「防具選び」
ゲイルの頭部は腫れていた。
兜の類をかぶらずに今の今まで挑んでいた。カンソウは思う、視界が悪くなる上に、機動力も落ちるかもしれない。しかし、兜を身に着けた方が良いのではないかと。ゲイルのたんこぶに濡らした布を当てながら、そう考えていた。
もっと身体を大事にさせた方が良いかもしれない。と、なると、籠手やガントレット辺りも身に着けさせねばなるまい。機動力が武器のヒルダだってそうしている。
「ああ、負けたよ、師匠」
ゲイルが横になったままそう言った。
「だが、二回戦は突破できた」
「たまたまだよ、デ・フォレストは初心者。ディアスは選んだ盾が悪かった。打倒ヒルダ姉ちゃんも果たせてない。こんなんじゃあ、フレデリック何て遠すぎるよ」
「十四の小僧が自信を失ってどうする。お前には強くなるための時間がまだまだありったけ残されているのだ。気合を入れろとは言わん。だが、自信は持て」
「ああ」
そうしてイテテと布を押さえながら身を起こした。
「正直、試合を観ていて、少し余裕が出てきたように思うぞ」
カンソウが述べると、ゲイルは照れるように目を右往左往させた。
「そうかな」
「そうだ。その上で提案があるのだが」
「何だい?」
ゲイルが訝し気にこちらを見ている。カンソウはそんなに師の言うことは厄介ごとばかりだったか? と、抗議したい気持ちを抑えて言った。
「防具を見に行こう」
「防具? そんなものいらな」
ゲイルが言いかけたところでカンソウはこぶを小突いた。
「つっあ!? イテー!」
ゲイルが身じろぎする。
「兜が無ければこんなことにはならなかった。毎日試合を続けて行く中で満身創痍になられても困る」
「でも、兜なんて重いだけで」
「邪魔か?」
カンソウは弟子を見据えた。ゲイルは幾らか決まり悪そうに頷いた。
「正直者だなお前は。よし、兜を見に行くぞ。籠手とガントレットもな」
カンソウは不服そうな弟子を一瞥し、先に医務室の入り口へと歩んで行った。
「分かった! 正直、師匠の兜や、ウォーさんの兜姿は良く似合っているとは思う。憧れたこともあった」
ゲイルがそう言って追いついて来た。
2
旅をする中でも武器や防具の店はその役目を終えていなかった。何故かは分からないが需要があるのだ。ならば、このコロッセオのある広い宿場町なら、闘技戦士用の品を揃えた店が繁盛していてもおかしくはない。
昼時で繁盛している食事処や、まだ順番が回って来ない静かな飲み屋街の通りとは逆の方向にカンソウは弟子を誘った。
案の定、闘技戦士達や彼らに憧れたファンがグッズとして武器や防具を求めている。午後の試合まで時間もあり通りは大賑わいであった。
右手には鋼鉄の鎧を一式を飾った台座が飾られる高そうな店があり、左手には刃煌めく名工の作だという曲刀シミターが置かれた店がある。戦士達は吟味していた。カンソウにも分かる。この瞬間のワクワクさが良いのだ。だが、弟子は思った以上に冷めていた。
「どうせ、試合で使うのは木剣だし、昔みたいに戦争になってるわけでもないのに、どうして武器や防具が必要なんだい?」
「もっともな質問だ。分からん」
「あらら」
ゲイルは呆れたような顔で師を見た。
「だが、ゲイル、武器は持ち込めなくとも、防具は試合に持ち込める。兜はお前の頭を守り、籠手とガントレットは手と腕を守る。ガザシーを思い出せ。彼女もまたモーニングスターを扱いながらも機動力を武器とした戦士だ。それが腕に防具を着けていなかったせいで、完治に時間の掛かるケガを負った」
ゲイルの表情を見ながら、カンソウはその顔が真面目なものになって行くのを見た。
「分かったよ。防具選びに付き合ってくれよ、師匠」
「勿論だ」
二人は軒を連ねる武器と防具の店を見て回った。
バイザー付きの兜は視界が悪くなるから嫌だという弟子の要望に応じてカンソウは選んでいった。
その結果、バイザー無しのグレートヘルムをかぶり、両腕には革の籠手と鉄のガントレットをはめ、ついでにと脚の膝当てや脛当てを買った。
「変じゃないかな?」
ゲイルが尋ねて来た。正直、少しだけまだ防具に着せられている様な感はあった。
「慣れだ」
カンソウはそう答えた。二人は午後の鍛練のために屋台で食事をし、宿へと戻ろうとしたのだが、ゲイルが足を止めた。
「腹でも痛くなったか?」
カンソウが問うと、ゲイルはかぶりを振って、こちらを見上げた。
「ガザシーさんに見せて来る! すぐに戻るから!」
弟子は名前通り疾風の如く道を駆けて行った。だが、防具を追加したからといってゲイルの脚力には大して影響は無さそうだった。
仕方なしに、カンソウは先に宿へ引き上げたのだった。




