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「師の剣、弟子の剣」

 ゲイルはある意味では貪欲だ。強くなろうとするそのひた向きな姿勢がそう思わせる。貪欲、いや、熱心なのだ。

 カンソウを相手に、弟子は次々剣を突き入れ、振り上げ、振り下ろす。カンソウもまた軌道を合わせ、打ち合った。

「怒羅怒羅怒羅アッ!」

 気合の咆哮と剣戟の音が木霊する。この宿場町では宿の裏手で修練に明け暮れる戦士が居るのは当たり前の光景であった。

 弟子は白熱した修練ぶりを見せ、それがいつしかカンソウの心にも火を着ける。下段が隙だらけだ。だが、水を注すのは止めた。今はゲイルのやりたいようにやらせよう。

 先ほどの午後の部の試合がここまで弟子に影響を与えるとは思わなかった。できれば引き留めたかった。もっと優秀な戦士がいることを学んでほしかった。しかし、少年の心の火を消すことは止めた。

 ゲイルの猛連撃だが、やはり隙がある。少年故仕方が無い。まだまだ発展途上だ。

 その時、ゲイルの剣が下段に軌道を変えた。

 カンソウは辛うじて受け止めた。剣は離れ、すぐに右から打ってきたが対処する。

 ようやく気付いたか。考える余裕が出て来たか。

 そうして師弟は息を荒げ、夕暮れ間近までひたすら剣をぶつけ合っていた。

 すぐそばにある井戸の前で、師弟は揃って半裸になり桶いっぱいの水をそれぞれ頭からかぶった。カンソウは久々に弟子の身体を見た。弟子は師の身体を見ている。

 ゲイルの身体は筋肉が主張し始めていた。良いことだ。

「師匠、少し瘦せてるね。そんなんじゃ競り合いに勝てないよ」

「そうだな」

 カンソウは厳しい言葉に頷いた。

「師匠もミルクを飲んで鍛練に励まなきゃ」

「心得て置く」

 こうして師弟の一日は終わった。だが、カンソウは一計を案じていた。弟子の可能性を引き出すのが自分の役目だからだ。



 2



「今からでも取り消して来たら?」

 コロッセオの案内嬢、ジェーンが気遣うように言った。

「いや、良いんだ。コロッセオだ。何が起きるか分からない。サプライズのような感じだろう」

「でも、ゲイル君、上手く戦えるかしら?」

「心配無用だ。奴なら喜んで俺を打ち負かそうとするだろう。今の試合に勝っていればの話だが」

 カンソウはなるべく楽観的に言って見せたが、ジェーンの顔は曇るばかりだ。

「師を超えること、それが弟子の使命であり、または師の喜びでもある」

 ジェーンは相変わらずの表情であった。

 扉が叩かれ、ジェーンの同僚が顔を見せた。

「次、出番よ」

 カンソウは両手持ちの木剣を右手に提げて、外へ出た。ジェーンは何も言わなかった。

 薄暗い回廊を歩んで行く。蜃気楼のようだった歓声が徐々に明るい向こう側から鮮明に轟いて来る。

 陽がカンソウを眩しく照らした。

 ゲイルは中央で待っていた。

 驚くかと思ったが、ゲイルは俄然やる気に満ち溢れているように見えた。

「師匠とやり合えるのか」

「正直、お前に教えることはもう何もない。ただ後は俺を越えるだけだ」

「乗り越えたって、あんたは俺の師匠だ!」

 両者の会話が終わったのを見て、審判が宣言する。

「第二回戦、ゲイル対、挑戦者カンソウ始め!」

 ゲイルが猛進してくる。剣を振り上げた様子を見て、カンソウは自らも下段に構え、迎えに入った。

 両者の剣は激突する。手に痺れは走らない。仕方あるまい少年なのだから。

 ゲイルが修練で教えた猛連撃を繰り出した。相変わらず、下半身がお留守で、上半身だけを素早く打ち込んで来る。

 カンソウはしばし、それに付き合いながら、一瞬の息継ぎの間を見逃さず、下段に剣を打ち込んだ。ゲイルは受け止める暇もなく、後退した。

 互いに息が上がっている。観客の声すら聞こえなかった。カンソウは真っ直ぐ弟子を見ると、地を蹴り、大きく旋回して横薙ぎを放った。迎え撃ったゲイルが顔をしかめた。

「俺程度の剣で痺れを感じるのか、まだまだ精進が足りんぞ、ゲイル!」

 そうは言ったが知っている。弟子はいつも修練に励んでいる。自分の前でもおそらく、ガザシーの前でも。

「怒羅アッ!」

 ゲイルが頭上から剣を振り下ろそうとした。だが、見え見えだ。スライディングしようと身を屈めた瞬間、カンソウは弟子の腹部に突きを入れた。これで終わったはずであった。しかし、弟子は諦めず、身を転がして避けて立ち上がった。

「遅い!」

 カンソウが言うと、ゲイルは歯噛みしていた。そうしながら考えているのだろう。どう攻めるべきか。

 考える間を与えるべきか、いや、戦場ではそんな暇は無かった。

 カンソウは吼えて弟子へと躍り掛かった。

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