「ロートル対ロートル」
次なる相手が入場してきた。カンソウは既に多少の疲労を覚えていたが、午後の戦士セーデルクを破ったことに歓喜していた。
「何だ、今日は小僧じゃなくて年寄りが相手か?」
挑発するようにデ・フォレストが言った。毒々しい七色の髪をしている。片手に鉄兜を持っていたことから相手になるのかと思いきや、進み出て来たのはフォーブスであった。
「デフォ、セコンドを頼むぞ」
フォーブスはそう言って両手持ちの剣ではなく、得物は鈍器であった。勿論木でできているが、長さはロングソードほどあった。これを圧し折るのは並大抵のことではない。厚みが無い剣では逆に圧し折られてしまうだろう。
「考えたな」
カンソウは思わず言った。
「剣が駄目なら違うものに変えるだけだ」
フォーブスはどこか憂いのある目を向けて言った。
審判がセコンドを下がらせる。デ・フォレスト、ゲイルがそれぞれの相棒の名を呼び声援を送る。
カンソウとフォーブスが位置に着いたところで、審判が右手を掲げた。
「第二試合、カンソウ対、挑戦者フォーブス、始め!」
あれとの打ち合いはなるべく避けたいが、余力と剣のことを考える余裕など無いか。勝たなければ意味が無い。今の俺に大事なことは全力でどこまで届くのかを見届けることだ。
フォーブスとカンソウは互いに少しずつ間合いを詰めていた。
仕掛ける!
三メートルほどになったところでカンソウは一気に踏み込んだ。
剣を振り下ろす。フォーブスは鈍器で受け止め、両者は競り合いに入った。
鈍器越しにフォーブスの不動の気迫が伝わって来る。ブレストプレートを着ているが、本当は鎧など好きでは無いのかもしれない。フォーブスがレスラー出身だったことを思い出していた。
しかし、埒が明かない。カンソウは一旦、跳び退いて離れた。
「来る!」
ゲイルが叫ぶが分かり切ったことだ。フォーブスの膂力を乗せた鈍器が太い風の音を纏って上から横から振るわれる。レスラー界では弱かったのだろうが、それでも凄い膂力を感じた。そこで不意を衝くように、フォーブスは回し蹴りを見せた。
カンソウの首もとに命中し、思わず呻いた。そこに鈍器が振り下ろされる。カンソウはその合間にフォーブスに掴みかかった。
だが、フォーブスの拳が放たれ、カンソウは慌てて横に避けた。
セコンドらがルール違反にならぬように、離れて行く足音が聴こえた。
「フォーブス! 一気に叩いちまえ! カンソウの野郎は、打ち合いになるのをビビってる!」
デ・フォレストの言うことはもっともだ。まさか、敵のセコンドに勇気を貰えるとは思わなかった。
カンソウは気迫を上げて、一気に打ちかかった。
剣と鈍器が次々衝突し、会場が盛り上がった。だが、客を楽しませる余裕が無い。
その時、今まで温存していたのか、フォーブスが一気に鈍器、いや、棍棒を薙いできた。
カンソウの力は空しく押し返され、フォーブスがカンソウの腹部目掛けて突きを放った。
「危ない!」
ゲイルが声を上げた。
カンソウは剣先を下に向けて、剣の腹で攻撃を受け止めたが、後方へよろめいた。
フォーブスが勇躍する。カンソウの頭上目掛けて跳び、大上段に構えた棍棒を振り下ろした。
カンソウは剣で押さえるか逡巡し、後方に飛び退いた。
影と共に凄まじい音と衝撃が会場を震撼させた。
目の前で土煙が上がっている。と思った瞬間、腕が伸びて来てカンソウの右腕を掴み、軽々と持ち上げ、地面に背中から叩きつけられた。
一瞬、視界が危なげなく揺らいだ。
土煙の向こうが見えた。穴の如く陥没した大地の傍にフォーブスが立っていた。
「カンソウ、これで年寄り同士の戦いを終わりにしよう」
フォーブスが立ち上がったカンソウ目掛けて棍棒を振り下ろした。カンソウはそれを背中を向けて回避し、そのまま回転してフォーブスの懐を剣で薙ぎ払った。剣はフォーブスの胸を力強く叩いていた。
「勝負あり、勝者、カンソウ!」
カンソウは一気に身体の力が抜けた。
「ったく、何やってんだ、フォーブス!」
デ・フォレストが悪態を吐く。
だが、フォーブスはカンソウを見詰めて言った。
「俺達もまだまだやれるな」
カンソウは軽く笑みを浮かべた。
「ああ、まだまだやれる」
カンソウの言葉に満足したのか、フォーブスはデ・フォレストを置いて入り口へと向かって行った。
「おい、フォーブス!」
デ・フォレストが慌てて後を追った。
「師匠、今回のフォーブスは強かったね。武器を変えたからかな?」
「それもあるだろうが、彼にも意地と誇りがあった」
「意地と誇り?」
怪訝そうにゲイルが尋ねる。
「コロッセオがお遊びでないことを自覚できる日がくれば、お前にも気付けるはずだ。まだ内に眠っている、培ってきた意地と誇りがな」
カンソウはフォーブスらが消えた入り口を見詰めてそう言ったのであった。




