「ヴァン」
観覧席のあちこちに設置されている小さな時計塔がある。短針は十二近くを指し示し、長針は九を過ぎた当たりだった。
観客達が一層沸き立っている。何故ならば、ドラグフォージーが十連勝を決めたからだ。つまり、チャンピオン戦が観られることができたということだ。
シンヴレス皇子でここまで辿り着けるならば、ゲイルでも十分に狙える。カンソウは先ほどの皇子とゲイルの戦いを思い返した。
長針が動く。
観客達がチャンプの出現を早く見たいとばかりに騒ぎ立てる。
そうしてどよめきが上がった。
入り口の方から二つの影が歩んで来たからだ。
ヴァンとウィリー、金貨一枚の特別室では顔を合わせたことがある。だが、勝っては負けての試合が続く中では、なかなかその顔を拝める機会が無い。
遠目だが、どちらも偉丈夫であった。いずれもプレートメイルであったが、ヴァンの鎧は赤であった。
「ヴァン! ウィリー!」
チャンプの名を叫ぶ声があちこちから届く。
二人のチャンプは堂々と歩んで行き、顔馴染みのドラグナージークと軽く言葉を掛けて、ウィリーが下がった。ウィリーは肩幅が広く岩、いや、壁が歩いている様な感じもした。
ヴァンが戦いに出る。マルコの長槍とは違うが、それでも二メートルの槍を得物としている。ドラグナージークが下がり、ドラグフォージーが剣を抜いて仕切り板へと位置に着いた。
「これより、チャンピオン戦を始める! ヴァン対、挑戦者ドラグフォージー、始め!」
ドラグフォージーは迂闊に動かなかった。早くも血気に逸ったヴァンが木槍を頭上で振り回し、右手に提げて迫った。
ヴァンは勇躍し、高々と跳ぶと槍を上段から振り下ろした。ドラグフォージーはそれを避ける。ヴァンが突く。低い風の唸りが会場に響いた。ドラグフォージーはこれも避け、焦った様子で反撃に出た。だが、ヴァンの槍が繰り出され、正確にドラグフォージーの剣を正面から打ち、体勢を崩させる。かと思えば、次の瞬間には槍を一回転し、足を払った。
受ければアウトだ。ドラグフォージーも勝ち上がった意地を見せ、跳んで避けると、打ち込もうとした。だが、ヴァンの突きがまたもや正確に刀身の木の刃部分を打ち、力の違いを見せつける。
カンソウなら薙ぎ払って受け返す。一点集中のヴァンは器用なのだ。この試合、ヴァンに薙ぎ払いで防御させることが出来れば、ある意味では皇子の勝ちだろう。
ウィリーはともかく、ドラグナージークも黙っている。皇子の好きなようにやらせたいと思っているのだろうか。
ちなみにカンソウは槍の達人を知っている。ヴァンでも追いつかない槍術の使い手だ。チャンピオンを辞し、幻のチャンプと呼ばれているアナスタシア・べリエルである。
皇子はどうにか攻め掛かろうとしているが、ヴァンの槍が竜の咢の如く、剣先を正確に打って阻んでいる。
ヴァンの弱点が見えてこない。皇子の力不足だけが露呈されている。だとすれば、ゲイルもまだまだということだ。カンソウ自身はとすると、それにも及ばないだろう。
「獄炎!」
ヴァンが咆哮を響かせ、槍を突き出した。おそらく全力をこめたものだろう。
その一撃はシンヴレス皇子の剣を切っ先から縦に真っ二つに割り砕いていた。
審判が宣言に現れようとした時に、シンヴレス皇子、いや、ドラグフォージーは背中からゲイルに使った小盾を取り出した。
まだやる気の挑戦者に会場は盛り上がった。
刀身の半分を失ったボロボロの木剣を右手にし、ドラグフォージーは小盾を前に突き出し、駆けた。若々しい声が轟き、ヴァンに肉薄する。
ヴァンは遊ばなかった。正確に盾を突き、これを真っ二つにした瞬間、ドラグフォージーは身を旋回させて、ヴァンの懐に潜り込もうとした。
あわや、ヴァンの危機に会場は騒然となったが、ヴァンは落ち着いて、ドラグフォージーの旋回の隙を衝いて、身体を蹴飛ばした。
「こいつを受けきれるか!? ドラグナージークの甥っ子!」
ヴァンが駆け、槍を頭上で掲げ持ち、一刀の下に切り下げた。
ドラグフォージーはボロボロの剣と盾を持って防ごうとしたが、二つの得物は木っ端となり、兜の脳天に凄まじい一撃を喰らって、よろめいた。そして力なく地面の上に倒れたのであった。
「チャンピオン、ヴァンの勝利!」
会場からヴァンを祝福する声が一色になり始めた。
ヴァンめ、正確な目と、圧倒的な膂力を持っている。早い話が、今の挑戦者達では勝てそうもない。チームサンダーボルトならいけたかもしれないが、奴らは格闘技界の刺客のようなものだ。俺達で勝ちを掴むしかない。
カンソウは危機感を抱き、明日の自分の試合に備えて修練へ戻ることにした。




