「フレデリック」
気合漲る声が木霊し、赤い髪が右往左往する。剣は迷いを残すことなく振り下ろされる。
木剣同士がぶつかり合い、競り合いが始まる。
あれだけ小僧だったというのに、よくもここまで成長を見せてくれたものだ。
カンソウはかつてのフレデリックを思い出し、こうして弟子を自分の代わりに差し向けようとしている己の器量が狭く感じた。
片腕では闘技戦士が務まらないという思い込みをしていたのかもしれない。だが、今更遅いのだ。奴と俺の時の過ごし方はだいぶ違っていた。俺は数年間、戦士であることを諦めて何もして来なかった。
「月光!」
気合一刀、得物同士が衝突した瞬間。相手は手の痺れから思わず剣を放してしまったらしい。慌てて這いずって剣を取ろうとしたが、フレデリックの木剣がその鉄兜を強かに打ち付けた。
「勝者、フレデリック!」
会場が大いに沸いた。
力量もある。それに良いのか悪いのか、情け容赦の無い剣を会得したようだ。それでこそ、午後の部。かつてのべリエルとの戦争の折りを思い出す。木剣ではあるが、決しておままごとではない。
フレデリックは四回戦まで勝ち進み、怒涛の戦いを見せつけて敗退した。相手はカーラという女剣士で午後の中核を担う存在であった。まぁ、ここまで来れれば上出来だろう。まだまだ上には上がいる。若さのあるフレデリックならいずれは力をつけて突破するだろう。
運よくフレデリックの試合を観た後、カンソウは先に観覧席から下りた。
そうして薄暗い回廊から歩んで来る青年を見つけ、その場で待った。
フレデリックは受付で剣を返して貰い、賞金を手にし、歩んで来るその足が止まった。
「カンソウ?」
「ああ」
カンソウは少し手照れがあるのを隠そうとし、目線を逸らした。
フレデリックが駆け寄って来た。
「久しぶりだな、カンソウ! 腕は治ったのか?」
目の前の若者は自分の参戦を心待ちにしてくれていたのだろう。しかし、もうフレデリックと自分の技量と力では開きがあり過ぎるのだ。だが、一瞬、また声援を浴びて大舞台で戦いたい。そういう思いが溢れたのも事実であった。
「いや、腕は駄目だった」
「……そうか」
幾分、がっかりした様子の友を見て胸が痛んだ。俺は腕のせいにしているのか? 腕が治らないから闘技戦士として無様な試合を観られるのが嫌で、諦めたフリをしているだけでは無いのか?
「師匠!」
ゲイルが駆けてきた。
「うわあ、フレデリックだ!」
弟子は先ほどまで試合をしていた闘技戦士を見て驚きと感激の声を漏らしていた。そんなゲイルは駆け出し、フレデリックの前に立った。
「良いか、フレデリック、お前を倒すのはこの俺だ!」
突然の宣戦布告も仕方のないことだろう。何せ、カンソウが散々打倒フレデリックの念を押し付けて稽古をつけてきたのだからだ。
「そうかい、楽しみだ」
フレデリックは微笑んだ。そして目線をカンソウに戻した。
「弟子を取ったのだな」
「ああ。恥ずかしいことだが、俺はもう、闘技戦士には戻れない」
「そのための弟子か」
「いかにも」
「俺は……」
フレデリックは少し言い淀んでカンソウを再び見た。
「カンソウ、あなたと戦いたかったよ。だけど、仕方が無い。だからあなたの弟子と剣を交えよう。ゲイル君、午後の部で待っている。それじゃあ」
フレデリックはブロードソードを腰から提げ背を向けて、やがて雑踏の中へ消えて行った。
俺と戦いたかったか。
カンソウはしばし虚空を見上げ、そうできないことを無念に思っていた。
「安心な、師匠、フレデリックも俺が破って見せるから」
頼もしいことを言うな。
カンソウはフッと笑い、これで良かったのだと自ら満足したのであった。