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「師」

 マルコに勝てたのは奇跡的だった。そう思うのは、次の相手の実力的に伯仲しているフォーブスに負けたからだ。マルコ相手に全神経を集中し過ぎた。フォーブスの剣を受けマルコほどでは無いと侮ったのだ。

 カンソウは外に出た。愛用している両手持ちの剣が少し重く感じる。敵将の首を得ても雑兵に取り返されるようでは手柄にはならない。そういうことだ。

 ゲイルが駆けて来た。

「師匠、油断大敵だよ!」

「そうだな、面目ない」

 弟子には初めて叱られた。これではどちらが師弟か分からない。

「とにかく、時間あるし走ろう」

「分かった」

 カンソウが承諾すると、ゲイルは嬉しそうに走り始めた。その方向はガザシーの泊る宿の方角であった。

「ガザシーさん!」

 宿の裏に行くと、左手で短剣術の稽古をしているガザシーがいた。人前でも鍛練は積むのだなと、カンソウは少し意外に思った。

「ゲイルか」

 短剣を真上に放り投げる。

「走ろう」

「良いだろう」

 ガザシーが鞘を向けると、落ちて来た短剣がピタリと収まった。

「カッコいい! だけど、危ない真似はしちゃダメだよ」

「大きなお世話だ。走るぞ」

 そうしてゲイルとガザシーは肩を並べ、カンソウはその後ろを走った。

 黙々と走る。ガザシーは黒い覆面を着けて顔を隠していた。黒装束の長い裾が風に靡いた。

 ゲイルの武器は動きだ。モーニングスターを扱わない時のガザシーの変幻自在の術のような短剣術は見事なものだ。弟子もその一部分だけは習得している。どうする、俺では動きを教えられない。ガザシーに頼んでみるか。

 そうして大回りで、宿場町の道を行き、ガザシーの宿に戻って来た時に、カンソウは覚悟決めた。

「少しガザシーと話がある。お前は先に戻っていろ」

「俺からガザシーさんを取ったりしたら嫌だよ」

「横恋慕とかそういう話ではない、お前の今後についてだ」

 ガザシーの方は師弟の成り行きを見ていて幸い帰ろうとはしなかった。

「だったら俺も残る」

 願とした強い眼差しを受けてカンソウは折れた。カンソウは右腕を負傷している女性闘技戦士を向いた。

「ガザシー殿、モーニングスターは扱えないが、あなたには動きという武器がある。それをこのゲイルに教えてやってはくれまいか?」

「師匠?」

 ゲイルが声を落として驚いたようにそう言ったのが聴こえた。弟子はどんな顔をしているだろうか。だが、これも弟子の成長のためなのだ。俺では駄目なのだ。

「甘ったれるなロートル。師は一人で十分だ」

 ガザシーが厳しい口調でカンソウを見た。

「私も確かにゲイルに技を教えてはいるが、それは知己としてだ。師になるつもりはない。苦手分野があって弟子を鍛えられないのなら、自分でその苦手を打破して見せろ。まるで自分だけ高みにいるような言葉は不愉快だ」

 ガザシーはそう言うと宿の中へと入って行った。

 ゲイルがこちらを見る。少し動揺している様なのが意外だった。

「俺も付き合うから。だから、師匠は師匠のままでいてくれよ! あんたが俺を連れて来たんだよ。そりゃあ、最初出会った時、左腕が動かない師匠を見て、それでも熱心に俺を説得する姿を見て、俺はあんたの弟子になることに決めたんだ。まだまだ卒業には早い。それなのに俺を捨てるなんて真似は止めてくれ。師匠にしか教えられないことが必ずあるはずだから、俺はそれを見たり聴いたりしてものにする」

 そうだった、俺はこいつの人生を預かったのだ。

「悪かった」

 カンソウは心からそう述べ、歩み始めた。

 ゲイルが子犬の様に追いついて来る。そして並んだ。不意に横に目を向ける。カンソウは初めて自分を慕う弟子の楽しそうな顔を見た。

「なぁ、師匠、チキって何だい?」

「知己は友と言う意味だ」

「え? じゃあ、ガザシーさん、俺のこと友達って、認めてくれたんだ」

「そういうことだな」

 喜ぶ弟子を見ながらカンソウは思った。

 俺で教えられることは無いが、俺から盗めるものはあるか……。

 落陽がカンソウを照らす。カンソウは弟子が満足するまで師を続けようと決意したのであった。

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