「休業と一部ルール改正」
昨日ああは言ったものの、やはり仮面騎士を打ち負かしてやりたい気持ちはカンソウにはあった。だが、遠目だがコロッセオの様子がおかしい。大勢の人々が詰め掛け何事か話していた。
はて、今日はコンサートでも開かれるのか?
コロッセオでは時折、コンサートが開催されることもあった。だが、人々は次々我先にと駆け出して行った。
ただ事ではない。急いで見に行く必要がある。
「行くぞ」
カンソウはゲイルと共に駆け出し、様々な闘技戦士達とすれ違った。
そこで初めてドラゴンオーブという声を拡張できる石で大きくなった説明の言葉が耳に入って来た。
「コロッセオは五日間の休業に入ります!」
シンヴレス皇子が、兵士達に守られながら声を上げていた。
新たな層がどよめく。カンソウらもここであった。
「その間に参加される皆さんには鉄製の武器を御用意していただきます。刃引きしたそれを今度から試合に使用することになります。急な手続きとなりますが何分ご理解の程をお願いします。くれぐれも刃引きを忘れないようにして下さい。刃引きの作業は各鍛冶屋にて行われます」
選手達は歓声を上げて再び我先にと場を後にする。新たな人々の層が押し寄せる前にカンソウとゲイルも離れた。
カンソウはまずはびっくりしていた。コロッセオがついに木剣から鉄の武具へと仕様を変えた。
「師匠」
ゲイルが嬉しそうな顔をしていた。
「ああ」
カンソウも自然と笑みが出た。だが、腰に提げている得物を刃引きするつもりはない。またゲイルの武器もそうだ。そういうわけで新たに武器屋から購入する必要があった。
だが、大きく出遅れた。
全くその通りで、町内の武具屋にはどこも行列が出来ていた。
上手く目当ての物を購入できた者はホクホク顔で鍛冶屋へと駆けて行った。
途方もない列を見ていると、喧騒の中、女性に声を掛けられた。
それはヒルダであった。腰や腕に鞘を括り付け、投擲用と思われる鉄製の短剣が収まっていた。
「ヒルダ姉ちゃん!」
ゲイルが言うとヒルダは唇に人差し指を当てて、二人を誘った。
比較的人の少ないところへ来るとヒルダは振り返った。
「この人だかりではもうお二人のお目手当の剣は売れてしまったと思われます」
「ああ、確かに。だが、並ばなければ話にはならない」
カンソウはヒルダが自分だけ一足先に装備を整えたことを自慢するために呼んだわけでは無いとは思っていたが、彼女が何を考えて自分達を誘ったのかが分からなかった。
厩舎が近く、馬をレンタルし、ここでの購入を諦め帝都まで向かう者達もたくさんいた。このままでは本当に出遅れてしまう。
「特別にお城の備蓄庫から武器を買うのはどうですか?」
「何だって?」
カンソウにとって、いや、一般の民にとってそれは驚くほどの提案だった。
「良いの!?」
ゲイルが目を輝かせる。
「ええ」
「やったね、師匠!」
弟子が振り返るが、カンソウの胸中は複雑だった。これはいわゆるズルではないだろうか。だがそんな彼の懸念をヒルダの言葉が払拭した。
「皇帝陛下も皇子の頼みで備蓄庫の武器を売りに出すおつもりです。お二人にはその前に選んでくださればと思い、声を掛けました」
「しかしだな」
カンソウはやはりズルだと思った。どの道、城の備蓄庫が解放されるのなら、その時に他の者達と平等に購入に走れば良いのではないか。
「行こうぜ、師匠!」
弟子は行く気満々であり、カンソウも自分の納得のできる武器が手に入る可能性を考え、ついに頷いた。
「では、案内します」
「ちょっと待ってくれ!」
カンソウはヒルダの背に声を掛けた。
「ガザシーは良いとして、他の顔見知りの連中にも融通してはくれないか?」
デズーカ、ディアス、フォーブス、デ・フォレスト、セーデルクにゲント。彼らも無事に武器を手に入れられたのか分からない。いや、あの人だかりだ、難儀しているだろう。
「分かりました、その皆さんを手分けして探し出しましょう」
ヒルダが、頷き、カンソウはゲイルに知り合いの名前を次々教え、探してくるように言った。
ふと、カンソウの脳裏を一人の男の顔が過った。
「フレデリックは?」
「既に声を掛けてあります。今頃は帝都の鍛冶屋で刃引き作業を頼んでいる頃でしょう」
「なら良かった。では、少し待っていてくれ」
カンソウも急いで元来た方角へと身体を向け、知り合い達を呼び集めに駆け出した。




