「友の姿」
すっかりノビてしまった弟子を見下ろし、カンソウはひとまずはこれで良かったのだと思った。午後の戦士を相手にするということがどういうことなのか弟子は思い知ったであろう。
医務室には誰もいなかった。もうしばらく眠らせて置くことにしようと思った時に、ゲイルが跳び起きた。
「怒羅あっ!」
そう叫んで剣を振り下ろす格好になったが、肝心の得物は無く、本人は困惑しながらこちらを見た。
「負けたのだ、お前は」
ゲイルの顔がハッと見開かれ、彼は言った。
「チャンプを破ったら、俺、結婚するんだ!」
「意気込みだけは良いな」
「俺を案内してくれたお姉さんに誓ったんだ」
「お前はどれだけの娘に婚姻を誓ったか忘れたのか?」
というのも、ここまで道のりの間でも、宿屋の看板娘、酒場の給仕、娼婦、様々な女性を前に、コロッセオでチャンプになったら迎えに来ると言ったのだ。だが、カンソウの見たところ、真に受ける女性はいなかった。みんな、子供の戯言だと、微笑んでいなしていた。
「客席へ行くぞ。午後の戦士は強者揃いだ。お前の様に剣で打たれず昏倒させられたなどという恥さらしはいない」
「恥さらしだって!?」
ゲイルが熱くなり声を上げ、カンソウを睨む。
「他にどう言えば良いのだ、面倒くさい。恥さらしだ、恥さらし」
「うるさい!」
「だったら、もっと学べ。ついて来い。もう立てるだろう?」
カンソウの言葉に従ってゲイルはベッドから下り立った。
そのまま医務室を出る。薄暗い回廊を戻り、明るい入り口が見えてきた。受付に顔を出すと、娘が驚いた顔をした。
「カンソウさん!?」
多少歳は取ったが、受付の娘はカンソウが現役の頃と同じ女性であった。
「久しいな。この馬鹿弟子に武器を返してやってくれ」
「お姉さん、俺、今度は勝つから! そしたら」
ゲイルが割り込んできたが、受付嬢は慣れた様子で微笑んで、トゥーハンデッドソードを渡した。
「本当にお久しぶりですね。あなたの帰還を知ったら皆さん、喜ぶと思いますよ」
「皆さん?」
「フレデリックさんやヒルダさんとか」
「二人はまだ現役か?」
「ヒルダさんが結婚して何年か居ませんでしたが、今年に入って午前の部から挑戦してます」
ヒルダはブランクがあるのか。
「フレデリックは?」
その言葉に受付嬢は満面の笑みを浮かべた。
「午後の部の立役者です。まだチャンプになったことはありませんが、不動だった三人の重鎮と競り合うまでの活躍を見せてくれます」
やはり成長はしたのか。俺が腕の治療の旅をしている間に、フレデリックはずっと修練を積み、挑み続けていた。それにどうやら闘技戦士として食べていけているようだ。
「分かった。いくぞ、ゲイル」
カンソウは反対側の窓口に行き、観覧席のチケットを買った。受付嬢に愛想を振り撒く弟子の耳を引っ張り、客席へと階段を上がって行った。
ほとんど満員の午後の部の空いている席を見つける方が困難だった。熱狂する観客の間を抜けて座席を見つけるが、そう上手く二つ並んで空いているということは無かった。
「お前は他の座席を探せ」
「はいよ、師匠」
ゲイルはまだ小柄な身を屈めて客の前を駆けて行った。
さて。
カンソウは試合を見詰める。
セーデルクが誰かと戦い押されていた。
「月光!」
勇ましい声が轟いた瞬間、カンソウは思わず感動で身震いした。それは忘れもしない友の声、そのものであったのだ。