「セコンド」
「大変だ」
カンソウとゲイルは試合に出るために未だに互いにセコンド役を求める闘技戦士らの間を抜けて受付へと赴くところだった。
今日の所はゲイルが出る。そう、話が決まった直後、弟子が慌てた様子で声を上げた。
「何が大変なんだ?」
「ガザシーさんだよ! セコンドのこと知らないから試合に出られないよ」
ガザシーはケガの療養中なのに、彼女自身、できるところの鍛練を進めていた。それは試合に出る意思があるということだ。だが、右腕は未だに折れたままだ。とてもじゃないが、試合に出れはしないだろう。
そう告げようとカンソウが思った時に、ゲイルはある人影を見つけて駆け出して行った。
「ヒルダ姉ちゃん!」
その言葉通り、ヒルダが看板の前で立っていた。彼女はゲイルに気付くと微笑んだ。
「セコンド! ヒルダ姉ちゃんにセコンドを組んで欲しい人がいるんだけど」
だが、来たばかりのヒルダにはセコンドの意味すら分かっていない様子だった。ゲイルがこちらを振り返ったので、カンソウはセコンドについてシンヴレス皇子の言葉も交えて説明した。
「二人一組じゃないと出られなくなったのですね」
出遅れたヒルダは周囲を見回していたが、ほぼ余りは居ない様子であった。それに余りといってもロクでもない駆け出しや、見た目だけの男ばかりで、カンソウもヒルダを彼らと組ませるのは気が進まなかった。
「それで、ゲイル君、私に組んで欲しい人がいるの?」
「うん!」
そこにカンソウが言葉を足した。
「今は右腕が折れていて、とてもじゃないが試合には出れる身体ではない」
「つまり、私が試合に出て、その方がセコンドを務めれば良いわけですね?」
ヒルダがカンソウに尋ねた。
「うん、そうだよ!」
返事をしたのはゲイルで、ヒルダの手を引っ張り、駆け出そうとしていた。
「ゲイル、ヒルダはまだ承諾したわけじゃない」
カンソウが言うと、弟子は強気の顔をした。
「ガザシーさんも女性だし、女性同士ならちょうど良いと思うよ」
「ガザシーさんだったのね。組んで欲しい人って。お互い勝ったり負けたりだけど、ガザシーさんなら、私は歓迎よ」
ほら見たことかと、ゲイルがカンソウにニヤリと笑みを見せた。
「でも、ガザシーさんが私で良いのかどうか」
そこに運よく、黒装束が右腕を包帯で吊って歩んできていた。きっとこちらよりも看板の情報が気になるのだろう。カンソウとしてはまずはガザシーに看板を確認して貰いたかったが、ゲイルが駆けて行った。
ガザシーがゲイルに連れて来られると、彼女は黒い覆面の下で言った。
「二人一組で無いと試合に出れないだと?」
まるでカンソウがそう決めたかのように苛立った口調でガザシーはこちらを見た。
カンソウは溜息を吐き、ガザシーにルールを説明した。その上でヒルダが問う。
「ガザシーさん、私と組んでいただけませんか? ケガが治るまであなたのために戦います」
下手に出るヒルダにガザシーはぶっきら棒に言った。
「左腕一本でも試合には出れる」
「そんな、御無理をなさらないで」
ヒルダが慌てて言う。カンソウも、ガザシーの頑迷さに辟易しながら言おうとしたが、ゲイルがガザシーを見上げて言った。
「ヒルダ姉ちゃんに任せて。ガザシーさんはケガを治す方が先決だよ」
ガザシーは瞑目するように黙り込み、ヒルダを見た。
「二人一組じゃないと試合に出れない。だからお前と組むのだ」
「分かっています、よろしくお願いします」
ヒルダはまたも下手に出てこの場をどうにか収めた。こうしてゲイルのお節介で、いや、気遣いでヒルダ、ガザシー組が新たに誕生したのであった。




