「危惧と再燃」
女騎士はカーラを連れて部屋を後にした。
大人の男達はゲント以外、苦い思いをしていた。
ルドルフが居る。あいつは午前か午後かと問われれば当たり前の用に午前の戦士だ。その中でも最弱である。そんなルドルフに合わせて仮面騎士はこれからも午前の部に出場するのだろうか。
口火を切ったのはデ・フォレストであった。
「あんなのに勝てるかよ。ドラグフォージーもそうだ、二人とも午後に行けばいいんだ」
嘆くような声にセーデルクが応じた。
「あれは午後の中核でも厳しいぜ。さっきの年増ババアのカーラや、ウォー・タイグンでも厳しいだろうさ」
「セーデルク、あんたも午後の戦士だろう? いい加減古巣に帰ったらどうだ」
デ・フォレストが矛先を変えると、セーデルクは声を荒げて、ゲントを顎で指した。
「こいつが弱い内には午後には戻れねぇよ」
「その理屈が通るならば……」
フォーブスが重々しく口を開く。
「仮面騎士もルドルフの技量に合わせてくるだろう」
「確かにな」
カンソウも頷いた。顔馴染みとなった午前クラスの大人たちは一人次の試合を傍観しているゲントを除いて、頭を抱えていた。
「セーデルク、お前なら止められるか?」
「な、何だと?」
フォーブスの問いにいつも意気揚々としているセーデルクがたじろいだ。
「そうだぜ、あんた、午後の戦士だろう?」
デ・フォレストが言った。セーデルクでも厳しいだろう。それにどの道、仮面騎士と引き分けたドラグフォージーが残留している。勝ち上がるのはいずれにせよ一苦労であった。この引き分けと言う結果こそが救いなのでは無いだろうか。強者二人が共に落ち、あとはほぼ同等な午前の戦士達を倒して行けば、チャンプ戦へと挑める。
だが、カンソウはそれを口に出さなかったことに安堵していた。程なくしてゲイルの一喝が轟いたからだ。
「何だいあんたら、そんな弱腰でよく闘技戦士が務まるな」
子供に言われ、カンソウも弱気の心に埋もれていた己の頭を上げた。
「俺もフォージーを応援してたけれど、それはフォージーが戦友だからだ。あんたらみたいに老害みたくヴァン達を神聖視して、チャンプの座を突飛出の戦士に掻っ攫われるのを恐れてじゃない」
「何だと!」
「俺達がヴァン達を神聖視しているだと?」
デ・フォレストとセーデルクが声を上げた。
「客も客だ。均衡っていうのか、それが破られるのを恐れて、みんな、馴染み深いドラグナージークの甥のフォージーを応援していた。強い奴と戦う気概が無いなら、闘技戦士何て辞めちまえば良い!」
ゲイルはそう言うと、入り口の扉を開いて出て行った。残った大人達はゲント以外、カンソウも含めて惨めな思いをしていた。
「そうだ、強者に挑めることこそ喜び」
カンソウが言うと、フォーブスが頷いた。
「ちっ、確かにな。悔しいが忘れてたぜ。おい、ゲント、もう見どころのある試合は終わった。引き上げるぞ。……カンソウ、お前は良い弟子を持ったな」
セーデルクが、あの高慢でやり過ぎる嫌いのあるセーデルクが最後にそう言ったことが信じられなかった。ゲントが椅子から立ち上がり、二人は出て行った。
「あのクソガキの言う通りだ。小遣いを稼ぐために闘技戦士になったわけじゃねぇ」
デ・フォレストもまたこんな顔が出来るのかと言わんばかりの真面目な表情で言った。
「行くぞ、フォーブス。特訓に付き合え」
「ああ」
デ・フォレスト、フォーブス組も特別室を後にする。
信じられん。ゲイルの、少年の言葉が闘技戦士達の魂に灼熱の炎を灯したのだ。
しかし、カンソウの心だけは動かなかった。何故だろうか、実際剣を交えて敗北したからだろうか。その通りなのだ、知っているのだ。並大抵の努力や研鑽ではあの仮面騎士を真正面から相手にして勝ちを納めることなど、ここに居残っていた男達には無理なのだ。
何てことだ、何故、よりによって、俺が弱気にならなければならないんだ。俺は闘技戦士であることを誇りに思っているが、この弱気の心がそれを自ら汚している。
しっかりしろ、自分で自分に喝を入れられないでどうする。
弱気な心は相変わらずであった。
一人特別室に居残っていることも忘れていた。試合は進んでる。進み、頓挫し、また進む。挑戦者の数だけ試合は進む。
ふと、気付いた。自分は自分のことを特別視しているのでは無いだろうか。腕力が追い付かない、相手の速度に合わせられない。先ほど思っていた、鍛練も研鑽も無駄だろうという思いがその証拠に思えた。
何を悟りきっている。やってみなければ分からないでは無いか。カンソウはようやく己に喝を入れることができた。そしてデズーカとヒルダが居ると思われる医務室へと向かったのであった。




