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「師弟の朝」

 一番鶏が鳴く頃、カンソウは目を覚ました。

 弟子はまだまだ夢の中だ。カンソウは彼を起こさず、片手で苦労して剣帯を装着し、夜勤の宿の者に見送られて外へと出た。

 宿場町はまだまだ静まり返っている。と、思えば、ランニングに精を出す軽装の若者が目の前を過ぎて行った。

 フレデリックも起きている頃だろう。そういえば、彼が妻を娶ったか、訊くのを忘れていた。フレデリックはまだ若い。それだけでも少々焦りを感じる。この焦りの正体を冷静に暴いてゆくと、一つの答えが出た。

 俺はやはり闘技戦士に復帰したいのだ。どこまで無様でも笑い者にされても剣を握り、打ち合いたいのだ。

 一つ思い出す。べリエル王国領土で出会った、老衰で死にそうな医者だ。腕を切り開いて腱と腱を繋ぎ合わせるなどと言っていた。実際、そんなことができるのだろうか。半信半疑が胸の奥で希望に変わる瞬間にそれを見越したようにゲイルが出てきた。

「師匠、おはよう」

「まだ眠っていても良いのだぞ? それとも今日の闘技に臆病風にでも吹かれたか?」

「誰が臆病だよ。慣れないベッドだから起きただけだよ」

 ゲイルは背中に掛けた両手持ちの剣を引き抜いて、宿の裏手へ回って行った。

「あまり騒ぐなよ。まだ朝も早い」

「分かった」

 弟子は素直に応じ、やがて剣を振るう風の音色が聴こえてきた。まだまだ鋭利さとは程遠い音であった。

 カンソウは片手剣の柄に手を掛け、引き抜こうとしたが止めた。カンソウよ、希望など持つな、お前の希望は既に弟子に託されていたのではないか? 自分で問い、カンソウは裏手へ歩んで行った。

 ゲイルが声を上げないように歯を食い縛って素振りをしていた。上から下へ、以前よりは綺麗な軌道であった。だが、まだ剣の重さに振り回されている。

「もっと足で踏ん張れ」

「分かってる」

 カンソウはゲイルの様子を見ていた。

「師匠」

 剣を薙ぎ払いながらゲイルが名を呼んだ。

「師匠は昨日みたいに剣を振らないのかい?」

「振ってどうなるというのだ?」

 カンソウは思わず動揺して尋ね返した。

「随分、楽しそうな師匠を見たのは初めてだったから」

 カンソウは何も言えなかった。

「ま、師匠の分も俺が勝ち上れば良いだけの話だ。期待していてくれよな」

 ゲイルは防御の姿勢を繰り返しながらそう言った。

 カンソウは自分に言い聞かせた。そうだ、俺の意志を引き継いだ弟子が居る。俺はこいつに懸けていたのだ。

 闘技戦士復帰へ悩んでいた心をカンソウは無理やり封じた。

 腕を切り開いて腱を繋ぎ合わせるだと。馬鹿らしい。治るものか。

 そろそろ宿場町が朝の色へ染まり始める。カンソウはゲイルに終わりを呼び掛けて朝から開いている食堂を探しに二人で並んで出向いたのであった。

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