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「カンソウとジェーン」

 弟子の試合を観る余裕など無かった。何せ、自らが最弱だからだ。気を引き締めて受付で待っていると、カンソウの順番が来た。

「カンソウさん、こんにちは」

 馴染みの受付嬢が好意的に声を掛けてくれた。カンソウは嬉しかった。自分の名前を読んでもらい、親しみを持ってもらえるのが。ゲイルにも話したが、昔の自分は嫌な奴だった。べリエルとの戦争の際はたまたま傭兵に出て、我流で生き延びる剣技を会得し、そのまま時代は変わり、コロッセオと言うところができた。人より本物の生死を決める場数を踏んだことだけが自分の誇れるものであり武器であった。それならそれで良かったが、実力の及ばぬ者達を嘲笑い、強者には唾を吐く態度であった。

「カンソウさん? どうしたの? 剣は選ばないの?」

 案内嬢のジェーンが控室で尋ねて来た。

 気付けばいつの間にかジェーンに案内されて控室に来ていた。

「いや……なんでも」

 カンソウはそう言いかけて、急に胸の内を吐き出したくなった。

「考えていた。思い出していた。昔の俺は嫌な奴だったろう?」

 ジェーンは少し驚いた顔をして顔を真剣なものに変えて頷いた。

「そうね、私達を案内嬢のこともそうだけど、全てに怒ってる様な、憎んでいる様な態度だったわ」

 実際に正直に告げられ、カンソウの気持ちは少しだけ傷ついたもののその心を自嘲した。「でも、あなたがしばらくコロッセオを離れる前に少しずつ変わって行ったような気もしていたわ」

 それは、フレデリックにヒルダ、デズーカのおかげだろう。

「友のおかげだ」

「そうなのね。良い友達を持ったわね」

 ジェーンが優しく言った時に、カンソウは思わず驚いた。初めて抱く感情であった。思えば女子ともまともに接していたことも無く、ひたすら男社会に身を捧げて来た。それが今頃になって、少し優しく言葉を掛けて貰えただけでこんな気持ちになるとは思わなかった。

 ジェーンは綺麗だった。年の頃は三十路を超えた年増かもしれないが、着ているレオタードも良く似合い、妖艶さが滲み出ている。

 カンソウの脳裏をジェーンをどうにかして振り返らせたいという必死な思いが過った。無様に敗退できないと、心が訴える。

「ジェーン」

 緊張しながら思わず名を呼んでいた。

「何かしら?」

「話を聞いてくれて感謝する」

 するとジェーンは軽く笑みを浮かべた。好意的だ。と、カンソウは安堵している自分に気付いた。勝利をしたい。無様な闘技戦士のままでは彼女に相応しくない。

 ゲイルがガザシーに真正直で真っ直ぐなのを思い出し、羨ましくも思えた。

今は言えない。

 扉が叩かれ、ジェーンの同僚が出番を告げに来た。

「いってらっしゃい、カンソウさん」

 カンソウは振り返った。

 煌々と照らす燭台の灯りが、彼女を魅惑的に照らし出していた。

「ああ、行って来る。……ありがとう」

 カンソウは勇気を持ってそういうと、薄暗い回廊を熱狂に包まれる会場へと歩み出した。

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