「合同修練」
こういうことになるとすれば、ヒルダかデズーカだと思っていた。だが、カンソウの泊る宿の裏手ではデ・フォレストとセーデルクが、フォーブスとゲイルがそれぞれ手合わせしていた。
唯一の午後の戦士セーデルクの容赦ない教えが未熟なデ・フォレストを攻め立てる。フォーブスはゲイルに格闘技のレスラーの技を教えてくれていた。一方、カンソウは無言の鎧の士ゲントと剣を交え、ゲントの膂力に鼓舞される一方、相手のまだ未熟な部分を衝いていた。
コロッセオの医務室から宿に帰還すると、裏手がやけに騒がしく、そこでこの四人がカンソウ師弟の帰りを待ちながら修練を積んでいるところに出会ったのであった。
ゲントは無言、セーデルクは決まり悪く、デ・フォレストはそっぽを向き、代表してフォーブスが言った。
「いつも同じ人間と組み手をしていては、自然と弱点が分かる。ならば、弱点が分からない相手と手合わせし、新たな発見を得ようと思ったのだ」
いざ、修練が始まると、全員が本気で技量を高めようと必死になっていた。ゲイルの言葉が胸に響いたらしい。新たな魂を燃やし、掛け声は幾つも上がった。
こういうのも悪くは無い。いや、むしろ好ましい。カンソウは彼らの心意気が嬉しかった。
「ゲント、下段だなやはり。反応が遅い」
カンソウは彼の相手に向かって指摘した。ゲントは頷いたりもせず、剣を構えて了解した。
カンソウは下段に剣を入れて、ゲントの守備の練習に当たった。
指導に当たっているのはカンソウ、フォーブス、セーデルクだ。ある意味では当然なのかもしれない。それぞれが年長者だ。ゲントの年齢は分からないが、若いだろう。
飛び交う声が賑やかで心地よかった。
セーデルクの叱咤が飛び、デ・フォレストが自分に苛立ったように返事をする。フォーブスがゲイルを抱えて投げ技を教えていた。
「一つ言っておくぜ」
汗を拭いセーデルクが言った。全員が注目した。
「俺達は団結したわけでは無い。スパークだろうが、あの仮面騎士であろうが、徒党を組んで、共に奴らを憎もうというわけじゃない。チャンプが奴らになろうが、誰になろうが、挑戦すること、それが俺達闘技戦士だ」
一同は頷いた。
「そもそも今の今までヴァン達をチャンプの象徴にしちまったのが間違いの始まりなんだ。観客まで妙な団結力を発揮している。新参者が勝ち上がるのを良しとせず、古参の者が勝つのが当然としている。それが間違いだ。だから、どんどん負けよう。強者に威勢よく全力で立ち向かって負ければ良いんだ。負けることは恥ではない」
セーデルクが唯一の午後の戦士らしい言葉を述べると、全くその通りだというように一同は頷き合っていた。
「あんたの言う通りだ。闘技場は新しい挑戦者を歓迎する」
デ・フォレストが言った。
セーデルクに、デ・フォレスト、比較的カンソウに心を開いていなかった人物達の変わりようにカンソウは感心していた。
修練が終わると、飲みに行こうかとは誰も言わなかった。親睦を深めたいわけで合同で修練に励んでいたわけではない。カンソウも他の誰もがそう思っている様子だった。
食事処、竜の糞でカンソウとゲイルは晩飯を食べていた。
「何か、みんな、一気に変わっちゃったね」
ゲイルが言った。
「良い方向に変わったのだ。本来の闘技戦士の心得を取り戻した。俺も同じく目が覚めた。お前の方が早かったようだが。さすがはスパークを破っただけのことはある」
「スパーク達もまた来てくれれば、大番狂わせでお客は混乱するだろうなぁ」
ゲイルが嬉しそうに言った。
「そうだな」
それも楽しそうだとカンソウも思った。
師弟は食事を済ませると、宿へ戻った。明日の試合はゲイルが出るが、あの仮面騎士がルドルフに合わせて午前に来てくれることを自然と願っていた。ドラグナージ―クが世代交代を口にした。チャンプ候補の一人で、話によればヴァンとウィリー、ドラグナージークが凌ぎを削ってチャンプになったりならなかったりしていたらしい。彼らが負けるならそれは仕方が無いことだ。だが、カンソウはチャンプを降りても永遠に彼らに憧れるだろうと思った。三人は闘技戦士達の伝説であり夢であったからだ。
「世代交代大いに結構。その役目を誰がやるかであり、誰かがやられねばならないのだ」
カンソウは自室でそう述べ、蠟燭の火を消したのであった。




