「甥のシンヴレス」
どちらも銀色の鎧で身を包み、顔にはバイザーを下ろしていた。ただ、身長に少し差があった。甥の方が小さいだろうとカンソウは決めていた。が、思った通りであった。
審判が進み出て来ると、大きい方の背が、真紅のマントを翻し下がった。
「フォージー、六回戦だ。疲労も出てきたようだが、集中して行け」
ドラグナージークが言った。何と、綺麗な男の声だろうか。バイザーがくぐもらせたがそれでも若々しく朗らかな声が良く聴こえた。
「分かりました、叔父上」
今度はその言葉を聴きカンソウは驚いた。聴き間違いであるはずがない。
「もしや、シンヴレス皇子殿下?」
カンソウが問うと、相手は笑った。
「バレましたか。カンソウさん、この間ぶりですね。私が皇子だからと言って手加減無用です。叔父上からも言ってください」
シンヴレスが振り返って言うと、ドラグナージークは頷いた。
「甥の言う通りだ。ケガをさせたからと言って罪に問うことは無い。むしろ手加減無用でこの甥の連勝を止めて欲しい。あなたが甥にとっての試練であることを願う」
「分かりました。軽輩ですが、精一杯、勝つつもりで挑ませていただきます」
カンソウはそう答え、剣を胸の正面で縦に構えた。
フォージー、いや、シンヴレス皇子は下段に剣を落とす。両手持ちの木剣であった。カンソウが見たところ、痛みが激しい。もともと損傷が酷かったのが、戦いで更に強度をすり減らしたのであろう。
勝てる見込みはあるな。
「師匠、頑張って!」
ゲイルが少し離れた位置で呼びかける。
「第六回戦。ドラグフォージー対、挑戦者カンソウ、始め!」
審判の宣言と共にシンヴレス皇子が駆け出してくる。
下段から横に剣を正面に持ち、突いて来た。
鋭い刺突をカンソウはどうにか身を捻って避け、踏み込みながら肩を狙って剣を振り下ろす。しかし、シンヴレス皇子もまた身を避けて互いの場所が入れ替わった。
ドラグナージークは黙り、ゲイルはカンソウに鬱陶しいほどの声援を送っていた。
二人は互いの出方を待った。
そして奇遇にも同時に地を蹴った。
「氷竜!」
シンヴレス皇子が咆哮を上げ、剣を振り下してきた。
カンソウは下から跳ね上げようとしたが、その斬撃は思っていた以上にあまりにも重すぎ、肩が圧倒されるのを感じた。
皇子は平和ボケなどしていない。我らが理想の皇子だ。カンソウはそう確信し、イルスデン帝国の先行きが明るいことを知り、ニヤリと微笑んだ。
そしてカンソウは剣を動かし軌道をどうにか逸らし、両者は再び向かい合った。
ドラグナージークは相変わらず黙り込み、ゲイルの方も口を閉じていた。
皇子を成長させる糧となるのなら本望。だがそれにしては自分はあまりにも力不足だ。
今度はカンソウから仕掛けてみた。
剣を振り下ろす、縦の一閃を皇子が横払いで受け止めようとしたが、カンソウは間合いから後方へステップし離れ、空振りをした皇子目掛けて勢いをつけて、蹴りを放った。
無防備な顔面を打つと、皇子は僅かばかりによろめいた。
カンソウはその勢いのまま、下段に身を下げ、足払いを仕掛ける。だが、皇子はこれを蹴り止めて防いだ。
剣の間合いにしては両者は接近し過ぎていた。
カンソウとシンヴレス皇子は揃って相手の鼻づら目掛けて掌底を放った。
途端に下顎にガントレットでの凄まじい衝撃を受け、カンソウは仰け反った。
フラフラのカンソウはここで初めてドラグナージークのセコンドの声を聴いた。
「持ち応えろ、フォージー!」
「師匠! 倒れちゃダメだ!」
弟子の声が聴こえ、カンソウは目まぐるしく点いたり消えたりする視界を取り戻そうとしたが、根性の糸が切れるのを感じた。
弟子の前で敗北するとは……。
身体がフワッと浮かび上がったような気がし、カンソウの意識はそこで途絶えた。




