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「カンソウとフォーブス」

 勝てない。どうやってもヴァンに勝てない。おそらくはウィリーにもドラグナージークにも。ウォーにもカーラにも、そしてフレデリックにも勝てない。

 ヴァンの戦いを見て、カンソウは残された時間では自分では高みに踏み込むことが不可能だと悟りきった。

 ヒルダやデズーカ、ガザシーにも勝てないだろう。結局、俺は夢を見過ぎたのだ。カンソウはもはや無念で胸がいっぱいであった。年齢は四十を越え、身体も辛くなってきている。

 鍛えるだけ無駄なのかもしれない。

 カンソウは宿場町の屋台街にあるベンチに腰掛け、己の手の平を見ていた。そしてグッと拳を握り締め、呟いた。

「無駄な足搔きなのだ……」

 やはり、俺はゲイルに懸けるしかないのかもしれない。

 屋台街の賑やかさにカンソウは一つの足音が近付いて来るのに気付けなかった。

「食え」

 男の声と共に差し出された串に刺された肉を見て、カンソウは我に返り、相手を見上げた。

 白髪が少し目立つ顎髭と口髭、短い頭髪。落ち着いた瞳。カンソウは彼に親しみを覚えたこともあった。年代が同じだからだ。

「フォーブス」

「ヴァンの試合を観ていたお前を俺は観ていた。少年を育て上げている師の表情とはどのようなものか気になってな」

 フォーブスは落ち着いた声で言った。

「デ・フォレストは?」

「デフォは宿の裏手で鍛練している。弱小だが、それでも将来を見詰めている。良いか?」

「あ、ああ」

 カンソウが慌てて応じると、フォーブスはカンソウが空けた隣に腰掛けた。

「それ、食べたらどうだ?」

「ああ、馳走になる」

 カンソウは肉に齧りついた。良い塩加減で温かくて美味しかった。

「実際どうなんだ? 弟子を取るというのは」

 フォーブスが尋ねる。カンソウはしどろもどろになりそうな精神をこらえ、言った。

「良いものだ」

「そうか。お前の思いを乗せて、まだまだ力を付ける若者を代わりに戦わせる。それが良いものなのか?」

 フォーブスの言葉にカンソウは唸って頭を抱えた。

「串、回収します。折らないでくださいね」

 屋台の売り子が来たので、カンソウは肉を平らげた串を返した。

「ありがとうございましたー」

 売り子はそう言うと去って行った。その背を見ながらカンソウは思った。ゲイルにはこんな未来もあったのだなと。

「俺ではヴァンや午後の重鎮どころか、ヒルダやデズーカにさえ勝てはしまい」

「そうなのか?」

 フォーブスが再びゆっくりと落ち着いた声で問う。

「お前はどうなんだ、フォーブスよ? 見たところ俺と同じ年ごろで、剣の扱いに苦労しているお前は?」

 フォーブスは気分を害する様子も見せずに空を見上げた。

「分からん。格闘技で芽が出ず、この年で剣持つ闘技戦士に鞍替えした。だが、ヴァンの試合を観て思った。勝てると」

「何だと?」

 カンソウは驚いた。

「ヴァンももう若くはない。先の戦いぶりを見て、若者に良いように翻弄されている奴を見てそう思った」

「お前には、フォーブス、お前にはあの試合、ドラグフォージーの方が優れていたと言いたいのか?」

「その通りだ。ヴァンは噂よりも衰えていた。それでも、意地と誇りを懸けて、チャンプとして大した見せ場は作れずともその声望だけで、言わば、意地で若者を破った。ヴァンは薙ぎ払いを見せなかった。それもまた意地だったのだろう」

 剣の下手なフォーブスでさえ、ヴァンが薙ぎ払いを封じていたことを見抜いていた。

「せめて己に封印を課し、ほぼ失われた余裕を見せたかったのだろう。それに気付く闘技戦士達に。まだ現役で高みにいる。早く上って来いと言わんばかりに」

 カンソウは何も言えなかった。ヴァンが、ずっと夢見ていたヒーローの一人、ヴァンが代替わりに相応しい戦士を探しているということだ。以前の、ドラグナージークとの会話が思い起こされる。彼もまた弱気であった。

「カンソウよ、共にロートル同士、ロートルの強者達の心意気に応えてやろう。弟子を育て己も磨け。ヴァンの意地を見抜いた者は、その意地に応える必要があると俺は思う。年齢なんて関係無い。平等に高みを目指せばいい」

 フォーブスは立ち上がった。

「何故、俺にそんなこというのだ?」

 カンソウがその背に尋ねるとフォーブスは再び空を見上げた。

「どうにもヴァンの意地を違う方向で捉えていないか、気になったのでな。ましてや、お前には弟子と言う存在が居る。弟子に全てを任せ、引退したような気分にはなるな。俺は弱いが、カンソウ、またお前と手合わせしたいと思っている。だからだ」

 フォーブスはそう言うと片手を上げて去って行った。

「ヴァンの意地か」

 カンソウは立ち上がった。そして思った。自分にも意地があった。誇りがあった。限界まで戦ってみよう。

 先ほどの焦りは消え、晴れやかな気分だった。急いで鍛練に戻らねば。

 カンソウは雑踏の中を駆け抜け、宿舎の裏を目指したのであった。

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