「ゲイルのド根性」
そのまだまだ小柄な身体は地を滑り、ようやく止まった。
カンソウは瞠目していた。何てことだ。早くも無念の思いが過るが、ゲイルの身が心配であった。スパークの拳は凄まじい破壊力を持っている。
審判がカウントを始めた。
「ワン!」
「ゲイル!? ゲイル! しっかりしろ!」
カンソウはあらん限りの声で叫んだ。
「ツー!」
「立て! 立たぬか! 大言壮語はどこへ行った!?」
「スリー!」
カンソウの思いとしてはゲイルに立って欲しかった。これは闘技戦士の威信を懸けた大事な試合であるからだ。弟子の身を案じる心がだんだん、闘技戦士の誇りにすり替わって行く。何故、ゲイルが出たのだ。俺が出れば良かったのだ。
「フォー!」
「芝居は止めろ、小僧」
スパークが冷淡な声で言った。カンソウは耳を疑った。
「俺の拳から逃れるために打たせたのは兜だ!」
スパークが大きな声で言うと、会場がざわめいた。
ゲイルの指が動く。
「ヘヘヘッ、芝居なんてしてたつもりはないぜ。本当に気を失っていたんだ。あんたの拳、かなりのもんだな」
ゲイルがゆっくり立ち上がった。
大きく歪んだ鉄兜がポロリと頭から落ちた。
「師匠、すまねぇ、せっかく買ってくれたばっかりの兜、駄目にしちまって」
「馬鹿者! 良く立ち上がった!」
カンソウは思わず落涙を拭い弟子を見た。どうやら気を失っていた間も木剣を放さなかったようだ。
「スパークさんよ、三分で沈めるとか言ったな? 審判を見て見ろ」
カンソウも審判を見たが、審判が審判の指は六つだけ立っていた。
「な、何だと」
スパークが初めて愕然とした顔を見せる。
「三分じゃ俺は倒せなかったな」
「お、おのれ」
ゲイルは高笑いしていた。スパークがムキになる気配をカンソウは感じ取った。余裕がなくなって来た。これは、あるいは好機なのかもしれない。
「行くぜ、スパーク! 剣士の技を思い知れ!」
ゲイルが猛然と駆け出す。
スパークは手を横に広げてどういう対応も取れるようにしているようだった。それこそが、スパークが自信を失った証拠である。
ゲイルは上段から斬撃を見舞う。スパークは避け、拳を突き出す。それはゲイルの胸を打った。
「うぐっ」
「ゲイル! 動け!」
呻くゲイルをスパークはここぞとばかりに掴みに掛かる。
「この野郎!」
ゲイルはローキックを放った。
だが、それは悪手であった。格闘技ならば全て見抜けるであろうスパークに軽く捕まった。足を掴んだスパークはそのまま自ら回転し、ゲイルの身もまた宙へと浮いた。
「闘技場の石壁のシミとなれ!」
スパークが手を放す。ゲイルはそのまま頭から闘技場の壁に激突した。凄まじい衝撃であった。
カンソウはゲイルの命か、闘技戦士としての誇りか、常時頭の中を逡巡するその選択肢を早めに決めていた。
タオルを投げるという行為は、格闘技界に置いて負けを認める意味合いになる。
会場が静まる中、審判のカウントだけが木霊する。
そのカウントが六を口にしたその時だった。
ゲイルは転がって起き上がった。
「イテェ。イテェが、格闘技も面白い技があるんだな」
脳震盪を起こしているのか、よろめきながらゲイルが言った。
「スパーク、とどめを刺せ!」
セコンドのボルトが言うが、スパークは笑い声を上げてゲイルが歩んで来るのを待っていた。
審判の手の指は右手五本だけが立っていた。
「怒羅アアアアッ!」
ゲイルは吼え声一つ上げてスパーク目掛けて猛然と突っ込んで行った。
ゲイルは横から薙ぎ払って、自ら旋回し、スパークに体当たりを喰らわせた。横薙ぎを避け、体当たりを受けてもスパークはビクともしなかった。チョップが、ゲイルの右肩に命中するが、ゲイルは深く沈んで、スパークの顎の下へ閃光のように陽光煌めく木の刃、その切っ先を、ぶつけた。
「ぬうっ」
スパークが呻いた。
「勝者、ゲイル!」
審判が声を上げる。
会場が賛美の声に包まれた。
「ゲイル、よくやった」
「肉を切らせて骨を断ってやったよ」
「肉を?」
カンソウはそこで初めて、ゲイルが右肩を抑えて苦悶の顔を浮かべているのを見た。
「脱臼ってこんなに痛いんだね」
「見せて見ろ。肩を入れてやる」
カンソウは腕を治してくれた老医者の書物を思い出して言ったが、審判が厳しく警告した。
「試合中の医療行為は一切禁じられている」
「ならば、次の試合は棄権だ」
カンソウが言いゲイルを見ると弟子は頷いた。
「よく、俺から勝利をもぎ取ったものだ」
スパークとボルトが歩み寄って来た。
「どうだか、フレデリックと同じだった。あんたにはダメージになって無い」
ゲイルが言うとスパークは笑った。
「闘技戦士とやらを相手にするのも面白い。良いか、このコロッセオを支配するのはこの俺達、サンダーボルトだ」
「ウィリーとヴァンにやられちまえば良いんだよ。そうだろ、師匠」
ゲイルの言葉にカンソウは頷いた。何故なら、この乱入者達は、実力はあるが、フレデリックに負け、ゲイルにも負けている。もはや、無傷の誇りとはいかなくなった。ただの腕っぷしの強く、武器を使わない闘技戦士の一人、そういう位置へと成り下がったのだ。
「覚えておこう」
スパークが言い、ボルトと共に去って行った。
「どれ、棄権したのだから我々も行くぞ」
「うん」
カンソウは堂々と歩くゲイルが誇らしかった。観客達のゲイルへの声援に感動していた。ゲイルはまだまだ可能性を秘めている。どうにかそれを引き出して見せよう。
二人は会場を後にした。




