「不動の槍」
相手の剣を受け流し、ゲイルは体当たりを喰らわせた。そしてよろめく相手に向かって突きを放つ。これが見事に決まった。
「勝者、ゲイル!」
会場が沸いた。
カンソウは今日はまずは観戦側に回った。師と慕われている以上は、時には弟子の様子を確かめなければなるまい。体当たりから突きの連携攻撃をゲイルは、ゲイルラッシュと名付けてものにしようとしている。
次の試合が始まった。
相手は長槍型の得物を持っている。よく見れば、マルコ・サバーニャと言う、かつてのカンソウと時を同じくしていた戦士であった。
兵士の鎧兜に身を包み威風堂々と入場する。どうやら午前の部には久々に現れたらしい。周囲でそう言っていた。
六メートルの長槍をゲイルはどう対処するか。良い経験になるだろう。
鼻先に槍先が向けられ、ゲイルは圧倒されていた。彼自身も間合いに飛び込まなくては話にならないことぐらい分かっているはずだ。
だが、マルコの不動の槍が牽制し、ゲイルの足と意気を挫いている。
「何しとるか! 飛び込まんか!」
カンソウは立ち上がり思わずそう叫んだ。
その声が聴こえたらしく、ゲイルは槍先を弾き上げ、駆けようとしたが、マルコの槍が動かない。ゲイルは再び、剣を戻した。
硬直した試合に観客の声援も次第に少なくなってきた。ゲイルとマルコ、均衡を破るのはどちらか。誰もが注目していた。
その時、槍が動いた。素早い一突きをゲイルはどうにか避けたが、慎重になり過ぎて、動かない。槍が持ち上がった。ゲイルは気後れしたように駆け出そうとしたが、マルコの「雷鎚」と呼ばれる叩きつけの連続を弟子は避けなければならなかった。
圧倒的な風の音色が会場に再び火を着ける。気付けば、声援の声はマルコ一色であった。
ゲイルは次々襲って来る上空からの一撃を避けていた。槍が大地を穿ち、膂力の違いを覚えさせる。
こうなってしまったらマルコのペースだ。師としての助言は、ひたすら駆け抜けるしかないということだろう。何故ならば剣の間合いに飛び込まなければ、相手を敗退させることができない。
カンソウの声が届いたのか、ゲイルは素早い叩きつけの連続を避けながら駆け、間合いを詰め始めた。
しかし、マルコも槍を戻すのが早かった。あっと言う間に適度な槍の長さに調整し、ゲイルの進軍を阻む。今度は突きが襲ってきた。
ゲイルは剣で弾こうとしたが、そのまま後方に転倒した。途端にマルコが槍を伸ばし。上空から再び槍を振り下ろしてきた。
ゲイルは立ち上がるよりも転がって避けた。だが、マルコの「雷鎚」はしつこくゲイルを追う。ここでゲイル自身も声援の無さに焦ったのか、無理に立ち上がって、槍を剣で受け止めた。
技量が、いや、膂力が違う。なのに何故、こんな真似をする。馬鹿者が。無様でも転がって転がってマルコの技が鈍った時こそ身を起こせば良かったのだ。
カンソウの予想通り、ゲイルは受けきれず、柄と刃を握って受け止めている剣が下がった。
マルコは一瞬槍を戻すと、半ば片膝をついた格好のゲイル目掛けて神速の突きを放った。
何て突きだ。
ゲイルが胴を打たれるのを見ながら、カンソウは驚いた。そして席を立ち、選手受付へと歩んで行ったのだった。




