「ゲイルの戦友」
新たな組が歩んで来る。眩い陽光を二つの銀色の甲冑が照り返す。
まさかとは思ったが、やはり立ちはだかったというべきか。ヒルダ、デズーカと来て、彼らが続かないわけがない。
ドラグナージークは真紅のマントを翻し、甥のシンヴレス皇子、いや、ドラグフォージーはマントを着ていなかった。
「よ」
「や」
ゲイルとドラグフォージーが親し気に短く挨拶を交わした。
カンソウは弟子が正体をシンヴレス皇子だと気付いている様子が無いことに安堵した。これはお忍びで、シンヴレス皇子がより強くなるための修練なのだ。
「いつもどこにいるんだ? どこを探しても見つからない」
「ハハハ、そうだね。でも、君とお話もしたいし、ヒルダの家で会おうか」
「うん。分かった」
少年と若き青年は語らいを終え、揃って六メートルの仕切り板の方へと歩んで行った。
「カンソウ、また会えたな」
「あ、ああ」
「気後れするな、私は皇族では無いよ。竜傭兵だ」
「とは言ってもな」
カンソウが困っているとドラグナージークが言った。
「勝つのはうちの甥だ」
「何、いいや、うちの弟子が勝つ」
カンソウは弟子と己の導きを馬鹿にされたような気がしてムキになって応じた。
「その意気だ」
ドラグナージークはシンヴレス皇子の方へ歩んで行った。カンソウもゲイルの方へと向かう。
以前、ドラグフォージーと相打ちになったカンソウでしか分からないことがある。
「ゲイル、相手は格闘技も下段狙いも得意だ。お前はすぐに頭に血が上って下段に隙が出る。忘れるな」
「分かった。だけど、どうしても戦いになると腰とか足とか忘れちゃうんだよね」
「それを忘れるなと言ったのだ。良いな? 俺も声は掛けてやる」
「おう」
ゲイルは木剣を振り回し、一つ浮かない顔をしていた。
「どうした?」
「いや、どうせ剣を使うなら刃引きした鉄のなまくらな剣でも面白いんじゃないかなって」
「む、そうだな」
カンソウも思わず納得した。そうだ、鉄の重さだ。戦っていて何か物足りないと思うのは鉄を握り締めていないからだ。だが、そのぐらいなら運営責任者のシンヴレス皇子なら気付いているだろう。何せ自らコロッセオに志願するぐらいだ。その上での安全上の判断なのだろう。
向こうで叔父と甥が何やら話している。そしてこちらを見た。
「おーい! フォージー! 試合やっぞ!」
ゲイルが呼び掛ける。
「分かっているさ」
ドラグフォージーは両手持ちの木剣の切っ先を顔の横に置き、ゲイルに向けた。ゲイルも正面に身構える。
「第七試合、ゲイル対、挑戦者ドラグフォージー、始め!」
審判の宣言と共に、ゲイルが突っ走る。カンソウには分かった。ゲイルラッシュを見せてやろうと思っているのだ。止めたかったが、ゲイルがその気なら好きにやらせてやろうとも思った。
ゲイルは旋回し、横薙ぎに木剣を放ってドラグフォージーの剣を強引に押し返しつつ胸元へと飛び込んだ。そして体当たりを見舞う。ドラグフォージーがよろめく。ゲイルはガントレットの掌底を顔面にぶつけた。バイザーに当たり、鉄同士の音が鳴り響く。
だが、ドラグフォージーはそこから譲らなかった。
洗練された動作で足払いを仕掛け、ゲイルは思わず転倒する。そこを突き刺すべく、逆手に握った剣を振り下ろす。
ゲイルはあわやと言うところで、身体のバネを利かせて相手の顔面に蹴りを見舞った。ドラグフォージーが奪われた一瞬の視界を弟子は逃さず脱出した。
「ほぉ」
ドラグナージークが感心したように声を漏らす。
審判の指はまだ八つ立っている。ここまでの応酬で二分とは早いものだ。
ゲイルとドラグフォージーは対峙し、睨み合い、そして次は同時に駆けていた。
すれ違う前にドラグフォージーが素早い突きを放つ。しかし、ゲイルはスライディングし、ドラグフォージーの背後に跳んだ。そして必殺の薙ぎ払いを放った。
「竜閃!」
だが、ドラグフォージーは身を伏せて刃を避けた。
そして瞠目して着地したゲイル目掛けて、勇躍し、大上段から荒っぽい一撃を振り下ろした。
木剣同士が激突するが、デズーカの時のようにゲイルは両手で端と端を持ち、剣を受け止めていた。
「フォージー、時間ならある! そのまま競り合いに勝てればお前の勝ちだ!」
ドラグナージークが声を掛ける。
デズーカの時と違う点が時間の有無だ。あの時は時間が無く焦っていたデズーカが行動に出たために隙が出来た。だが、ドラグフォージーは叔父の言葉通り、そのまま力で押し切ろうと剣に全身全霊を込めていた。
「ゲイル!」
カンソウは弟子の名を呼ぶだけで精一杯だった。どうすれば良いのか、どうすれば打開できるのか、情けないことに思いつかない。
しかし、驚くべきことが起きた。
ゲイルが曲がった腰を徐々に浮かし始め、ドラグフォージーの剣を押し上げていたのだ。
皇子の膂力とゲイルの膂力は拮抗している。皇子は化け物のような膂力を持つデズーカとは違うのだ。
「押し返せえええっ!」
カンソウは夢中になって叫んでいた。
「怒羅アアアッ!」
弟子が聳える松のように完全に立ち上がった。




