「ゲイルラッシュ」
一番鶏が鳴く前に起きたカンソウはいつもそうしているように宿の裏手へ出る。桶が散らばっていて、溜息を吐き、金属、木製、いずれの桶もしっかり宿の壁際に並べて置いた。
ゲイルはまだ夢の中だろう。それでいい、子供は寝て育つ。最近、ゲイルの顔つきが大人びたような気がしていた。
一つ自分用の木桶を取り、井戸水を汲んで移す。そして顔を洗った。目が覚めた。井戸水の冷たさは心地よかった。
そうして昨日のコロッセオのことを思い出す。マルコにはギリギリ勝てたが、それで全力と、集中力を使い過ぎるのは良くない。自分で買い、自分で設置した藁人形に向かい合う。カンソウは両手持ちの剣、べリエルで手に入れたツヴァイハンダーを手に藁人形へ向かい斬り付ける。藁は幾重にも固く巻かれていて下手な鎧よりも頑丈であった。カンソウやゲイルの一撃では藁の表面を削ぎ落す程度が限界であった。
カンソウは集中して一度ずつ気合を入れて剣を振り下ろした。早朝の宿場町はまだ寝静まっている。カンソウも声は上げない。気持ちで咆哮し剣をあらゆる角度から振り下し続けた。
「おはよう、師匠」
朝も濃くなり始めた頃にゲイルが起きて来た。クロースを身に着け、すっかり戦闘の恰好であった。
「ああ、おはよう」
カンソウが答えると、ゲイルは言った。
「師匠、俺さ、連続攻撃を考えてるんだ。ほら、体当たりして突いてのあれとか。でもワンパターンじゃ見抜かれる。二手三手にゲイルラッシュを生み出して置きたいんだ」
カンソウはゲイルを見て言った。
「ある程度、組み合わせは考えているのだろう? 来い、試してやる」
カンソウが言うと、ゲイルは頷いて剣を抜いて駆け出してきた。
カンソウの剣に横薙ぎをぶつけ、回転して足払いし、倒れたカンソウの胸部目掛けて剣を突いた。
スケイルメイルが軽く鳴り、ゲイルはどうだろうという顔でこちらを見ていた。
「動きが武器のお前ならではというわけか」
カンソウが言うと、ゲイルは少しだけ真面目な顔をして頷いた。
「もう一度、やってみろ。今度は俺も破りに掛かる」
「分かった」
弟子はそう言うと、少し距離を取り、突進してきた。
横薙ぎで突っ込んで来る。カンソウは得物でそれを受け止めた。足払いが来たが、今度はそれを足を上げて避けた。
ゲイルが唸った。
「今は、当然お前が仕掛けて来る技の順序を知っていたから防げたのだ。動きは悪くは無い」
そうしてカンソウは言葉を続けた。
「横薙ぎで突っ込んで来た時に競り合いになればペースも乱れる。もう一手、何か技が必要だな」
「例えば?」
「顎を目掛けた掌底だ。それで当たれば良し、当たらなくとも敵の集中力を下段から逸らせる。足払いがかけやすくなるぞ」
カンソウの助言にゲイルは頷いた。
そうして距離を取り、再び突っ込んで来た。
横薙ぎの突撃を受け止めると、思ったよりも早く、掌底が飛んできた。カンソウは当たる気も無く顔を逸らした。そこに足払いが掛かった。カンソウは倒れず、よろめいた。そこを襲ったのが、ゲイルラッシュの元祖、体当たりであった。懐にまともに受けてよろめき、最後に剣の突きが胸を打った。
「ハハハ……やった。んだよね?」
恐る恐る尋ねるゲイルにカンソウは頷いた。
「よくぞ咄嗟の判断で技を繋げたな」
カンソウは思わず顔をほころばせた。ゲイルが手応えを掴んだように両手を叩き、こちらを見た。
「師匠、もう一回! 今度は乱打から」
「ああ、来い」
ゲイルが突撃して来る。
正直、弟子の技の組み合わせは面白い。カンソウは弟子の思いを真正面から受け止めるのも師の役目なのだと、思ったのであった。




