「ドラグナージークとの会話」
気付けば医務室の寝台の上にいた。仰向けで石の天井だけが見える。
起きようとすると下顎に痛みが走り、何故こうなったかを思い出させた。
シンヴレス皇子と戦って負けたのか。
カンソウはドラグナージークの言う通り、手を抜かなかった。本気で挑んで敗北した。だが、とも思う。皇子は決して温室育ちの皇族では無かったのだ。あの膂力、動き、そして自分を失神させた手での一撃、皇子はむしろ戦い慣れている。ドラグナージークが手解きしたのかは分からないが、相当、鍛練を積んでいる。
しかし、一回戦負けは負けだ。ゲイルはどう思うだろうか。
ふと、弟子の笑い声が聞こえ、カンソウはそちらを見た。
離れた寝台の上に誰かが横たわり、ゲイルと話をしていた。
「カンソウ、起きたか」
不意に深い音色のような男の声がし、カンソウは初めて自分の傍にドラグナージークがいたことに気付いた。
「ドラグナージーク!?」
カンソウは畏怖を覚えた。ほぼ相まみえることの無い崇高な午後の戦士、ドラグナージークは偉大な闘技戦士であったからだ。
「何故、おま、いや、あなたがここに?」
カンソウは驚いたまま尋ねた。まさか、自分を看てくれてわけでもないだろう。
ドラグナージークはバイザーを上げて、そこにある精悍で優しさに溢れる顔をあらわにした。年の頃はよく分からない。若いと言えば若いし、中年だと思えばその通りだ。判断に苦慮するカンソウを目にドラグナージ―クは笑みを浮かべた。
「甥の看護だよ」
「甥?」
というと、一人しかない。名前を偽り顔を隠しカンソウと戦い破った青年だ。
「シンヴレス皇子?」
「ああ。あそこで君の弟子と話している」
ゲイルと居て横になっているのはシンヴレス皇子だったのだ。だが、名を偽って戦っていた。あそこにいるのはドラグフォージーという一人の闘技戦士だ。
「何回戦で敗れたのですか?」
「なるほど、覚えていないか。カンソウ、君と相打ちだよ」
「俺と相打ち?」
「見事なクロスカウンターだった。だが、我々は武器持つ戦士だ。今度引き分ける時は剣でそうしてくれ」
「そう上手くいけばだが」
カンソウはドラグナージークに応じると、ふと浮かび上がった疑問を尋ねた。
「良いのか? あなたは午後の戦士だったというのに、このような前座で今日を終えてしまって」
ドラグナージークは軽く笑った。
「もう、私も若くないよ。家族だっている。君は知らないようだが、度々、故郷に帰っているんだ」
それは、何と寂しいことかとカンソウは思った。絶対者の一人が戦場を離れる。それだけでコロッセオの風格は落ち、人々は特にファンは悲しむだろう。その時、ふと、カンソウは驚くべきことに気付いた。
「シンヴレス皇子を甥と呼び、皇子はあなたを叔父と呼んだ。つまり、あなたは皇族の一員であったのか?」
「昔はね。遠い遠い過去の話だよ。今はガランの竜傭兵にしてシンヴレスの鍛え役であり、パートナーだ」
ドラグナージークは憐憫のような目を向けてカンソウに横顔を見せた。皇子とゲイルが話しているところを見ている。
「シンヴレスもゲイルと同じ年頃は鍛練に夢中だった。だから、話が尽きないのだろうな」
「これからも午前の部に?」
「ああ、シンヴレスを鍛えなければいけない」
「しかし、それだと午後の試合が……あなたの戦っている姿を観たい観客が残念に思うのではないか?」
ドラグナージークは頷いた。
「分かっているさ。だが、先ほども言ったが、私ももう若くはない。ウィリーやヴァンも頑張ってはいるが、いつか負け、勝てなくなる日が来る。今、闘技場は世代交代に移ろうとしているのかもしれない」
そう言われ、カンソウは自分も引退すべきか逡巡し、このままでは終われるかと決意し、ベッドから下り、自分より少し背の高い相手を見上げて言った。
「そう悲しいことを言わないでくれ。俺達の目標はいつだってヴァンにウィリー、そしてドラグナージークだった。せめて俺が午後の戦士に通用するになるまでは重鎮として名を轟かせ、偉そうに幅を利かせていてくれ」
カンソウの真剣な頼みにドラグナージークは笑った。
「そうだったか、君らにとって俺達は幅を利かせているように見えていたか。だが、ありがとうカンソウ。世代交代だなんて弱気な発言だった。一刻も早くシンヴレスを一人前の闘技戦士にして、午後に戻ろうと思う」
その言葉は心を高揚させ、カンソウは大きく頷いていた。
「さて」
ドラグナージークは甥の方を見た。
「フォージー、休憩は済んだか? 戻るぞ」
すると、寝台から甲冑姿の貴公子が降り立った。兜を小脇に抱えたシンヴレス皇子は美男子であった。強さと賢さを兼ね備えている、そういう面構えをしていた。
「ではな、カンソウ。また戦ってくれ」
ドラグナージークは先に廊下に出る。
「カンソウさん、またお願いします」
シンヴレス皇子も後に続いた。
帝国の未来は明るいな。
ゲイルが合流し、カンソウも医務室を後にしたのであった。




