「フレデリックとの対面」
医務室へ急ぐカンソウの後ろをゲイルが続いた。カンソウは弟子に残って試合を観戦していろとはいえなかった。打倒フレデリックを掲げる二人の前でフレデリックは辛うじて勝利をもぎ取った。しかし、誰が見ても引き分けか、あるいは相手の勝ちであった。近くで見たカンソウもゲイルですら分かっているだろう。
薄暗い回廊を逆に駆け、医務室の扉を開く。
鎧を脱いだフレデリックの姿が寝台の上にあった。
「カンソウ」
フレデリックの相棒のマルコが気付いた。
「フレデリックは?」
と、問い、愕然とした。顔中腫れ上がり、乾いた鼻血がこびりついていた。
闘技戦士でこれほど顔を損傷した戦士がこれまでいただろうか。
「スパーク、恐ろしい男だ。フレデリックも剣を当てることだけが精一杯だったが、俺から見て、スパークの奴はまるでフレデリックに嫌気が差したように自ら打たせたようにも見えなくも無かった」
マルコが細い目を険しく歪めて言った。彼の手には大きく凹んだ鉄兜があった。
これが無かったら、フレデリックの頭蓋は間違いなく割られていただろう。
つい最近、兜をかぶり始めたゲイルもそう思ったようで、マルコから兜を受け取り、まじまじと眺めていた。
「どうにか、奴らを止めねば」
フレデリックが身を起こそうとしたが、マルコが寝ているように言った。
「奴らはレスラーだ。格闘技の戦士達なのだろう。暇を持て余して闘技戦士を破り、大陸一の猛者になろうと考えているのだろう」
フレデリックが言った。切れた唇からは血が流れ出ていた。
「無念だ。俺程度では奴らは止められん。フレデリック、お前でも無理なら、ヴァン達に懸けるしかないな」
カンソウが言うと、フレデリックはかぶりを振った。
「やってみなければ分からない。カンソウ、ゲイル君、どうだろう、闘技戦士の誇りを懸けて奴らに挑んでみてはくれないだろうか?」
思っても見ない、身の丈に合わない頼みにカンソウは正直おののいた。しかし、隣で元気な声が上がった。
「分かった、あんな奴ら、俺で十分だ」
弟子が胸を張って言い、カンソウは慌ててたしなめた。
「何も分かっていないくせに、情だけで張り合えるほど奴らは安くない」
「じゃあ、師匠は親友の頼みを断るのかい?」
「親友……」
カンソウは愕然とし、フレデリックを見た。
「無理にとは言わない」
真っ直ぐ見詰められ、カンソウは逡巡した上でおずおずと口を開いた。
「……無理も何も、そうだな、やってみなければ分からない……か」
「その意気だぜ師匠! 俺達でウォーさんの仇を取ろう!」
これが二人とも選手として参加できるタッグマッチならどれほど夢が広がっただろうか。しかし、現実は一対一。セコンドは勿論口出しのみ。出るのは勿論、俺になるだろう。
徐々に弱気が塗り替えられてゆくのを感じた。熱い闘志に火が着き始める。フレデリックは俺の親友だ。その頼みを聴かなくてどうする。俺を嫌な奴から変えてくれた大恩人が明日の試合に出られないのだ。そしてスパークらが頂点に立てば、コロッセオを揺るがす大災害となるだろう。
「コロッセオは剣士の場だ」
カンソウが言うと、フレデリックは頷いた。
「俺は槍だがね」
マルコが苦笑いした。
「では、言い直そう。コロッセオは武器持つ戦士達の集う場所だ。奴らには古巣にご退場願おう」
フレデリック、マルコ、ゲイルが頷いた。
そうと決まれば少しでも鍛練するのみであった。
「カンソウ、決意してくれてありがとう」
フレデリックが言った。
「いいや、午前の試合に甘んじていた俺も腑抜けだった。勝利は約束できないが、一矢報いてやる。あとは、チャンプのヴァンとウィリーに任せよう」
カンソウは医務室を後にした。
火が着いたはずの闘志が途端にくすぶり始めた。
俺で勝てるのか?
「師匠、稽古に励もう! 明日の午後に出るのはアンタだ! スパークに当たる前に負けちまったら恰好がつかないぜ」
「そうだな、ゲイル。行くぞ」
カンソウは迷いを振り切るようにして回廊を歩んで行ったのであった。




