で刃を挟むと、引っこ抜き、蹴倒した。奪った剣を捨て、三人目の不慣れな一刀両断を打ち返し、胸部に蹴りを入れて倒すと、勢いに気圧され、立ち止った四人目と五人目へ突撃し、頭上から鍛えに鍛えた熟練の薙ぎ払いでまとめて頭を打った。
炸裂した鉄の音が二つ鳴り響き、二人はあまりの衝撃に気を失い倒れてしまったようだ。
「ルドルフ、こいつ、強いんだけど?」
立ち上がった三人のうち、一人が言った。
「情けねぇ野郎どもだ! 俺が直々に相手になる!」
ルドルフはカッツバルケルを引き抜いて余裕の表情でカンソウと向かい合った。
「ルドルフ、財布を返せ」
「俺に勝って奪って見たらどうだ?」
左手にカンソウの財布を放っては戻し、ルドルフはニヤリと自信ありげな笑みを見せる。
「ならそうさせてもらうか。面倒ではあるが」
カンソウは一歩間合いを詰めた瞬間、一気に踏み込んだ。
剣はルドルフの剣とぶつかる前に鉄兜を強かに打った。
ルドルフが呻いて倒れる。
「仮面騎士の威光に隠れた小悪党どもが」
カンソウは残る騎士達を睨んで、剣を振って見せた。風を切る音は鈍ら刃でたいしたことはなかったが、腰抜け騎士達を怯えさせるには効果てきめんであった。
後ずさりする騎士達から目を放すと、小悪党ルドルフのガッチリ握った指を苦労してほどいて財布を手にした。
「金輪際、詰まらんことに俺を誘うな。ルドルフはこの程度の男だ。良いな?」
気絶から復活した者も合わせて睨みつけると、カンソウは小悪党の泡を吹いた顔を見て帰途へとついたのであった。




