「ドラグナージーク組の顔見せ」
ゲイルはいつに無く上機嫌であった。何故なら、思いを寄せるガザシーから兜姿が似合っていると言われたからだった。
ガザシーは不愛想な女性だ。彼女の口からそんな言葉が出るということは、弟子は精一杯アピールしたのであろう。それで昨日の鍛練は、よく耐えられたのだろう。
愛する人からの言葉がここまでの力になるとはカンソウには意外であった。
朝早く起床し、剣と体の具合を確かめると、ゲイルも起きて来て、通常通り、鍛え始めた。
「今日はどっちが出る?」
弟子が問う。ゲイルは兜や防具に身を包んだのは昨日のことである。まだ慣れてはいない。慣らすなら自分との模擬戦で十分だ。
「俺が出る」
カンソウが言うとゲイルは頷いた。
少し遅れてコロッセオに出向く。カンソウが出場し、ゲイルがセコンドだ。受付にそう告げ、武器を預ける。
「カンソウさん、頑張って下さいね」
受付嬢が笑顔で送り出してくれた。
扉が開き、案内のジェーンが姿を見せる。
ゲイルが元気よく挨拶し、ジェーンも優しく答える。カンソウはジェーンに慈愛の心を感じた様な気がした。
控室に着く前に、担架とすれ違った。デ・フォレストが付き添い、フォーブスがぐったりとしていた。
「何だよ? 見るなよ」
若手のまだまだ実力不足のデ・フォレストが不機嫌そうに言い担架は過ぎ去って行った。
控室に入り、カンソウはさっそく己の木剣を選び始めた。両手持ちのできれば新品に近いものを。そう思い、吟味しながら思った。傷んだ木剣を何故混ぜるのだろうか。籠の中には新品と言う剣が結局なかった。どれもこれもダメージを受けている印象の物ばかりであった。
ジェーンに問おうとしたが、彼女がゲイルと微笑んで親し気に会話している姿を見て声を掛ける気にはならなかった。
閉め切った木の扉の向こう側を、また担架と思われる足音が通り過ぎて行った。
「カンソウさんが出るのね」
ジェーンがこちらを少し伏し目がちになって言った。
「何か不都合でもあるのか?」
「いいえ、ゲイル君じゃなくて良かったと思ったのよ。あなたなら聴いたことあるでしょう、ドラグナージークの名前を」
それは竜に乗った傭兵全般を指す言葉だが、とてつもない一人の竜乗りに向けられた名でもあった。六年前、コロッセオが出来てからというもの、重鎮の一人として名を馳せている戦士である。
「ドラグナージークがどうした?」
「彼の組が今は、相手をしているわ。出ているのは甥っ子さんで、若くてでも強い」
カンソウは思ったよりは安堵していた。ドラグナージークには勝てないと心のどこかで思っていたからだろう。相手が甥だろうが、ドラグナージークで無ければ自分にも十分勝機はある。
だが、それが間違いだとも気付いた。
さほど時間が経っていないというのにまた担架が通り過ぎて行く足音が聴こえたのだ。しかし、その甥が運ばれた可能性もある。
カンソウは緊張していた。もしもそうでなければ、その甥とやらもかなりの実力の持ち主だ。
扉がノックされ、カンソウは思わずびっくりした。
ジェーンの同僚が顔を見せた。
「カンソウさん、出番よ」
カンソウは頷いた。
「行こうぜ、師匠! ドラグナージ―クじゃないなら師匠にも勝ち目はある」
小うるさいと、思いたくなったが、カンソウは全身を包む緊張のため、黙って歩み出した。ゲイルよ、お前には分からないか、この短い時間の間に担架が再び駆けて行ったのだぞ。
「カンソウさん」
ジェーンの声がし、カンソウはまたも驚いて振り返った。
どこか憐れむようなそれでいて真剣な目を彼女は向けていた。
「頑張って」
「ああ。……ありがとう」
カンソウが不愛想な態度を崩して言うと、ジェーンは微笑んで頷いた。
急に力が湧いてきた気分だ。異性の声とはこれほどまで心を熱くさせ、固い決心をさせてくれるようなものなのか。
カンソウはゲイルと共に回廊を歩き始めた。
ゲイルはもう勝った気分でいる。それは違うぞ。だが、無様な負け方だけはしたくない。いや違う、勝つのだ。
風が凪ぐ。霞の様に聴こえていた大観衆の声が一つの音となって会場に轟いた。
中央には審判と二人の戦士の姿がある。剥き出しの土を踏み締め、カンソウはゲイルと共に歩んで行ったのであった。




