「午前の部」
コロッセオに着くとカンソウは客席側の列に並び、ゲイルは選手側の受付へと分かれた。
ゲイルは受付嬢を口説こうとモタモタやっていたので、カンソウは列を飛び出して拳骨を見舞ってやりたかった。
やがて案内の女が出て来て、これまたゲイルは得意の口達者になったが、まだまだ成人女性を引き付ける程、大人でもないのであしらわれたようであった。
列が進み、カンソウは観覧席のチケットを買うと、階段を上がって行った。
既に大勢の客が向こう側にも見えた。
さっそく第一試合が行われる。知らない戦士同士の戦いであった。
勝ったのはゲントという片手用の長剣使いであった。戦いのレベルは低かったが、観客達は午前から満員御礼だ。誰かを待っている。そんな様子であった。
ゲントは二勝した。
ゲイルでも勝てないことは無い。カンソウはそう考察していた。
そのゲイルが次に入場口に姿を見せた。
両手持ちの木剣を引っ提げ、観客に愛想を振り撒いている。もう、人気者でいる気でいる。
カンソウは一人溜息を吐いた。
両者が間合い六メートルの位置に着いた。
審判が間に入った。客席が静まる。ゲイルがゲントに何事か言ったようだが、静寂の中でもよくは聴こえない。ゲントは全身甲冑で固め、どうやらバイザーを下した鉄兜をかぶっているらしい。陽光がゲントの身体の隅々まで煌めきを与えた。
「三回戦、ゲント対、挑戦者ゲイル、始め!」
審判の宣言と共に、ゲイルが真っ直ぐに駆け出す。
そのまま突きを見舞ったが、ゲントは剣を弾き上げ、ゲイルの横腹をすぐさま打とうした。カンソウは冷やりとしたが、ゲイルは危なげなく身を躱し、逆に打ち込んだ。
「怒羅アッ!」
ゲイルの雄叫びが木霊する。観客達が威勢の良い子供に興味を示した。
ゲイルは打ち込み続けた。ゲントは遊んでいるのだろうか。ゲイルの隙だらけの剣技を受け止め、後退を始める。
一見すればゲイルのペースだ。だが、そうではないような気がカンソウにはした。
夢中になって単調に打ち込み続けるゲイルはまだまだバテた様子はない。ゲイル程度の攻めにゲントは何故、反撃をしない。
その時だった。
素早い突きの一撃がゲイルの剣を掻い潜って顔を突こうとしていた。ゲイルはどうにか避ける。ゲントが一転しまるで見本を見せるように踏み込んで打ってきた。
ゲイルは追いつくのがやっとだ。カンソウは勝負の行方がもう分かってしまった。ゲントがどの程度なのかは分からないが、ゲイルよりは上だ。これは医務室まで迎えに行く羽目になるだろう。
そう諦めていたが、弟子は意地を見せた。ゲントの素早い打ち込みを避け、一気に後方へ跳び、剣を両手で握り締め、打ちかかった。
「怒羅アッ!」
ゲイルの速い踏み込みはゲントの懐への侵入を許した。
そして顔面を見事に打ったかと思いきや、前のめりに倒れた。ゲントが足払いを仕掛けたのだ。前転し、一度距離を取るゲイルにゲントは追撃を与えなかった。
ゲントもまた午前の部に相応しい弱点を持っているようだった。ゲントはほとんど動かない。いや、伊達で着飾った板金鎧が重いのだろう。
弟子の恰好は厚い布製の防具クロースである。動きを優先しているし、動くことだけがゲイルの強みでもある。
「どうした! 同じ、ゲが着くのにお前は臆病者か!?」
立ち上がったゲイルが挑発するが、ゲントは動かない。いや、動いた。だが、そのグリーブに覆われた足はまるで遅かった。
「のろま! 俺の勝ちだ!」
ゲイルが駆け出す。両者の剣が突き出される。
だが、ゲントは立ち止まり、ゲイルの剣を避け、足の止まらないゲイルの胴へ横薙ぎの一撃を叩き込んだ。
鈍い音がし、ゲイルが倒れた。
「勝者、ゲント!」
観客達が称賛の声を上げる一方で、ゲイルは惨めにも担架へ乗せられていた。
カンソウは溜息を吐き、席を立ったのであった。