「マルコ」
受付を済ますと、カンソウは案内嬢のジェーンに導かれ、薄暗い回廊にある控室に入った。
カンソウは惹かれていたジェーンに対し、何も思わなかった。何故なら、頭の中はマルコ・サバーニャの槍をどうやって破れば良いのかでいっぱいであった。
両手持ちの木剣を拾い上げ、カンソウはジッと考えに耽り、貴重なジェーンとの二人きりだったことに気付いた時には、自分の番が来ていた。
「頑張って」
ジェーンがそう言って好意的に送ってくれたのに、自分は何故かクールに歩きながら手を上げて返していた。
陽光煌めく試合場にはマルコが立っていた。名と姿とフレデリックの友人であること以外は詳しいことは分からない。いや、もう一つあった。午後の部で、三勝は辛うじてできる戦士であったことだ。カンソウも同時期にマルコと肩を並べたことがあったが、おそらく相手は自分の名すら知らぬだろう。それだけ勇名の違いがあった。
だが、俺には俺を待っていてくれた応援者達がいる。勝って恩返しがしたい。
マルコの長槍が少し離れたところで固定されたように微動だにせず丸い槍先を向けている。審判が歩んできて両者を見て頷いた。
「第二回戦、マルコ対、挑戦者カンソウ始め!」
一瞬の出来事だった。マルコの槍がゲイルをそうしたように見えない速さでカンソウの眼前を突き破ろうとしたが、カンソウはこれを運よく顔を捻って避けた。
心臓がゾッとしていた。
マルコは早くも槍を振り上げた。
「雷鎚!」
観客の誰かがそう叫んだ。
叩き潰そうとする上空からの槍をカンソウは避けるしかなかった。まるで弟子と同じでは無いか。弟子との違いを出さなければ。
悔しいが今の膂力では剣で弾けないだろう。だが、このまま逃げているわけにも……そこでハッとする。俺は弟子に逃げ続け、相手の疲弊を待つように言いたかった。だが、どうもいかない。何故なら観客がいるからだ。闘技戦士は観客を飽きさせてはいけない。弟子もまた少年ながらそんな責任感に苛まれた上での無謀な行動だったのだろう。
フェイント、今の俺にはそれしかない。
頭上から振り下ろされ、大地を割るような槍から逃れ、カンソウはそこで踏み込むふりをした。
マルコの槍が振り下ろされた。
一瞬の隙、無駄にはしない。
カンソウは駆けた。マルコが「雷鎚」を止め、カンソウに合わせて槍を戻して行く。突いて来たがすれすれで飛び込んで槍を避け、マルコの懐に入った。
マルコが細い目を見開いていた。
「貰った!」
カンソウが剣を薙いだ時、それは器用に石突で受け止められた。
こちらの攻撃の隙をマルコは柔軟に防いでいる。石突がどんどん長くなったかと思うと、反転させ、切っ先を向けた。
「雷突!」
マルコの声が上がった。
「朧月ィッ!」
カンソウも反射的に突きを繰り出した。斬り合い、押し合い、だが、この絶対的な距離をカンソウは譲るわけにはいかなかった。
それでもマルコの膂力は強く、カンソウの腕はまるで貧弱であった。
後、一歩踏み込んで剣を突けば良い。しかしマルコのハヤブサのような、いや、ゲイルのとの戦いで見せた神速の槍を上手く見破れない。今まで打ち合っているのは全て、自分が培ってきた勘によるものだ。勘は大事だ。大事だが、勘なのだ。
激しい打ち合いに客からは声援が沸く。
カンソウは思った。勝負とは賭け事と結局は同じなのだ。ならば、賭けに出ようでは無いか。次の突きの下に刃をぶつけ、そのまま刃と共にカンソウは駆けた。
マルコの槍がフッと上から離れ、石突が伸びる。
「喰らえ!」
カンソウは気合一閃、刃を薙いだ。重さの調整に手間取ったのか、マルコの石突は不安定で揺れ動き、カンソウの剣はそれを弾いて、マルコの胴を打った。
「勝った」
カンソウは思わず唸った。
「勝者、カンソウ!」
観覧席からは大きな声援が木霊した。
「やるな、カンソウ。また戻ってきてくれて良かった」
マルコが満足げに言った。
「俺を知っているのか?」
「ああ、かつて午後に挑むときにも見たし、フレデリックとの話にもあんたはちょくちょく出る」
「そうだったか」
マルコが手を差し出した。
カンソウは驚きながらも何て気持ちのいい男だろうと、感激し握手に応じたのであった。




