「師弟決着」
カンソウは全力を漲らせて、悩めるゲイルのその間を与えず斬り付けた。
ゲイルは目を見開いて剣をぶつけてきた。
「怒」
「遅い!」
ゲイル得意の乱打をカンソウは封じるべく、自らが乱れ打った。下半身が相変わらずお留守だ。弟子は気付いてくれるだろうか。剣で打てば勝敗は決する。それではいけない気がした。
カンソウはローキックを弟子の膝頭に見舞った。
ゲイルが後方によろめく。今度は手は抜かない。素早く突きを放つ。
「朧月イッ!」
しかし、ゲイルは辛うじて、身を反らせて避けると、そのまま、地へ両手を着いて足払いを仕掛けて来た。
カンソウはこれを越えてゲイルの腹部に今度こそ、とどめの突きを見舞った。
ゲイルは反動をつけてバク転し間合いを素早く離した。
これはガザシーから教わったか。カンソウは弟子の技に感動した。ただのバク転だが、カンソウでは教えられなかった。
そして更に驚かされた。弟子は左腕を縦に振った。隠し持っていたのだ、短剣を。それをバク転し間合いを詰められることを用心して使ったというところであろう。袖のぴったりとしたクロースに、皮のグローブ。袖口に潜められるわけではない。背中のベルト辺りに挟んでいたのだろう。しかし、奥の手をこんなところで弱気になって使うのはいただけない。
カンソウは無造作に間合いを詰めた。
弟子が歯噛みし、こちらを見ている。頬から汗がしたたり落ちていた。その表情はまるで猛獣にでも前にしたかのような恐怖、打つ手の無さに恐怖している顔だ。だが、前に足を出し、迷いを振り切る様に一気に駆けて来た。
そうだ、それでこそ、俺の弟子だ。
「ハアッ!」
カンソウは横薙ぎに剣を払った。
だが、弟子は足を真横にまで上げて高々と跳躍するとこちらも剣を右手からぶつけて来た。
「竜閃!」
カンソウは肝を冷やした。無意識に後方に下がらなければ、今、頭を打たれていただろう。
「ウラアッ!」
カンソウは着地したゲイルに向かって必殺の突きを放った。
ゲイルはそれを誰に教わったのか、剣を絡めて軌道を逸らし、カンソウの腕の感覚を狂わせた。
「怒羅アッ!」
ゲイルはカンソウの眼前で剣を振り下ろした。
「甘いわ、小僧!」
必死の間合いをカンソウは剣が振り下ろされる前に足払いを仕掛けて、弟子を引き倒す。
弟子は転がって間合いを取った。
弟子の目が他所を見た。何を見たのかと思えば、審判が指を三つ立てて宣言した。
「残り三分!」
何だと、また新しいルールが追加されていたのか。確かにまどろっこしい試合を披露されても迷惑だとは思うが。
カンソウは弟子を見た。
ゲイルは疾走してきた。速い。まだこれほどまで気力が残っていたか。そしてカンソウは試合のルールを思い起こす。十連勝しなければチャンプに挑めないのだ。
くそっ、体力が、追いつかん! しかし、この試合だけは意地でも!
意地でも下段の甘さに気付いてもらうぞ、ゲイル!
「怒羅アッ!」
ゲイルが突きを放つ。カンソウはそれを叩き落し、更に乱れ打った。自分のペースで。弟子は夢中になり追いついてきた。しかし、やはり下段だ。
カンソウはふと剣で下段を叩くべく放った。
木剣同士が衝突する。ゲイルは反応した。よし、それで良い。後は、この俺の乱れ打ちから勝利をもぎ取って見せよ!
カンソウは素早く打ち込み続けた、あらゆる方角から。時に下段を狙い。ゲイルはこれを阻止するのがやっとだった。
「残り一分!」
審判の声が飛んだ。
「どうする、弟子よ、俺の攻撃をどう捌いて勝利を得る?」
「こうだ!」
カンソウの一撃を、ゲイルは剣を横にして受け止めるや、沈むのに任せてスライディンし後方に回り込んだ。
カンソウは一瞬、気後れした。
「竜閃!」
兜の後部に振動が走り、目から火花が出そうな衝撃を覚えた。
「見事」
カンソウは振り返って弟子に言った。
「良い試合だったよ。ありがとう、師匠」
汗に塗れた顔でゲイルはキラキラ微笑んでいた。
「勝者、ゲイル!」
観客席から声が飛んだ。
カンソウは背を向け、潔く去ろうとした。
「いい試合だったぞ、カンソウ!」
「お帰り、カンソウ!」
「カンソウ、また待ってるぞ!」
声援が勝利者で無く、敗者に向けられている。それも、自分の名を呼ばれている。以前から知っていたと思わせる声もあった。
カンソウは体が熱くなり、目から流れ出てくるものを手で払い、身を震わせながら会場を後にした。




